4.報告
「……どうでしたか?」
叶慧は再び、雪菜と向かい合っていた。
もっとも雪菜は書類に目を通しているので、互いの瞳がかち合うことはないが。
問われているのは、付き人候補である明槻桂太のことだ。
「そうですね。人柄は明るく実直で、親しみやすい人物かと。ただ、意気込みが強すぎるといいますか、やる気が前のめり過ぎて、そのうちどこかで転びそうといいますか……」
「若い人材ですし、始めはそれでもいいでしょう。問題はそこでなく」
雪菜は目を上げる。
一瞬だけ、両者の視線がすれ違った。
「使いこなせそうな人物かと、聞いているのです」
「……それは、初見の段階では判じ難いかと。勿論、善処致しますが……」
過去に数人の付き人を与えられておきながらも、良好な関係を築けなかったせいか、どうしても曖昧な受け答えになる。
雪菜は、あからさまなため息をつく。
「今度ばかりは、何とかなさい。次代の先見役はどうあっても貴女になるのですから、本格的な仕事が舞い込む前に、付き人は慣らしておく必要があります」
祖母らしからぬ、何やら余裕のない口振りだ。
叶慧は眉をひそめた。
「……お祖母様。何か、不測の事態でも起ったのですか?」
雪菜はやや眉間に皺を寄せると、一拍置いて口を開いた。
「……貴女の次に強い先見の力を持っていた分家筋の朱里が、十分に使えなくなりました。つまり万が一、貴女が突発的な事情で先見を満足にこなせなくなった場合、彼女に役目を任せようと思っていた目算も潰れたということです」
「朱里が……?」
叶慧は茫然と呟いた。
御澄朱里は、確か叶慧の5つ歳下の少女で、何度か顔を合わせたこともある人物だ。
淑やかで穏和な雰囲気を持った、繊細そうな少女だった。
「何か、大病を患ったのですか?」
「気鬱でふせっていると報告では聞いています。故に、回復はいつになるか分からないとも。一体何があったのか子細は聞きましたが、実に下らない内容でした。全くもって情けない」
身内に対してまで容赦のない物言いに、相変わらずだなと思いながらも口には出さない。
ただ、そうですかとだけ答える。
「……明槻桂太」
雪菜はぽつりと、叶慧の付き人の名を呼ぶ。
「付き人に任じるに際し、懸念が無いわけではありませんが、本人の強い希望もあって、現時点では最も適任だと判断しました。うまく使っていきなさい。用件は以上です」
「……はい」
叶慧はそう答えると、頭を下げて退出した。
「朱里……」
長く冷たい廊下を歩きながら、少女の顔を思い浮かべる。いつ頃から、具合が悪くなっていたのだろう。
それに気鬱だなんて、一体彼女に何があったのか。そういえば冬の会合でも顔を見ていなかったと、叶慧は眉根を寄せた。
(やはり、先見の力が関係しているのだろうか)
先見役が、その力故に心を惑わせるのは、珍しいことではない。
例えば近親者の不幸な運命を見通してしまい、その残酷な未来を受け入れられず世をはかなもうとした者もいたくらいだ。
常人と違う力によってもたらされるのは、何も便利で無害な事象だけではない、ということである。
そして、先見の力の闇にのまれるのは、何も力の保持者当人だけとは限らない。
手先が徐々に冷たくなっていくのを感じながら、叶慧は右の腕をさすった。
かすかに身震いをして、外の景色を見る。
もう春も過ぎかけているのに、今日はやけに冷えると思った。




