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先見のお嬢は、未来を憂う  作者: 和広奈子
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43.決着

 雪奈の口元が動く。


「……それで? わざわざ種明かしをして、結局お前は何がしたいのです。知らぬ間に利用されていたことへの、文句でも言いにきましたか? ……この者と同じように」


 そう言って、つい、と桂太を見る。

 一見して無表情に見える、目を伏せた桂太の顔は僅かに顰められていて、まるで何かを堪えているようにも見えた。


 叶慧は驚きに目を丸くする。

 やがて眉を下げると、緩やかにほほ笑んだ。

 息を吸い、ゆっくりと話し出す。


「……お祖母様が、立場と共に抱えられているものは、私が察するに余りあるでしょう。故に、私ごときが貴女の真意を探ろうなどと出来るはずもない。お祖母様の決められたことに否を唱えるつもりなんて、昔から持ったことなどありませんよ」


 そう言って、叶慧は口を閉ざした。


「ただし」


 ややあって、視線を上げると、芯の通った声と共に雪奈を見据えた。


「あくまで私個人に限定されることなら、の話ですが」


 もう随分とまともに直視していなかった祖母の顔に向かい、叶慧は語調を強めて言い切る。

 雪奈は目を細める。元々切れ長の目だからか、まるで見下すような表情になった。


 ――静かで重い時間が流れる。


 しばらくして、雪奈が平坦な声で話を切り出した。


「つまり、お前は何を望むというのです?」


「単純です。明槻をこの先も、私の付き人にしていただきたいのです」


 澄んだ声で言い放った言葉に、桂太は目を瞠った。

 穴が開きそうなほど自分を見つめる桂太の気配を感じながら、叶慧は祖母に向き合い続ける。


「此度の失態には目を瞑れとでも?」


「そうは言っていません。謹慎なり減給なり、それなりの示しが必要だとは思います。けれど解雇だけは、承服できないと言っているのです。先ほども申し上げましたが、主家と新條家が企てたことに、いかな付き人とはいえ、たった一人がどう立ち向かえというのです? このようなことでいちいちクビにしていたら、付き人など誰も務まらないではありませんか。……それに、」


 叶慧は言葉を切る。

 次いで、桂太の顔を脳裏に浮かべると、唇を引き結んだ。


「何より私が、彼に傍にいてほしいと、願っているのです」


「……!」


 桂太は息を呑んだ。


 小さな声で零すように、お嬢、と呟いた声が叶慧には聞こえた。

 叶慧は強い光を灯した目で、雪奈を見つめる。


「お願いします。どうか、明槻をこの先も私の付き人でいさせてください」


 そう言って深く、頭を下げる。隣でもう一つ、頭を下げる音が聞こえた。

 祈るような時間が過ぎる。

 やがて、雪奈がため息を吐く気配が伝わった。


「愚かしい。後の先見役を担う者が、付き人に心を砕くなどと。そんなことだと、後々悔やむことになりますよ。……何であろうと、私が他者を評価するのはあくまでも能力面においてのみ。情による訴えなど、何の基準にもならない。貴女の個人的な感情など、知ったことではありません」


 吐き捨てるように放った、苦々しい声に叶慧は身を竦ませた。

 手のひらが汗でじっとりと湿る。全身に寒気が走る。


 震えそうになる手をどうにか堪えて、頭を必死に回転させた。

 けれど一向に、返す言葉が見つからない。


(考えろ、考えろ……!)


 いくら思考を急かしても、マシな案が浮かばない。

 焦りばかりが、心の中で増幅していく。己の無力が、ただ恨めしい。

 絶望に視界が歪みそうになった時、聞きなれた穏やかな声が、頭上から振ってきた。



「――では、客観的で正当な意見であれば、聞き入れていただけるということでございますね?」


 いつの間にか部屋の入口に立っていた須藤が、にこりとした笑みと共に、そう言った。


「須藤……?」


 茫然と掠れた声で叶慧が呟くと、須藤は軽く会釈した。

 雪奈が眉を顰める。

 須藤は叶慧と桂太を順繰りに見回すと、最後に雪奈に視点を定めた。


「雪奈様。明槻君を解雇することは、御澄家にとっての損失になりますよ。私が断言いたします」


「何を根拠に?」


「おや、元々身体面においても頭脳面においても明槻君の素質が高いことは、既にご承知のことでございましょう? それにこの数か月で、予定管理に御澄と関係のある人物・組織の把握、本家での雑用に叶慧様のサポートに至るまで、彼は完璧にやりこなしてみせました。何より」


 須藤はちらりと叶慧を見ると、笑みを深めた。


「叶慧様の信頼を勝ち得ている以上の功績があるでしょうか? ……御澄家の使用人を束ねる者として、彼の解雇には賛同いたしかねます」


 穏和で、けれど断固とした響きをもった声で、須藤は言い切った。

 印象はまるで違うというのに、どこか鋭さを秘めた目は、雪奈を連想させる。

 叶慧は須藤から目が離せなかった。


 雪奈は眉根を寄せ、苦々し気に口を開いた。


「そろいもそろって、馬鹿々々しい。一人の人間にそれほどまでに入れ込むなど、公私混同もいいところです」


「おや? 私は私情を挟んでいるつもりなどありませんが?」


「お黙りなさい。貴方が一番の確信犯でしょうが」


 雪奈のきつい視線を、須藤は飄々とした笑みで受け流す。


(……食えない)


 叶慧はその様子を眺めながら、思わずそんな感想を抱いた。


 雪奈は何度目か分からない、深いため息をついた。


「……いいでしょう。それほどまでに言うのなら、もうしばらくは様子を見ることにします。それまでに、己の有用性を私に見せてごらんなさい。そうすればまた、その時に考え直しましょう」


「……!」


 叶慧は顔を上げた。これ以上なく大きく見開いた目で、祖母を凝視する。


「……っありがとうございます……!」


 声を詰まらせながら言った桂太の言葉に、聞き間違いでなかったことを確信する。

 祖母の決定を覆せたという奇蹟を、身体全体に流れる喜びと共に実感する。


「礼は結構。使えぬと判断したらすぐにでも他をあてがうということを、ゆめ忘れないように。……心して、明日からの業務に励みなさい」


 その言葉を最後に席を立った雪奈の背中に、桂太は深く頭を下げた。


 叶慧はへたりとその場に座り込んだ。ずっと気を張っていたせいで、四肢に力が入らない。

 それでも何とか振り返り、須藤に向き直った。


「……よく、駆け付けてくれた。力を貸してくれて、本当にありがとう」


 振り絞るように言った叶慧の言葉に、須藤は目を丸くした。

 やがて目を細めると、いつもの笑顔で口を開く。


「お礼を言われるようなことは、何もしておりませんよ。言ったでしょう、私は私情を挟んだつもりはありません。これまでの明槻君の働きに対しての評価を、申し上げただけです」


 そう返すと、桂太に目をやった。


「とは言え、勝負はこれからですよ。存分に働いて、君の価値を雪奈様に見せつけてあげなさい。……期待していますよ」


 鋭さのこもった最後の言葉を受けて、桂太は唇を引き結んだ。


「勿論です」

 

 力のこもった声で言い切る。

 須藤はその言葉に笑むと、「では、邪魔者は消えるとしましょう」と残して、楽しそうに笑いながらその場を後にした。


 仄かな灯りが宿る部屋には、叶慧と桂太だけが残された。




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