21.距離
「……とまあ、以上がこれまでの付き人の話だ」
そう締めくくり、桂太を見る。何と言っていいか分からない、そんな表情をしていた。
平素は穏やかな顔が痛ましげに歪み、二つの瞳が哀しげに叶慧を見る。
ああ、やっぱり、こんな顔をさせてしまった。
君が傷つく必要など、どこにもないのに。
叶慧は固くなった頬を僅かに上げて、不自然な笑みをたたえた。
そんな顔をしなくていい。
そうは思ったけれど、そのまま言ってしまうと尚のこと、彼は途方にくれるような色を浮かべる気がして。
だから、申し訳なさと、僅かな気まずさを内に秘めたまま、叶慧は口を開いた。
「一生忘れられない出来事だったが、あれ以降色々と腹が据わったのも確かでな。目的のために一人で立ち回る術も覚えたし、次代先見役に就く覚悟も決まった」
あの一件があってから、どこまでいこうと自分は結局、御澄の人間以外の何者でもなくて、それ以外の存在になれもしないだろうと、叶慧は思い知った。
だからといって。
人一人の命を、一考の予知もなく切り捨てるような家に居座るのを、甘んじて受け入れ続けるのとは話が別だ。
義務と立場という名の下に、他を顧みぬ人間になるつもりも、諦めるつもりも毛頭ない。
御澄の掟がそれを許さないというのなら、いつか誰も口が出せないほどの権を手に入れ、死ぬまで打開策を探してみせる。
それまでは、従順に立ち回りながら。
そう、決意したのだ。
叶慧はふと、横に座る桂太に目を向ける。
「君はなぜか、私に親身に仕えようとしてくれる。寄り添おうとしてくれる。その心根はありがたいが、私にはそれが怖くてたまらない」
叶慧は眉を下げて笑う。
桂太が息を呑む気配が、ありありと伝わってきた。
何か言いたげに口を開くが、叶慧は目を伏せる。
(こわい、だなんて)
――こんな弱音を吐くのは、御澄家の人間としては失格かもしれない。
けれど、ここは御澄家では――祖母が治める城ではない。
ならば今だけはただの御澄叶慧として、本音を吐露するのも許されていいはずだ。
決心し、天を仰ぐ。
どこまでもどこまでも蒼く澄み渡り、一点の陰りもない空だ。
背伸びをするように腕を持ち上げる。
あまりの透明度に、手を伸ばせばあの蒼い世界に、自分も溶け込めるような気がして。けれどすぐにそんなこと出来るはずもないと、自嘲と共に手を下ろす。
澄んだ空の下、そんな清々しさとは正反対の話をしてしまう自分に、少しの罪悪感と後ろめたさを、感じながらも。
きっとこの気持ちのいい空気が、天が、自分の陰気や不浄などきれいに拭い去ってくれるだろうと、励まされる気もしていた。
叶慧は、ほろりと崩れるように笑った。
「――だから、私のためにも君のためにも、これ以上互いに踏み込むのは止めにしないか。あの時からずっと、そう言いたかった」
言われることを覚悟していたのか、青年は苦渋の色を一層深めただけで、それ以外に反応は見せなかった。
「でも……でも、それだとお嬢はずっと一人のままじゃないですか」
桂太は必死に言い募る。
叶慧の中の何かを繋ぎ止めることに、引き留めることに一心な姿に、この上なく穏やかな声が降り注ぐ。
「それでいいんだ」
「……!」
叶慧が静かにそう言うと、青年は息を詰まらせた。
主の穏やかで揺るぎのない顔を見つめ、やがて視線を下げる。
「――それがお嬢の、本心ですか? 貴女が、心から望むことですか?」
「…………そうだよ」
叶慧が頷くのを見ると、桂太はぎゅっと唇を噛みしめた。
顔をしかめ、俯くその表情は、悔しそうにも、悲しそうにも見える。
「……お嬢が、そう仰るのでしたら」
しばしの後、感情を押し殺した声で、桂太はそう吐き出した。
「明槻、ありがとう」
安堵するような主人の声に、青年は言葉を返すことができなかった。




