23.二家の始まり
雪菜の元を去った叶慧は、桂太を自室に呼び寄せた。直接声をかけたのではなく、人を介しての伝達だったので、必然的に待つ時間はできる。
叶慧は机の前に座し、目を閉じた。
「……」
先ほどからやけに心音がうるさいと感じていたが、視界を閉ざすと尚更大きく聞こえた。
(72、73、74……)
心拍数も平素よりやや多い。
気のせいではなかったかと認識すると同時にイラつきのようなものを覚え、自然と眉間に皺が寄る。
(緊張なんて、している場合じゃないだろう)
叶慧は大きく深呼吸し、そのまま呼吸を整えてみる。
幾分か落ち着いたような気がして、少しだけ安堵した。
あの事があってから、初めて桂太とまともに話す時間だ。
緊張しているのか、喜んでいるのか、恐れているのか、本当のところは叶慧にも分からない。
ただ、そのいずれであったとしても、この心の揺れを、桂太には絶対に気取られたくはなかった。
叶慧が再度、無表情をつくり姿勢を整えた時、扉の外から待ち人の声が聞こえた。
「……入れ」
「失礼いたします」
戸が静かに開く音と共に、付き人が姿を現した。
「参じるのが遅れ、申し訳ありません」
「いや、問題ない。……そこに座れ」
叶慧は桂太に着席をすすめると、ゆっくりと口を開いた。
「来てもらった理由はほかでもない。君に、聞いておいてもらいたい話があったからだ。……ただ、君にはこれを聞くか聞かないか、選択できる権利がある」
「権利……ですか?」
顔に疑問符を浮かべる桂太に、叶慧は徐に話しかける。
「……これから話すことは、君がこの先も私の付き人を務める気があるのなら、否応なしに耳にする内容かもしれない。けれどもし、一度でも他者に漏らしたが最後、相応の報いを受けてもらうほどの秘事でもある。だから敢えて、知ることを強要はしない。知らないままでも、付き人の任はそれなりに果たせるだろうから。それでも、聞く意志はあるか?」
「……!」
桂太は息を呑み、目を見開いた後、神妙な顔で頷いた。
それを見届けた叶慧は、一度大きく息を吐くと、ゆっくり口を開く。
「……御澄家と新條家が、古くから家同士の交流があるのは知っているな。起源を遡ると、そもそもの繋がりは江戸の時代からになる。……今でこそ政界で大きな地位を築いている新條家の先祖は、元々御澄家の使用人だったそうだ」
氏も身内もない、下働きの孤独な少年。
周りの誰もが軽んじ、歯牙にもかけぬ小さな存在を、唯一人だけ、気に掛ける者がいた。
「その人物こそが、当時の御澄家当主の一人娘だった。……彼女が少年に肩入れした理由は、大体想像がつくだろう?」
桂太は緊張した面持ちで頷いた。
「……きっとご息女は、先見の力を持っていたのですね。そして少年の未来を見た彼女は、いち早く少年の才覚に気が付いた」
「そういうことだ。彼女が気付いたからそうなったのか、誰も気づかずともいずれ自力でそうなったかは誰にも分からないが。とにかく少年には、いずれ多くの人の上に立つだけの大器があった。そのことを知った当時の御澄家当主は、少年の援助と育成に力を入れ始めた。やがては交流のあった名家に養子入りさせ、そのことにより地位も教養も後ろ盾も手に入れた少年は、政界でその名を知らぬ者がいないほどの大物になった」
一つ、息をつく。声を低め、幼い頃に聞かされた記憶を辿り、慎重に言葉を紡ぐ。
「その青年の名は、新條健吾。彼こそが政治家一族、新條家の始まりの人間というわけだ」
「……!」
桂太が驚愕する気配が、叶慧にも伝わってきた。
今までの話だけでも、十分驚きに値することだろう。だが話はこれで終わりではない。
「さて、ここまでの中で、最も先見の恩恵を受け、その力の有用性を知り、かつ必要としているのは誰だと思う?」
「……新條家の、ご先祖ですね」
その通りだ。
叶慧は唇の端を上げる。新條健吾は政界で地位を築いた後も、更なる栄誉と家の安泰を得るため、度々先見の力を利用したという。
「政敵の弱みを探ったり、有能な人材を発掘したり、徒党を組むべき人物を選んだり、最も優秀な人物を跡継ぎに据えたり……使い方は如何様にも考えられただろうな」
先見の力は、使い手の力が強いほど、覗く未来の時期と状況を正確に絞ることができる。
おそらく、新條健吾という人物を見出した先見の娘は、その存在意義を十二分に示せるほど、とりわけ強力な力を持っていたのだろうと叶慧は思う。
勿論それだけの力を貸しておきながら、御澄家に何の見返りもなかったはずがない。
新條家というビッグネームを背後に控えて、これまで顧客の拡大に始まり資金繰りの援助など、御澄家は多岐に渡って報酬を得てきた。
そのやり取りは現在もなお続いている。
先見役の務めとは、新條家に利をもたらすことであり、ひいてはお家の安定を維持することである。
「つまり御澄と新條の二家は、互いに共栄関係を築いてきたということだ」
叶慧がそう言うと、それまで顎に手を当てて考え込んでいた桂太が口を開いた。
「一つ、聞かせてください。先ほどお話の中に、先見の力が新條家の跡継ぎを選出するのに使われていた、とありましたが、今日のことはもしかして……」
付き人の言葉に、叶慧は心の中で感嘆の声を上げる。
今、桂太が指摘した点こそが、この話の要であり目的だからだ。
「話が速くて助かる。……新條家は表向き実力主義を掲げ、跡継ぎに必ずしも長男を選ぶことはしない。選定基準は知能、統率力、求心力、交渉力など細かく決められる。この辺は新條家の当主と側近たちが判断するらしい」
叶慧は息をつき、「ところで」と続ける。
「選定項目の一つに、将来性、というものがある」
「将来性」と小さく呟き、桂太は表情を固くして叶慧を見る。
その様子を見て、桂太の中で答えが出たことを察した叶慧は、ご明察、と、心中で笑んだ。
「その者が、未来においてどの程度才気の花を開かせられるか。その見定めに、御澄家の先見役が口出しをさせて頂いているというわけだ」
あくまでも一部の声として意見しているわけで、先見一つで当主決定の判断が下されることは決してない。
さすがに新條家もそこまで耄碌してはいない。
「けれど中には、当主に選ばれなかった責任を御澄家に課す者もいる。おそらく隆明様もその一人だ。今日の件はお祖母様が将道様に報告するらしいが、隆明様がまた何か仕掛けてくるとも分からない。だから私が外出する際は、君も用心しておいてくれ」
言葉を切り、叶慧は黙したまま、付き人を見る。
視線を正面から受け止め、桂太は再度表情を引き締める。
そのまま、主に真っすぐ向かい直ると、静かに頭を下げた。
「――謹んで、お役目果たさせて頂きます」




