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第11話 幼子たちの秘密 (前編)

 ルークが西の大岩を越え。森の窪地へ着いたころには。クラグは、すでに四羽の小鳥を火へかけていた。羽はすべて毟られている。細い生木の枝を腹へ通し、炭火の上へ並べてあった。


 熱で皮が縮み。脚と翼が、内側へ丸まっている。クラグは炭のすぐ近くへしゃがんでいた。ルークが来るなり。手を差し出す。


「塩」


 ルークは採集袋から、小さな壺を取り出した。クラグへ渡す。クラグは。二本の指で塩をつまみ。小鳥の上へ振りかけた。ほとんどは、一番手前の鳥へ落ちる。残りは。直接、火の中へ入った。


「多すぎる」


「クラグ、わかってる」


「前にもそう言ったな」


「あのときは、まだわかってなかった」


 ルークは火の反対側へ腰を下ろした。左腕は。今も吊り帯で胸へ固定してある。慎重に座らなければ。肩から手首まで、鈍い痛みが走った。クラグは枝を回す。


 小鳥の皮の下へ脂が浮き。炭へ落ちる。短い黄色の炎が上がった。焼けた肉の匂いが。窪地へ広がっていく。小鳥には。食べられる肉が少ない。


 だからこそ。クラグは気に入っていた。細い骨は火を通せば脆くなる。脚も。翼も。噛み砕けば、残すところがない。骨が折れる音が。一番うまいらしい。一羽の胸が。黒く焦げ始めた。


「クラグ」


「見えてる」


 クラグは慌てて枝を火から離した。小鳥へ息を吹きかける。煙が顔へ向かうたび。首を横へ逸らした。黒くなった部分を確認する。満足そうに頷く。


「できた」


「反対側は、まだ白い」


 クラグが裏返す。しばらく見つめたあと。もう一度、炭の上へ戻した。ルークは。肉へ炎を直接当てず。炭の熱だけで焼く方法を教えていた。クラグも。その説明は、きちんと聞いていた。ただ。表面が黒くなるまでは、生だと思うことにしたらしい。四羽すべてが。クラグの基準を満たすまで焼かれた。


 広い葉の上へ並べる。次に。午後のうちに掘り出しておいた、野生タマネギを手に取った。小さな球根には。まだ土がついている。クラグは石の縁で土を削り落とし。


 別の荒い石へ擦りつけ始めた。白い球根が。少しずつ、濡れたペーストへ変わる。匂いは。すぐにルークのところまで届いた。クラグの目から。涙が滲む。


 手首の裏で目元を擦る。そのせいで。頬にもタマネギがついた。


「切ればよかっただろう」


「潰したほうが、肉から落ちない」


「涙も落ちないようだな」


「クラグ、泣いてない」


 頬を。涙が一筋流れた。ルークは、それを見ながら笑う。


「そうだな」


 クラグは睨み返した。そのまま。さらに強くタマネギを擦り潰す。雨の多い季節になると。育児穴の幼子たちは、野生タマネギを食べさせられる。治療役は。辛い球根を食べれば、育児穴で病が広がりにくくなると言っていた。幼子たちの多くは。それを信じていなかった。最も小さく切られたものを。噛まずに飲み込む。


 誰かがタマネギを切り始めれば。匂いに気づいた者から逃げ出す。大人になったあとも。ほとんどのオークは、野生タマネギを食べようとしない。


 育児穴で味わった。口の中が焼けるような辛さだけは。ほかの多くを忘れたあとも、覚えているからだ。クラグも。以前は同じだった。最初にルークが。塩を振った肉と、生のタマネギを一緒に食べてみろと言ったとき。


 土を塗って食えと命じられたような顔をした。だが。一度、口にした。今では。二本の指でペーストをすくい。最初の小鳥の皮へ塗り広げている。目からは。まだ涙が流れていた。


