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先見のお嬢は、未来を憂う  作者: 和広奈子
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22.異変

 遊園地で叶慧と桂太が言葉を交わしてから幾日かが経った。


 その間も御澄家では、何事もなかったように坦々と日々が刻まれていく。使用人は粛々と業務をこなし、住人は泰然と繰り返しの毎日を送る。何年も前から変わらぬ光景のままだ。


 その中で、叶慧と桂太の距離感だけが様変わりした。良好な関係を築けているように見えた2人の、急によそよそしくなった様子を訝しむ者は1人や2人ではなかった。

何があったのかと、憶測や勘ぐりの忍び声がしばらくの間飛び交った。


 けれど叶慧とこれまでの付き人の関係を見てきた者の大半は、ああまたかと納得、もしくは落胆するだけで、やがてそういった空気に流されるように、疑問の声はなくなっていった。


 そんな風に、静かに淡々とした時間を重ねていたある日の夕方、学校から帰った叶慧の眉を曇らせる出来事があった。


「――ふざけるなっ! そんな道理の通らないことで、納得してたまるか!」


 若い男の激怒する声が、玄関から聞こえてきた。


「そう申されましても、私達はただ己の役目を果たしただけでございます。最終的な決定は将道様が下されることですから、私達が今更何をどう言おうと詮無きことかと」


 声のする方へ叶慧が歩み寄ると、玄関に座り、淡々と答える雪菜と、肩を震わせて祖母と対面する男の姿が目に入る。


 怒りに歪められているものの、凛々しい眉と我の強そうな瞳を備えた、端正な顔つきには見覚えがあった。


(たか)(あき)様……?」


 政治家一族・新條家の長男にして現在大学四年生の青年の姿が、そこにあった。


 叶慧の茫然とした呟きに気付いた青年はとっさに振り向き、同時に雪菜は口を開く。


「隆明さん、これ以上言い募られても私達にはどうすることもできません。まだ何か言い足りないのであれば、続きはどうぞお父上になされませ」


 ぴしゃりと雪菜がそう言うと、隆明は悔しそうに歯噛みしながら、足音荒く去っていく。


 しかし叶慧の近くまでやってくると、ぎょっとした表情で慌てて顔をそむけた。


「……何が神の力だ。一介の呉服屋風情が、人の家の事情に首突込みやがって……!」


 憎々しげな台詞をすれ違いざまに吐かれた叶慧は、何が何だか分からない顔をして突っ立っていた。


「叶慧様、大丈夫ですか?」


 後ろからかけられた硬質な声に叶慧が振り向き、頷いたのを見届けると、相手は一礼をして踵を返す。


「車を戻してまいります」


 そう言って遠ざかっていく桂太の背中を、声もなくしばらく見つめる。

 やがて目を伏せると、叶慧は石畳を歩き出した。




「――先ほどの騒ぎは、一体何だったのですか?」


 雪菜の居室で、祖母と向かい合いながら叶慧は尋ねた。


「大したことではありません。新條家の跡目が正式に決まったということに、異論を唱えに来ただけです」


 涼しい顔で言ってのけた雪菜の言葉に、叶慧は息を呑む。


「では尚之様が、次期新條家当主に確定したということですか……⁉」


 叶慧は血相を変えて、新條家の次男の名前を口にする。

 雪菜は無言で首を縦に振り、目を細めた。


「……まあ、逆恨みとはいえ隆明さんが当家に良い感情を抱いていないことは耳にしていましたが。まさか前触れもなく押し入って来るほど短絡的な行動を取るとは、予想外でした。今日のことは将道様にもお知らせしますし、さほど気にかける必要はないと思いますが、貴女も用心なさい。隆明さんは少々、直情的なところがありますしね」


 「はい」と答え、叶慧は雪菜を見る。

 そのまま口を噤むと、しばらくして意を決したように話し出す。


「お祖母様。このことは、明槻に知らせても良いでしょうか」


 雪菜の眉が、ぴくりと動く。


「……隆明さんのことと、対応方法は伝えてかまいません。が、まだ入ってまもない付き人に、詳しい事情まで話す必要はありません」


 ぴしゃりと言い切る声に、叶慧は食い下がる。


「しかし、しっかりと理由を含めて説明しなければ、いざという時、行動に遅れが出てしまうかもしれません。それに彼ならば教えたとしても、いたずらに吹聴することも狼狽えることもしないはずです」


 珍しく粘りを見せる叶慧に、雪菜はほんの僅かに驚いた表情を浮かべた。

 けれどすぐに厳しい顔に戻ると、自分の孫に対して、刺すような言葉を投げる。


「これは当家のことだけでなく、新條家にも関わる話です。もし迂闊に漏らせば、両家に多大な迷惑がかかることを理解した上で、言っているのですか?」


 探るような鋭い視線を正面から受け止めて、叶慧は力強く頷いた。


 今度こそ、雪菜の目が見開かれる。


 こんな顔を見るのはいつ以来だろうかと、場違いな感慨が叶慧の胸に湧きあがった。



「………よろしい。貴女がそれほどまでに信の置ける人物だと言うのなら、好きにしなさい。ただし何かあった時の責は、勿論貴女も負うのですよ。分かっているでしょうが、私は一切庇いだてをしません。それだけ肝に銘じておきなさい」



 雪菜が重々しく言葉を吐くと、叶慧は頭を下げ、そのまま退出した


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