降下
「お兄様、正気ですか!?」
「ふっ、私はいつでも正気だよ。」
「そのスイッチを押せばどうなるのかご存じでしょう!?」
「ああ、分かっている。しかし、そうしなければ我々が殺されてしまうのだぞ。」
「しかし、そうすればこの星は・・・!」
「ならばどうすれば良いのだ、アリスティア?」
「話し合うのです!きっとあいても分かってもらえます!」
「今更そんな事してどうするんだい?敵はもうそこまで来ているのだぞ?そんな時間は無い。」
「そんな事はありません!お父様・・・、お父様からも何かおっしゃって下さい!」
「・・・全てはオルオニアスに一任している。」
「お父様・・・!」
「そういうことだ。もはや手段はこれしか残っていないのだよ。」
「止めて下さい!お兄様・・・!」
「お兄様!」
彼女は夢が覚めると同時にベッドから飛び起きる。
またこの夢か。一体何度見たことだろう。まるで悪夢のように何度も繰り返すあの出来事。忘れたくても忘れることが出来ないあの一瞬。
彼女が寝ていたベッドのシーツは汗でびっしょり濡れていた。顔も汗だらけ、背中まで伸びた長い赤い髪が汗で体にまとわりついて気持ち悪い。
彼女は部屋の窓から外の景色を見る。眼下には小惑星の影に隠れた、黄色い色に染められた惑星が見える。
ついにここまで来てしまったのか。惑星プルセリアを発って数ヶ月が過ぎていた。窓から見えるのは漆黒の闇とその中に輝く恒星の光のみ。惑星クレストルニアが目視で見えたのはほんの数日前だ。改めて惑星クレストルニアを見ると、ここが自分達の祖先が生まれた星で懐かしい感じと、本当にこの星に人が住んでいるのかという疑問が浮かんでくる。
なぜならその光景は惑星プルセリアを発った時の光景と同じだからだ。
結局あのスイッチを押したことで惑星プルセリアでの戦争は終結した。しかし、その代償として惑星プルセリアは人の住めない星となってしまった。厚い雲が日光を遮り、人も、動物も、植物も全て焼き尽くし、水は全て蒸発して無くなってしまった。
その光景は悪夢以外の何物でも無かった。
とりあえず、彼女はベッドから起き上がり、汗でびっしょりの肌着、下着を脱ぎ捨てる。そして、シャワールームへ入る。ここは宇宙空間であるにもかかわらず、居住区には重力が存在する。居住性は非常に良い。そのため、地上と同じようにシャワーを浴びることが出来る。
彼女はシャワーを浴びながら夢の中の出来事、あの悪夢のことを考えていた。
ほんとうにああするしか手段が無かったのか。
他に手段が無かったのだろうか。
あのとき、何も出来なかった自分が悔しい。思わず瞳から涙が溢れてくる。その涙はシャワーの水と一緒に洗い流される。
「絶対に・・・許せない・・・」
そのとき、彼女の部屋に通信が入る。彼女は濡れたままの髪、体のままタオルで体を包み、部屋の壁に取り付けられた通信端末の受信ボタンを押す。
『アスティ、起きてる?二時間後にブリーフィング始まるけど。あ、シャワー中だったのね。ごめんなさい。』
通信のモニターにはオペレーターのミリア・ラグリースの顔が映った。
「いえ、気にしなくて結構です。」
アスティと呼ばれた彼女、アリスティア・ケルディロームは表情を変えずに答える。アスティは彼女の愛称だ。
『と、とりあえず、伝えたからね。遅れないでね。』
「了解しました。」
そう言って通信を切った。
ミリアは深いため息をつく。
「なんというか、相変わらずというか。」
「ん?どうした?」
ミリアに声をかけたのは現在彼らがいる戦艦バーミリア艦長のファルボ・ヴァリアスクだ。彼はいつの間にかミリアの席の後ろに立っていた。
「彼女と行動を共にしてからもう数ヶ月経つというのに・・・彼女の笑顔を見た覚えが無いんです。なんというか、彼女だけ我々とは別の所にいるというか、そんな感じがするんです。」