 クラグは小鳥を持ち上げる。脚へ噛みついた。骨が。歯の間で折れる。噛み。飲み込む。


 涙を流したまま、笑った。


「うまいか?」


「強い」


「味が?」


「違う。クラグが強い」


「それは、うまいという意味ではない」


「クラグは、これを食べられるくらい強い」


 クラグは、もう一口食べた。


「だから、うまい」


「そうか」


「昨日、ほかの幼子がクラグを見た」


「何を?」


「野生タマネギを噛んでるところ」


「それで?」


「クラグが強いと、みんな知った」


「タマネギを食べたからか?」


「丸ごと噛んだ」


「泣いたんだろう?」


「でも、最後まで噛んだ」


 それについては。ルークにも反論できなかった。クラグは満足そうに。二羽目へタマネギを塗った。半分ほど食べたところで。ルークは口を開いた。


「クラグ」


 クラグが顔を上げる。


「幼子たちが、小柄な人間へ食べ物を持っていっている理由を知っているか?」


 クラグの手が止まった。口の横には。焼けた翼が残っている。


「知らない」


 森のほうを見る。ルークのいる方向ではない。


「クラグ」


「知らない」


「トクから聞いた」


 クラグの顔が。勢いよく戻った。小鳥から。タマネギの欠片が落ちる。


「トク、知ってる?」


「檻の見張りだからな」


「ほかの大人にも言った?」


「わざわざ話すほど、興味があるとは思えない」


 クラグは。まだ心配そうに、ルークを見ている。ルークは枝を一本使い。炭の下へ、燃えている薪を押し込んだ。


「なぜ、それが問題なんだ?」


 クラグは声を落とした。


「ルークとクラグは、もう秘密を分けてる」


「多すぎるほどにな」


「料理。塩。ブラッドマウ。それと、ルークの加護」


「声に出して並べるな」


「誰もいない」


「そういうときに限って、誰か来る」


 クラグは。周囲の木々を見回した。火の光の外では。何も動いていない。それでも。さらに身を乗り出した。


「クラグ、もう一つ秘密を教える」


「まだ、聞くとは言っていない」


「クラグは、ルークの秘密を全部守ってる」


「だから、増えすぎたんだ」


 クラグは待った。ルークは息を吐く。


「わかった。聞くだけ聞く」


 クラグが。もう一度、木々を見る。それから。囁いた。


「カメリアは、古い治療役より上手に幼子を治す」


 ルークは。しばらくクラグを見つめた。


「誰だ、カメリアは?」


 クラグが笑う。


「ルーク、馬鹿だ」


「誰だ?」


「カメリアは、カメリア」


「答えになっていない」


「小さい人間」


 ルークの目が。集落の方向へ向いた。


「おまえたちは、あの女をそう呼んでいるのか?」


「それが名前」


「本人が教えたのか?」


 クラグは口を開いた。だが。何も言わずに閉じる。


「本人から聞いたのか?」


 ルークはもう一度尋ねた。


「クラグは、カメリアが話すところを聞いたことない」


「なら、なぜ名前がわかる?」


「クカが言った」


「クカは、誰から聞いた?」


「テブ」


「テブは?」


 クラグが眉を寄せる。


「たぶん、トゥク」


「トゥクは、本人から聞いたのか?」


「クラグ、知らない」


「実際に、あの女が話すところを聞いた者はいるのか?」


「バブーは、クカが聞いたと言ってた」


「今、クカはテブから聞いたと言っただろう」


「テブが、カメリアから聞いて。トゥクに言ったのかも」


 ルークは待った。クラグは小鳥へ噛みついた。


「バブーかもしれない」


 名前は。幼子たちの間を何度も行き来している。もう。誰が最初に言い始めたのか。本人たちにもわからないらしい。誰か一人が。本当に、若い女の囁く声を聞いたのかもしれない。あるいは。遊びの途中で誰かが勝手に名前をつけ。


 つけた本人まで、本当の名だと思い込んだのかもしれない。ルークは。彼女が集落へ連れてこられた日に。何と呼ばれていたのか尋ねた。答えはなかった。幼子たちが。自信を持って同じ名を呼んでいるというだけで。それを受け入れるつもりはない。


「本人が教えるまでは、本当の名前かわからない」


「本当だ」


「証拠がない」


「幼子は、みんなカメリアと呼んでる」


「全員が同じ噂を聞いた証拠にしかならない」


 クラグは。その違いが気に入らないらしい。不満そうに。残りの小鳥を、骨ごと食べた。


「それで」


 ルークは言った。


「治療役より上手というのは、どういう意味だ?」


「古い治療役は、苦いものを飲ませる」


「食べるなと言われたものを食べるからだ」


「怒鳴る」


「飲む前に逃げるからだ」


「カメリアは怒鳴らない」


「話さないからな」


「それもいい」


 クラグは三羽目へ手を伸ばした。ルークは。葉を少しだけ遠ざける。クラグの目が。小鳥を追った。


「何を治した?」


 クラグは迷った。


「何も」


 ルークは。さらに葉を遠ざける。


「クラグ」


「腹が痛くなった」


「何を食べた?」


「肉」


「何の肉だ?」


「古い肉」


「どれくらい古い?」


 クラグは火を見る。ルークは待つ。


「骨の近くは、まだ赤かった」


「聞いているのは、そこではない」


「骨捨て場で見つけた」


 ルークは。一度、目を閉じた。骨捨て場には。もう削り取る価値すらないものが、捨てられている。育児穴の幼子でさえ。そこにある肉を食べてはいけないと知っていた。たいていは。


「それで、あの女は何をした?」


「クラグ、腹を押さえて檻へ行った」


 クラグは。片手を自分の腹へ当てた。


「カメリアが見た」


「それから?」


「近くへ来いって、手を動かした」


「近づいたのか?」


 クラグが頷く。


「格子から手を出して。ここに緑の薬をつけた」


 腹を指す。


「傷へ塗る薬を、腹へつけたのか?」


「カメリアが、そうしろって」


「腐った肉には効かない」


「効いた」


「そのあと、どれくらい腹が痛かった?」


 クラグは考える。


「すぐ治った」


「どれくらいだ?」


「痛くなくなるまで」


 ルークは。小鳥をさらに遠ざけたくなるのを堪えた。


「ほかに何かしたか?」


「カメリアも、薬を擦った」


 クラグは。腹へ手のひらを当てる。


「手が温かくなった。それで、よくなった」


 ルークの意識が。その言葉へ向いた。


「温かく?」


「すごく温かい」


「どれくらいだ?」


「クラグが寝てるときくらい」


 クラグが説明できるのは。そこまでらしい。若い女は。痛みが消えるまで、ただ腹へ手を当てていただけかもしれない。クラグが。普通の体温を、特別なものだと思った可能性もある。だが。女が連れてこられたとき。体中を覆っていた痣は。ほかの捕虜より、はるかに早く消えている。今までは。道中で抵抗せず。


