それは既に溢れ出している②
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
第12話「それは既に溢れ出している②」をお届けします。
それぞれの戦いが始まり、張り詰めた空気の中でぶつかり合う力と意志。
そしてユウミの中で、何かが確かに“変わり始めて”います。
その変化が何をもたらすのか——
ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです。
音もなくそれは降り続ける
消えることのない何かが
静かに
確かに
心の奥を濡らしていく
『誰よりも努力した』
『剣の強さ。それだけが、俺がここに存在していい理由だったから』
『負ければ──俺はまた、いらない人間になる』
『……おかえり』
その一言。
それが、俺が前の世界で、たった一つだけ望んだものだった。
『俺には……誰もいなかった』
『それでいいんだ。それが、俺だから』
『……忘れたんだよ』
空っぽのままの声だった。
何かを諦めきったような表情で、ユウミはただ前を見ている。
その頬を、拭われないままのものが静かに伝っていた。
それがオリオンに向けられた言葉なのか、それとも、自分の奥底にある何かを再び閉ざすためのものなのか──
ユウミ自身にも、わかっていなかった。
『この世界に来て……今さら、揺れてる自分が……許せないんだ』
言葉が途切れる。
『しかも……本当の母親じゃない人に……』
『あの人は……俺のこと、息子だって……』
そこまで言いかけて、口を閉じる。
『……俺は……何もしてやれない』
オリオンは伏せたまま、ただ静かに聞いていた。
言葉はない。相槌もない。
ただその瞳だけが、静かに語っている。
──今は、我がいる。
『……情けないよね』
かすれた声が落ちる。
『……つまらない話して悪かった』
『もう……寝るよ』
布団を頭から被り、背を向ける。
膝を抱え込むように身体を丸め、目を閉じた。
『ユウミ』
短い呼びかけ。
『ここは、前の世界ではない』
『……もう、望んでもよいのではないか』
それだけを残し、オリオンもまた静かに目を閉じた。
(…どうやって)
ユウミは心の中で呟いた。
どれほどの時間が経ったのか。
ユウミは、薄く目を開けた。
暗い部屋。
夢か、現か──まだ判別はつかない。
『………』
(……何か、聞こえる)
――トン
――トン
(……胸に……?)
『……よい〜こ〜……』
(……なんだろ……これ……)
『ね〜んね〜ん〜……ころ〜り〜よ〜……』
――トン
――トン
胸に触れる、柔らかな温もり。
すぐそばに、寄り添う気配。
確認するまでもなく、理解していた。
(……おか……)
『……っ……ぅ……』
息が乱れる。
何かを必死に押し殺すような音が、微かに漏れる。
紫月の光が差し込む部屋の中で、
その優しい歌声だけが、静かに響き続けていた。
その手も、その歌も、
この世界の闇が晴れるまで、途切れることはなかった。
オリオンは片目を細く開け、
二人を見守るように、静かに伏せていた。
――朝
梅の大木の下。
ユウミは不知夜を握り、剣を振るっていた。
流れるような太刀筋。
静と動が織り交ざるその動きは、まるで神楽の剣舞のようだった。
『……ふぅ……』
――パチ、パチ、パチ
不意に、拍手。
顔を上げる。
そこにいたのは、柔らかな笑顔を浮かべ、手を振る女性。
その隣には、オリオンの姿。
ユウミの視線は、ただ一人に向けられていた。
井戸水で身体を清め、戻ろうとしたその時。
『おかえり、坊や』
『朝餉の支度ができたわ。こっちへいらっしゃい』
『………』
ユウミの目が、わずかに見開かれる。
『ユウミよ。旅立つのは、腹を満たしてからでも遅くはあるまい』
『……ああ』
短く答える。
その言葉に、玉藻は日の光のような笑みを見せた。
案内された部屋。
並べられた湯気立つ料理。
席につく。
オリオンは既に魚にかぶりついている。
『さあ、坊や。たんとお食べ』
『……いただきます』
味噌汁を口に運ぶ。
(……あったかい)
それだけで、十分だった。
おにぎりを口にする。
素朴な味。
けれど──
どこか、懐かしい。
『……美味しい』
気づけば、箸は止まらなかった。
食事が終わる頃には、皿は空になっていた。
『……ごちそうさまでした』
玉藻の手が、そっと頭に触れる。
ユウミは、視線を逸らした。
拒まなかった。
それだけで、十分だった。
生まれて初めての、穏やかな時間。
けれど──
ドォォォオオオオン!!!
そのすべてを、叩き壊すような轟音が響いた。
第12話「それは既に溢れ出している②」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回の見どころは、それぞれの戦闘の個性と、ユウミの内側で起きている“無意識の変化”です。
戦いの中で少しずつ積み重なってきたものが、ここで形になり始めています。
まだ本人も気づいていないその力が、今後どう影響していくのか。
そして、迫り来るさらなる脅威との対峙も含め、次回以降もぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。
引き続き応援いただけると励みになります!
ブックマークや評価なども、とても力になりますので、よろしければぜひ…!




