それは既に帰る場所である
どれほど強くなっても、
人はひとりでは歩いていけないのかもしれません。
守りたいもの。
帰りたい場所。
そして、帰りを待ってくれる誰か。
今回のお話は、ユウミにとっての「帰る場所」が、
少しずつ形になっていく回です。
どうぞ、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
『オリオン……お母さんは……何を滅ぼしたの?』
『昔のことよ。ユウミは知らなくていいの』
『玉藻よ。ユウミは知っておいた方が良い。我らの旅はこれから。そのことを知る者にも、今後出逢うやもしれぬ』
『ユウミはここにずっといればいいわ。そうすれば……』
『それはできぬ。ユウミは九頭龍神様からお役目を賜っておるのだ』
『九頭龍神様から……では、ユウミは……』
『そうだ。我らと同じ、九頭龍神様の御魂分けだ』
『……そう……だったの……でも——』
玉藻は言葉を飲み込むように、視線を落とした。
そしてゆっくりと顔を上げ、まっすぐにオリオンを見据える。
『神に振り回されるのは、もうごめんだわ』
『玉藻よ。口を慎むのだ』
オリオンが静かに窘める。
『私の役目は、子をなすことだったわ。それなのに……目の前で……っ』
言葉の最後は、歯を食いしばる音に変わる。
苦しさを押し殺したその表情は、見る者の胸を締め付けた。
『落ち着くのだ、玉藻よ。その子は目の前におる。お前がなさなければ、ユウミはここにいないのではないのか?』
ハッとしたように、玉藻はユウミを見る。
『お母さん。大丈夫。もうお母さんを悲しませることは起きないよ。俺がさせないから』
『……ユウミ……』
潤んだ瞳からこぼれた涙が、静かに湯面へと落ちていく。
『私も行くわ』
『え?』
『私もユウミの旅についていく。ユウミに何かあったら……それこそ、生きていられないもの』
『玉藻よ。それはできぬ』
『なぜじゃ!』
抑えきれぬ感情が溢れ、玉藻の目が鋭く吊り上がる。
一瞬、そこに妖狐の気配が宿った。
『落ち着くのだ、玉藻。お前がここを離れれば、配下の者は誰が守る?』
その言葉に、玉藻の表情が揺らぐ。
『……配下では……ありません。皆……私の我が子と同じ……親がなく、傷ついて……』
『ならば尚更だ。まともに戦えるのはカムイのみ。だが、それではすべては守れぬ』
『………』
俯いたまま、言葉が続かない。
『……お母さん』
ユウミがそっと声をかける。
ザバンッ
玉藻は立ち上がった。
『……ユウミ……悪いけれど……先に上がるわね』
そう言い残し、背を向ける。
その背中を、ユウミとオリオンは黙って見送った。
『ユウミよ。お前が玉藻を母とするならば、しかと聞いておくのだ』
『うん。わかった』
『うむ。では話すぞ』
——国を三つ、滅ぼした。
それが、オリオンの語った最初の言葉だった。
玉藻はこの世界へ転生したが、その事実に気付くことなく、
ただ復讐に囚われたまま、人を殺め続けていたという。
四つ目の国へ向かう途中、この山でオリオンと出会った。
ボロボロの身体。
それでもなお、禍々しい気配を纏ったまま。
『お前は何者だ。何故そのような身体で、そこまでの殺気を放つ』
『……人間が憎い……妾の子を返せ……殺した……妾の子を……』
紫の炎が、空中に無数に灯る。
だが——
『グォォォオオオ!!』
咆哮とともに放たれた聖なる光が、それらを包み込んだ。
炎は消え、妖狐の身体は崩れ落ちる。
オリオンは静かにその身を受け止め、住処へと運んだ。
命は繋がった。
だが目覚めた玉藻は、記憶を失っていた。
やがて回復した玉藻は、山を歩くようになる。
ある日——
足に傷を負った小さな兎を、胸に抱いて帰ってきた。
それからだった。
傷ついた魔物や動物を見つけては連れ帰り、育てるようになったのは。
心に空いた大きな穴を、埋めるように。
やがて子供たちは成長し、玉藻を支える存在となっていく。
灰狼——カムイも、その一体だった。
そして月日が流れ——
オリオンは九頭龍神より刀守の役目を賜り、この山を離れることとなった。
コンコン
『お母さん』
『あら、ユウミ。こっちへいらっしゃい』
部屋の中、玉藻は静かに椅子に座っていた。
ユウミが隣に座ろうとした、その瞬間——
『……っ』
手を引かれ、そのまま膝の上へ。
背中から、優しく抱きしめられる。
『良い子ね、ユウミ』
頭を撫でられるその温もりは、どこまでも優しかった。
『お母さん。オリオンから聞いたよ』
『………』
玉藻の表情が曇る。
『お母さんって強いんだね。アスモデウスを一瞬で倒したのもすごかったけど』
『……ユウミは……お母さん……こわい?』
抱きしめる力が、わずかに強くなる。
『怒ったお母さんは、きっと誰にも止められないんだろうね。でも——どんなお母さんも、俺は好きだから』
『……ユウミ……』
『お母さん。俺はこれから、いろんな場所を旅して——助けを求める人や、魔物や、動物たちの力になりたいんだ』
静かに、だが確かな声で続ける。
『お母さんが子供たちを助けたように』
ユウミは振り返り、玉藻の瞳を見つめた。
『俺もね、怒ったらこわいんだよ。もしかしたら、お母さん似なのかもね』
ふっと微笑む。
『だから心配しないで。俺、ドラゴンだって倒したんだから』
『……そうね。ユウミはもう、坊やじゃないものね』
玉藻は目を細める。
『でもね……どれだけ強くなっても、お母さんはユウミのことが心配なの。だって——お母さんなんだもの』
『うん……それ、すごく嬉しい。前の世界では、そんな人いなかったから』
『お母さんには、俺のやりたいことを応援してほしいんだ。だから——』
少しだけ不安を滲ませながら、言う。
『オリオンと旅に行かせて。必ず役目を終わらせて帰ってくる。ここが、お母さんが……俺の帰る場所だから』
玉藻の瞳に、再び涙が溜まる。
それでも、こぼさぬようにユウミを見つめた。
やがて——
ほろり、と一粒が落ちる。
『本当に……大きくなったのね、ユウミ』
再び、強く抱き寄せる。
『わかったわ。お母さんはユウミを応援する。でもね——もし誰かにいじめられたり、嫌なことをされたら、すぐに言うのよ』
優しい声で、そして——
『その時は、お母さんが……その相手を引き裂いてあげるわ』
物騒な言葉に、ユウミは思わず苦笑する。
ギュッ
今度はユウミが、玉藻を抱きしめ返した。
『ありがとう。お母さんを守れるくらい強くなって、帰ってくるから』
互いの涙が混ざり合う。
それは、確かな絆の証のようだった。
——その様子を。
扉の隙間から——
白く美しい尻尾だけが、静かに通り過ぎていった。
21話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は戦いではなく、
ユウミにとっての「心の居場所」や「家族のかたち」を描く回になりました。
玉藻の過去、背負ってきた痛み、
そしてそれでも誰かを愛し、守ろうとする想い。
そこにユウミがまっすぐ言葉を返すことで、
ようやく“帰る場所”と呼べるものが結ばれたのだと思います。
強さだけでは進めない旅の中で、
こうした繋がりがこれからのユウミを支えていくはずです。
少しでも心に残るものがあれば嬉しいです。
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それでは、また次回もよろしくお願いします。




