それは既に蝕まれている
皆様、いつも読んでいただきありがとうございます!
今回はユウミ視点ではなく、王城騎士・オルヴィアの視点のお話となります。
王城で何が起きているのか。
そして、彼女だけが感じていた違和感とは何だったのか。
少しずつ王国の闇が姿を現し始めます。
それでは、第34話をお楽しみください!
※今回はユウミ視点ではありません。
フェルナンド王国王城。
正式名称を、クレインウィッシュキャッスルという。
その城には、約五百人の兵士と、約百五十人の騎士が常駐していた。
そして、その騎士団の中で、唯一の女性騎士がいる。
名を、オルヴィア・モルガン。
十六歳という若さでありながら、王城内でも五本の指に数えられる凄腕の魔法剣士である。
漆黒を思わせる長い黒髪。
黒曜石のように美しい黒眼。
雪のように透き通る白い肌に、薄紅色の唇。
その端正な顔立ちは、まさに絶世の美少女と呼ぶに相応しい。
愛剣は、月雫剣ルナリア。
水面に映る月のような深い群青に、一点の金色が彩る細身の剣。
幾重もの月光が降り注ぐように柄を包み込むナックルガードは、青銀色の控えめな輝きを放っている。
水の精霊と月の精霊の力を宿したそのレイピアは、紛れもなく名剣の中の一振りであった。
『ゲナフ副団長。お忙しいところ申し訳ありません。少し、お話がございます』
オルヴィアは王宮の外で、自身が属する騎士団の上官であるゲナフに声をかけた。
『オルヴィアか。なんだね?』
『最近、城の地下より不穏な気配を感じることが多いのです。ゲナフ副団長は、何かおわかりになりませんか?』
『不穏な気配……。いや、私は感じたことなどないがね。何かの間違いではないかな』
ゲナフは、あっさりとそう答えた。
『それだけではありません。先日、夜間に王城の警備についていた際、城壁を越えて王城の敷地内へ侵入する怪しい影を目撃しました。その件は騎士団の日誌に記載し、騎士団長へも口頭で報告いたしました。ですが、それに対する指示も調査もなく……』
『それは恐らく、自国の偵察員だろう』
『偵察員、ですか?』
『他国に派遣されていた者が、報告のために戻ってきたのだろうな。仲間とはいえ、姿を見られるとは偵察員として減点ものだ。ははは』
ゲナフは軽く笑った。
だが、オルヴィアの表情は晴れない。
『しかし、偵察員が……いえ、人間があの高さの城壁を飛び越えるなど、普通は……』
『なんだ? 私の言うことが信じられないとでも?』
ゲナフの声が、わずかに冷たくなる。
『偵察員ともなれば、身体能力や魔力操作術など、普通の人間とは比較にならん。そんなことも理解できないのかね?』
『……いえ。しかし、それでは偵察員は騎士以上の能力を有しているということになります。空を舞うほどの魔力や魔法を人間が扱えるなど、聞いたことが……』
『とにかく!』
ゲナフは、オルヴィアの言葉を遮った。
『この件についての話はこれで終わりだ。偵察員のことも含め、城のことはダンタリオン様にお任せすればよい。それでは、私も忙しい身なのでね。失礼するよ』
冷たい口調で言い切ると、ゲナフはオルヴィアの返答を待たずに去っていった。
(おかしい。本来、偵察員は兵士以上、騎士未満の人間が選任されるものだ。我ら騎士より上の実力者が偵察員として存在するなど、聞いたことがない。それに……)
胸の奥に、嫌な予感が沈んでいく。
王宮内へ戻ったオルヴィアは、同じ騎士仲間であるボブネスに声をかけた。
『やぁ、ボブネス。今、少しいいか?』
『あぁ。なんだい?』
『ここ最近、王宮内に違和感を覚えることはないか? 例えば、行方知れずの王妃様のこと。明らかに性格が変わってしまった王子殿下と王女殿下のこと。それから、上官達について』
『何を言っているんだ?』
ボブネスは、何の疑問も抱いていないような顔で答えた。
『以前と何も変わらないだろう。何の問題もないさ』
『いや、変わった! それに少なくとも、行方知れずの王妃様については大問題だろう! 何故、誰も気にしないんだ!』
『落ち着けよ、オルヴィア』
ボブネスは穏やかに微笑んだ。
だが、その瞳はどこか虚ろだった。
『俺達はただ、ダンタリオン様の言うことを聞いていればいい。そうすれば、何も問題ない』
(まったく……この城の者は、皆一様にこう言う)
ダンタリオン様に従えば問題ない。
ダンタリオン様に任せればよい。
ダンタリオン様がおられる限り、何も心配はいらない。
三ヶ月前に突如として現れ、相談役として常に王子の傍らにいる不気味な男。
(あいつが来てからだ。この王城がおかしくなったのは)
オルヴィアは、その場を後にした。
どうにもできない苛立ちと、腹の底から湧き上がる不安を抱えたまま、第二王女エルネマーニュ・フェルナンドの護衛へ入る。
エルネマーニュは昼食を終え、王宮の庭園で紅茶を口にしていた。
その瞳は虚ろで、目の前に咲く白いアネモネの花を、ぼんやりと見つめている。
ふと、その視界にオルヴィアの姿が映った。
『オルヴィア……。こちらへ』
エルネマーニュは、オルヴィアを傍へ呼ぶ。
『エルネマーニュ様。いかがなされましたか?』
『このところ……何か大切なことを忘れてしまっているように思うの』
エルネマーニュは、両手を胸元へ抱き寄せた。
『私の知らないところで……何か、大変なことが起きているような……。でも、この胸騒ぎを包み込むような、妙な安心感もあって……。これは一体、何なのかしら……』
その言葉に、オルヴィアは目を見開いた。
(エルネマーニュ様は、王城の異変に気付きかけている……)
迷った末に、オルヴィアは口を開きかける。
『エルネマーニュ様……実は私も、疑問に思っていることが――』
ドォォォォオオオオン!!!