実際、自室と食堂、トレーニングルーム以外で彼女と遭遇した記憶が無い。
「仕方が無いさ。彼女はとんでもないものを背負ってこの船にいる。我々ではその重さに潰されてしまうような重たい物をな。」
「・・・そういうものなのでしょうか。」
「そうゆうものだよ。さて、俺は自室に戻ってブリーフィングの準備をしてくる。後は頼んだ。」
二時間後、アスティはブリーフィングルームに入ってきた。すでに他の乗員も集合しており、部屋の中にびっしりと並べられた机に座っている。アスティも開いている座席に座った。
目の前には巨大なモニターがあり、その前に艦長のファルボとオペレータのミリアが立っている。
「よし、みんな集まったようだな。」
どうやらアスティで最後だったようだ。アスティが着席するとファルボがマイクを手にしてブリーフィングルームにいる乗員に話しかける。
「さて、まずは我々の状況を説明する。」
モニターに現在の位置関係を示す図が表示される。中央にある丸いものが惑星クレストルニア、その近くに赤い三角のマークが6個表示されている。そこから少し離れたところ、モニターの右下の青い三角のマークが1個表示されており、その近くには少し小さめの丸いマークが表示されている。
「我々は今、我々の祖先が住んでいたという惑星クレストルニアの上空にいる。そして、敵艦に見つからないよう小惑星と思われる物体の影に隠れている。今のところ強行派の艦隊には見つかっていない模様だ。」
そう言ってファルボは青い三角のマークをレーザーポインタで指し示す。
ファルボ達は敵のことを強行派と呼んでいる。そして自分達のことを穏健派と呼んでいる。これは惑星クレストルニアに帰還するための手段に関係している。
惑星プルセリアが死の星と化したとき、残された人々はこれからどうするかについて話し合った。その結果が、彼らの故郷である惑星クレストルニアへ帰還すること。祖先が移住してからかなり時間が経過している。ならば十分に人々が住めるだけの自然が回復しているだろうという考えからだ。
しかし、その手段について意見が対立してしまった。
すでに手元にある食料や物資は残り少ない。したがって、無理矢理にでも、たとえ武力を行使してでも移住を完了するべきだという考えがあった。彼らを強行派と呼んでいた。
それに対して、武力行使したら、クレストルニアとプルセリアと同じ結果をもたらすことになる。クレストルニアに残る人々と話し合い、戦闘は極力避けるべきだという考えをもつ人々もいた。彼らを穏健派と呼んでいた。
結局彼らの意見はまとまらず、強行派と穏健派は対立。強行派はクレストルニアへの移住を完了すべく、一足先にブルセリアと発った。その行動に気がついた穏健派はそれを追うように、遅れてプルセリアを発った。
そして現在、惑星クレストルニア上空にて現状に至っている。
このような時にも対立してしまう。人間とはなんて愚かなんでしょう。アスティは思わず小声でつぶやく。周りには聞こえないように。
生き残った人々は強行派か穏健派かを選ばなければならなかった。選ばないと言うことはプルセリアに残るということ。それはすなわち自ら死を選択することに等しい。アスティ自身はそれでも良いと思っていた。しかし、彼女が穏健派に所属しているのは理由がある。
強行派のリーダーであり、アスティの兄であるオルオニアス・ケルディローム。惑星プルセリアを死の星へと変えた張本人。彼だけは許せない。
「そして、敵である強行派の状況だが、現在同じく惑星クレストルニア上空にて6隻が待機している。おそらく、我々を待ち構えているか・・・我々の捜索を行っているのだろう。そして、すでに1隻がクレストルニアに降下したということだ。」
そう言ってファルボは赤い三角のマークをレーザーポインタで指し示す。