 服の下に隠れた傷も少なかったのだと思っていた。だが。今は、少し自信がなくなった。もしかすると。ルークの知らない、何らかの治癒の術を持っているのかもしれない。


「ほかの幼子にも、それをしたのか?」


「トゥクが川蛇と戦って、手を切った」


 クラグは。両腕を、できる限り広げた。集落の近くには。それほど大きな川蛇などいない。


「足の傷のことか?」


「そう」


「川で、尖った石を踏んだ傷だな?」


 クラグが。一瞬、止まる。


「蛇のせいで、そこを踏んだ」


「そうか」


「クカは、迷ったゴブリンと戦って、頭に大きな瘤ができた」


「ゴブリンと?」


「木へ登ったときに、クカが言ってた」


「木の上にゴブリンがいて、それに気づかず登ったのか?」


「クカがそう言った」


「落ちただけでは?」


「ゴブリンが先に落ちた」


「そうか」


「カメリアが、クカの頭へ手を当てた」


 クラグは続ける。


「次の日には、瘤が小さくなって。痛くなくなった」


 戦いの話は。どれも嘘だろう。だが。傷まで嘘とは限らない。川石で切った浅い傷なら。緑の練り薬だけでも、早く塞がる。木から落ちてできた腫れも。手当てをすれば、一晩で小さくなることはある。カメリアと呼ばれている女が。治癒の術を使える証拠にはならない。それでも。ルークを不安にさせるには十分だった。


「大人で、知っている者はいるか?」


「いない」


「トクは、幼子が檻へ行くことを知っている」


「トクが知ってるのは、果物を渡すことだけ」


「見張りだ。おまえたちが思うより、知っているかもしれない」


 クラグは首を振る。


「トク、見てない」


「見ていないふりをしながら、ほとんど気づいている」


 クラグの顔へ。また不安が浮かんだ。


「ルーク、言ったら駄目」


「なぜ隠している?」


「古い治療役が、幼子を行かせなくする」


「その可能性はある」


「それに」


 クラグは。小鳥の焦げた皮を指で剥がした。


「カメリアが、治療役のものになる」


 その答えに。ルークは目を向けた。クラグは。剥がした皮を口へ入れる。


「そうしたら、治してもらう前に治療役へ聞かないといけない」


「そうなるだろうな」


「治療役は駄目と言う」


「必要がない傷ならな」


「治療役は、いつも最初に駄目と言う」


「だから、果物を持っていくのか?」


「木の実も」


「治してもらった礼として?」


「カメリアが、大人に言わないように」


「連れてこられてから、一度も話していない」


「だから、カメリアは秘密を守る」


 幼子たちは。一匹の飼いものへ餌を与えていたわけではない。自分たちだけの治療役を作り。森や集落で拾える食べ物を。治療の代わりに渡していた。幼子たちにとっては。公平で。何の問題もない取引だった。


 モルグへ話せば。若い女の立場はよくなるかもしれない。食事も増える。檻から出され。治療役の管理下へ置かれる可能性もある。生き残れる確率は。今より高くなるだろう。同時に。二度と自由にはなれなくなる。役に立つ捕虜は。解放されない。


 価値のある所有物として。今より厳しく守られる。モルグは。すでに、ルークが女へ向ける関心を見ている。このことを知らせるのが。若い女を守ることになるのか。


 新しい鎖を増やすことになるのか。ルークには、まだわからなかった。


「今は、誰にも言わない」


 クラグが身を乗り出す。


「約束?」


「言わないと言った」


「トクは?」


「トクのことまでは約束できない」


「クラグが、トクへ言わないよう頼む」


「命令するのはやめておけ」


「頼む」


「それも、あまり勧めない」


 クラグは考え込んだ。


「知っている幼子は、何人だ?」


「多くない」


「何人だ?」


 クラグは。脂のついた手を上げる。指を一本ずつ折った。


「トゥク。テブ。クカ。バブー。ゴラ」


 片手の指を使い切る。一度、手を下ろし。また上げた。


「小さいケグ。もう一人のケグ――」


「すでに七人だ」


「違う。トゥク、テブ、クカ、バブー、ゴラ――」


「一度でわかった」


「どっちのケグか、クラグ忘れた」


「そこは重要ではない」


「重要。ケグは、一人だけ知らない」


「もういい」


 ルークは息を吐いた。


「十分多い」


 クラグは手を下ろす。


「多くない」


「それだけの幼子が知っていれば、もう秘密ではない」


「大人は知らない」


 クラグは胸を張る。


「だから秘密だ」


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