突如、王宮全体を揺らすほどの衝撃と轟音が鳴り響いた。
『何だ、この衝撃は!』
『何が起こったというの……?』
エルネマーニュが不安げに立ち上がる。
オルヴィアはすぐさま周囲を警戒し、王女の前へ出た。
『わかりません。敵襲やもしれません。エルネマーニュ様、こちらへ早く!』
オルヴィアはエルネマーニュを王宮内へ避難させる。
近くにいた騎士達へ護衛を託すと、煙が上がる王城の東側へ向かって駆け出した。
『あの方向……まさか……』
王城の東側には、戦の兵器として何種類かの魔物が飼育されていた。
王城に隣接されたその施設は、街と王城の敷地を隔てる城壁に最も近い位置にある。
オルヴィアは、すれ違う兵士や騎士達に何があったのかを問う。
しかし、返ってくるのはどれも同じ言葉だった。
『問題ないでしょう』
『ダンタリオン様がおられます』
『我々が慌てる必要はありません』
その瞳は皆、虚ろだった。
『くそっ! 何がどうなっているんだ!』
オルヴィアは、飛ぶような速さで煙の上がる場所へ向かう。
近づくにつれ、不気味な咆哮や唸り声、そして何かが激しく衝突する音が繰り返し聞こえてきた。
嫌な気配を感じ取ったオルヴィアは、腰に携えた月雫剣ルナリアへ手を掛ける。
煙が上がっていたのは、やはり魔物収容施設だった。
魔物は厳重な檻に入れられており、万が一に備えて王宮魔術師による多重結界魔法も施されていた。
にもかかわらず、施設が爆発した。
それが何者かによって意図的に引き起こされたものだということは、オルヴィアにもすぐに理解できた。
(敵襲だ……。しかも、王宮内部の人間による犯行……)
脳裏に、すぐさまあの男の姿が浮かぶ。
オルヴィアは奥歯を噛み締め、睨みつけるように魔物収容施設を見据えた。
施設の近くまで迫った時。
オルヴィアは、驚愕のあまり足を止めた。
施設からは、目視できるだけでも少なくとも五十体の魔物が外へ出てきている。
だが、オルヴィアが驚いたのは、その数にではない。
『……あんな魔物……収容されてはいなかったはず……。あれでは、まるで……化け物ではないか……』
オルヴィアが目の当たりにしたのは、巨大なサイクロプスだった。
青緑色の肌。
筋骨隆々の肉体。
全身を覆う鉄鎧。
頭には、無骨な鉄兜。
そして片腕には、自分の身長と同等の大きさを誇る巨斧が握られていた。
ガキャァァアアンッ!!
ガギィィイイインッ!!
耳をつんざく凄まじい音に、オルヴィアは我に返る。
舞い上がる砂埃の向こう側。
そこではサイクロプス達が、巨大な斧を城壁へ叩きつけていた。
城壁にはすでに大きなヒビが入り、穴が開くまであと一歩という状況だった。
『誰か! 誰か、私と共に魔物を――』
『オルヴィア。どうしたのだ?』
振り返ると、そこにいたのは騎士団長、ディタナード・セレステラだった。
『騎士団長! 早くあのサイクロプス達をなんとかしなければ、城壁が破られ、街に魔物が……!』
『よいではないか』
ディタナードは笑顔でそう答えた。
『あの大きな城壁は、前々から王宮の空を狭くしていると思っていたのだ。壊れても問題ないだろう』
『正気ですか、騎士団長! あんな魔物が市民の住まう街に解き放たれたら、どれほどの被害が出ると……!』
『何も問題ない。我らはただ、ダンタリオン様の――』
『城を、街を、人々を守らないで……何のための騎士団だ! バカヤロォ!』
バキッ!
『ぶっぱぁぁ!?』
オルヴィアは、ディタナードの顔面を思い切り殴りつけた。
そのままサイクロプス達のもとへ単身で向かおうとした、その時。
ドガシャァァアアアン!!!