「すでに地上では戦闘が行われている可能性がある。我々はこの星をプルセリアと同じ道に進み同じ結末にさせるわけにはいかない。そのためにまずはクレストルニア上空の強行派の艦隊を撃破する必要がある。しかし、戦力は我々は戦艦バーミリア1隻に対して敵は5隻だ。正面からぶつかっても我々の不利であることは目に見えている。そこで、我々は一つの作戦を提案する。ミリア、説明をよろしく頼む。」
「はい。」
ミリアは青い三角マークの近くにある小さい丸いマークをレーザーポインタで指し示す。
「ここにある、我々が現在敵艦の影としている小惑星ですが、調査の結果、ただの小惑星では無い事が分かりました。これは衛星兵器です。おそらく同じものがこのクレストルニア周辺に存在しているとみて間違いないでしょう。この衛星兵器を使用すれば、敵艦を全滅までは行かなくてもかなりの大損害を与える事ができると思われます。しかし、調査を進めたところ、この衛星兵器はここからではコントロールできないことがわかりました。この衛星兵器のコントロールはクレストルニアのどこかに存在しています。その場所も我々の調査によって明らかになっています。」
「さて、これからが我々の具体的な作戦の説明に入る。」
ファルボは一枚のデータ端末を取り出し、アスティに差し出した。
「この端末にはクレストルニアにある衛星兵器のコントロールの座標がインプットされている。アスティはグラディオン最新機に搭乗し単機でクレストルニアに降下し衛星兵器のコントロールを掌握。衛星兵器による攻撃と同時に我々も強行派に対する攻撃を開始する。これで今の戦力差を埋められるはずだ。」
「・・・私にできるでしょうか?」
「確かに貴方はグラディオンによる実戦経験は無い。だが、シミュレーションによる戦闘結果は上々だ。だから貴方に降下シミュレーションによる訓練もやってもらっている。」
そして、ファルボは一息おいて、
「それに、ここに来たのは相当の覚悟があって来ているのだろう?」
「・・・分かりました。全力を尽くします。」
そう言ってアスティはデータ端末を受け取った。
「あとは時間との闘いだ。おそらくここの場所が強行派に見つかるのも時間の問題だろう。よろしく頼むぞ。」
「・・・了解しました。」
「よし、作戦開始はこれより2時間後とする。それでは解散!」
二時間後、アスティはグラディオンハンガーにいた。自身が搭乗するグラディオンのコクピットに入り、出撃する最後の準備を行っている。
周りには人型の機動兵器グラディオンが10機並んで発っている。全て整備済みだ。いつでも出撃できる状態となっている。
しかし、アスティが乗っているグラディオンは人型では無い。飛行機型のものだ。
ファルボが言うには、このグラディオンは穏健派が密かに開発した最新型らしく、飛行形態から人型へと変形が可能だという。また、飛行形態では単独での大気圏に突入することが可能な設計になっている。
「大気圏突入方法はシミュレーション通りにやれば大丈夫だ。貴方ならやれますよ。シミュレーションだって完璧だったんだ。」
コクピットを覗くようにメカニックが話しかける。
「了解しました。でも・・・ちょっと水が少ないよに見えるんですけど。」
「我々だって元々持ち出せる水が少なかったんだ。持ち出せるのはコレが限界だよ、我慢してくれ。足りない分は現地調達してほしい。」
「・・・穏健派としては賛同できない意見ですね。まあ、なんとかやってみます。」
「じゃ、検討を祈るよ。」
そう言ってメカニックがコクピットから離れるとアスティはコクピットのハッチを閉じた。
「アスティからブリッジへ。出撃準備整いました。」
コクピットのモニターにミリアの顔が映る。
「了解。アスティ機をカタパルトデッキへ移動します。」
メカニックの誘導によってアスティが搭乗した機体がカタパルトデッキへ移動する。
コクピットのモニターにもう一人、艦長のファルボの顔が映る。