ガラガラガラァァン!!!
一際大きな音と共に、城壁の一部が崩れ落ちた。
崩れた壁の隙間から、王都の美しい街並みが覗く。
そして、一体のサイクロプスが城壁の隙間を抜け、街へ降り立った。
『いけない!』
オルヴィアは身体強化魔法を自身へかける。
次の瞬間、風のような速さでサイクロプス達を追い抜き、城壁の隙間を潜って街へ出た。
『ネレイア・ヴェール!!』
オルヴィアはすかさず、水魔法による障壁を展開する。
澄んだ水の膜が幾重にも重なり、城壁にできた隙間を覆い塞いだ。
(よし。これでしばらくは魔物の侵入を食い止め――)
『キャー!』
オルヴィアは振り返った。
一体のサイクロプスが、巨斧を振り上げている。
その目の前には、小さな女の子が腰を抜かし、泣き叫んでいた。
次の瞬間。
ダァァァアアアン!!
巨斧が、街のレンガ造りの地面へ深々と突き刺さった。
しかし、その斧が女の子を捉えることはなかった。
間一髪のところで、オルヴィアが女の子を抱きかかえ、滑るように斧を回避していたのだ。
『早くお逃げ!』
女の子は泣きながら小さく頷くと、街の奥へ走り去っていく。
『あぁぁぁぐぁぁああ!』
獲物を仕留められなかったことに激怒したサイクロプスは、咆哮を上げて狙いをオルヴィアへ定めた。
オルヴィアもまた、月雫剣ルナリアを構える。
血走った一つ目を爛々と輝かせながら、サイクロプスは巨斧を振り被った。
(力はある。だが、動きは遅い……)
横薙ぎの一撃が、轟音を伴って振り抜かれる。
オルヴィアは体勢を低くし、斧の軌道を掻い潜った。
そして、その沈み込んだ勢いを利用して、サイクロプス目掛けて一気に駆ける。
巨斧を振り抜いたサイクロプスは、その重量に引かれ、次の動作へ移るまでに一拍遅れていた。
その隙を、オルヴィアは見逃さない。
ブシュッ!
ブシュッ!
無駄のない動きで、サイクロプスの腕へ連続で斬撃を叩き込む。
『ぅぐぅぅううあああ!!』
切断には至らなかった。
しかし、深い裂傷を負ったサイクロプスは、巨斧を地面に取り落とす。
その隙を逃さず、オルヴィアは次に足の腱を狙って踏み込んだ。
ルナリアの刃が、サイクロプスの足へ触れようとした瞬間。
バチンッ!
サイクロプスが振るった左手が、オルヴィアの身体を捉えた。
凄まじい衝撃が全身を貫く。
吹き飛ばされたオルヴィアは、家屋の壁へ激突した。
『はぁ……はぁ……。魔法を維持した状態での戦闘は、やはりキツイか……』
何とか立ち上がろうと足に力を入れる。
だが、膝ががくがくと震え、言うことを聞かない。
そんなオルヴィアの姿を見て、サイクロプスは歪んだ笑みを浮かべた。
地面に落ちた巨斧を掴み上げ、よだれを垂らしながら走り迫ってくる。
走りながら、巨斧を振り被るサイクロプス。
逃げることすらままならないオルヴィアは、その光景を見つめることしかできなかった。
(私は……なぜ騎士になったんだっけ……?)
絶望の中、オルヴィアの瞳に映る景色が、ゆっくりと遠ざかっていく。
まるで、時が引き伸ばされたかのように。
(違う……。騎士じゃない……)
幼い頃の自分が、脳裏に浮かぶ。
物語に出てくる英雄に憧れていた。
弱き者を守り、理不尽を打ち砕き、どれほど凶悪な敵が相手でも決して背を向けない。
そんな存在に、なりたかった。
(私は……勇者になりたかったんだ)
人智を超える凶悪な敵から、弱い者を誰一人として見捨てずに守り抜く。
そして、最後には必ず勝利する。
そんな強い勇者に。
だが、現実は違った。
守りたいものがあっても、力が届かない。
叫びたいことがあっても、誰にも届かない。
城も、街も、人々も、ゆっくりと何かに蝕まれていく。
それでも。
(私は……守りたかった……)
サイクロプスが近づいてくる。
巨斧が振り下ろされる。
オルヴィアは、強く目を瞑った。
これから訪れるであろう嵐のような衝撃と、身を裂くような痛みに備えて。
しかし。
いつまで経っても、それはオルヴィアに訪れなかった。
恐る恐る、目を開く。
そして――。
そこには。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
今回はオルヴィアという人物の信念や覚悟を描いた回でした。
「騎士になりたかった」のではなく、「勇者になりたかった」。
その想いが、彼女を最後まで立ち上がらせ続けています。
そして、最後に彼女の前へ現れた人物とは――。
次回から物語はさらに大きく動き始めますので、ぜひ楽しみにしていただけると嬉しいです!
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それでは、また次回!