「我々の勝利は貴方にかかっている。期待して待っているよ。ご武運を。」
「了解しました。」
そう言うと、モニターからファルボの顔が消える。
「射出進路クリーン。発進タイミングをアスティへ委譲します。」
ミリアが告げるとアスティはすかさず
「アスティ機、発進します!」
戦艦バーミリアのカタパルトからアスティが搭乗したグラディオンが押し出される。そのままの勢いで宇宙空間へ放り出されると、アスティはブースターをふかし進路を大きく黄色に染まった惑星クレストルニアに向ける。
この距離ならあと10分程度で大気圏に突入する。
アスティの体に緊張が走る。何より初めてのグラディオン実機の操縦。初めての大気圏突入。コクピットとの中狭い空間。視界には黄色い惑星が次第に大きくなって近づいてくる。
やがて、アスティの機体は赤いオーラのようなものに包まれた。いよいよ大気圏に突入したようだ。機体の外からも大気との摩擦音が大きくなって聞こえる。アスティは大丈夫、シミュレーション通りやれば、と何度も言い聞かす。そして機体の姿勢を整え、惑星クレストルニアへと降下していった。
その光景を眺めていた者がいた。強行派の戦艦エインウルのブリッジからクレストルニアへ落ちていく一本の光の筋が見えていた。
「あの光はなんだ?」
「さあ、何でしょう?流れ星の様なものでしょうか?」
「流れ星ならば途中で燃え尽きるはずだ。しかし、あの光は消えるどころか、そのまま惑星へ落ちて行っている。気になるな。拡大してモニターに映せるか?」
「はい、少々お待ち下さい。」
オペレータがその拡大映像をブリッジの前の巨大モニターに映し出す。
「おお、これは・・・」
「戦闘機のようなものですね。穏健派の物でしょうか。」
「ふふふ・・・これは大収穫だ!上空に残るクレイア艦隊に伝えろ!この付近に穏健派が潜んでいるとな!」
「了解です!」
「これで穏健派の壊滅も時間の問題だ。通信が終わったら我々もクレストルニアへ降下する!」
アスティは周りの状態を確認する。機体を包んでいた赤いオーラのような物はすでに消えていた。目の前には青い空が映る。どうやら大気圏突入に成功したようだ。アスティの口から安堵の息が漏れる。
しかし、下を見るとそこには見渡す限りの荒れ果てた黄色い荒野と砂漠が広がっていた。緑というものは所々に点在している。水のような青いものはほとんど見当たらない。こんな所に本当に人が住めるのだろうか?
アスティはバーミリアへ通信を入れる。音声だけの通信だ。
「アスティからバーミリアへ。惑星クレストルニアの大気圏突入に成功しました。これより指定ポイントへ向かいます。」
「無事降下できたようね。」
その声はミリアの声だった。その後にファルボの声が聞こえる。
「強行派の連中はすでに作戦行動に出ているに違いない。十分注意してくれ。」
「了解しました。」
そう言うと、アスティは通信を切った。
そして、ファルボから割らされたデータ端末を操作し、現在地と目標となるポイントの座標を確認する。
(結構距離があるけど半日あれば移動できるかしら。)
アスティはブースターをふかし進路を指定ポイントへ向け移動を開始する。
しかし、レーダーには3機の強行派のものと思われる機影が映し出されていた。
その地点をモニターに拡大表示する。
アスティの目に映ったのは3機のグラディオン、そのうち2機は灰色、1機は青色のグラディオンだった。そして、その下、地上を見ると、一台のバイクの姿が見える。黄色い砂漠の中をジグザグに疾走している。その周りにはグラディオンの攻撃と思われる爆煙が巻き上がっているようにも見える。
このバイクは3機のグラディオンを振り切ろうとしているのだろうか。どちらにせよ、強行派の行動とあれば見過ごすことはできない。距離もそれほど遠くは無い。アスティは進路をバイクの方へ向けた。




