No.62 珍獣=お花の姫様~優しく愛しい人
<サンエーリside>
庭に案内されている間、私が考えていた事はティアの事。
ティアが断りなく外出したと聞いて、一瞬頭が真っ白になった。
先日の脳筋騎士が暴走して、ティアを殴ったり罵倒したり。
ケガまでさしてしまった。
嫌になって里帰りか、旅に出たっておかしくない。
現に母上には、逃げられる確率八十%と言われてしまっている。
焦っていた私に、ベルーナは申し訳なさげに膝を折り頭を下げた。
「きっと妹はティア様に構って頂きたく、単身で乗り込んで来たのかと……ティア様の優しさに甘えたのでしょう。どの様な処分でも、受ける覚悟は出来てます」
神妙な面持ちのベルーナに、報告に来ていたハーツ殿はケラケラと笑いだす。
私達が首を傾げるなか、ハーツ殿は゛考えてみて~゛と前置きして言葉を続ける。
「送って行くって決めたのはティーちゃんで、サンちゃん達に心配かけるって分かってて行ったのよ?それって、ティーちゃんの意志って事よ~説教も覚悟のうち。それに、説教はしてもいいけど全否定したらティーちゃんの人格は?自由は?意志は?束縛と心配は別ものよ~」
ハーツ殿はよく分かっている。
ここでベルーナに罰を与えることは、自発的に動いたティアの優しさを否定することになる。
私達はそのままのお人好しで、優し過ぎるティアに惚れたんだから。
惚れた弱味だけど、ティアの優しさや在りかたを否定したくない。
大切な私達のお姫様だから、そのまま変わらないでいて欲しい。
心配したことについては、ちゃんと話をすればいい。
ティアの手を握りながら、新たに考え直す。
歩いて三、四分。
真っ赤な薔薇の綺麗な庭に案内された。
赤を中心にピンク、黄色、紫の薔薇が迎えてくれる。
「ここが、妻の庭にございます。ここの薔薇は、セレーネ産が多くございます。気分もほぐれるでしょう。まず、お席の用意が出来ていますので」
「ありがとうございます。えーと……ベルーナさんのお父様ですよね?」
ペコリと頭を下げたティアに、シークは神妙な面持ちでティアの目の前に膝を折り、胸に手を当てて深々と頭を下げる。
横にはベルーナも一緒の動作で、深々と頭を下げる。
「この度は、うちの娘が申し訳ありません。身勝手な振る舞い、我が儘な行動。なんと言われても言い訳は出来ません!」
「ティア様の思うままの罰を。とおに覚悟は出来ています。厚かましいお願いですが……罰は僕だけでご勘弁して頂ければ」
「何を言う!キートス家は、私が当主であり責任者。罰を受けるのは私が妥当だろう」
「当主であるからこそ、父上は自身を大切にして欲しいのです!」
「私の忠誠は陛下へ。しかし、愛情の全てはルルーやベルーナ。シャンに渡したいんだ」
「素敵な家族ですね。なんだか、幸せのお裾分けをもらえた気分です」
フフッと微笑んで二人を見ていたティアは、私の手を離れると膝を折っている二人の前にティアも膝をつく。
そしてベルーナに視線を合わせる。
「ねぇ、ベルーナさんは…すっごくご家族に愛されているんですよ。ベルーナさんは、必要な人なんです」
「僕は必要とされていたのに、気がつかなかったんですね…」
ポソッとこぼしたベルーナの言葉は、安堵が混ざっていた気がした。
ベルーナの呟きを拾って、難しい顔をしたのがシーク。
「ベルーナのお父様、言わないと伝わらない事があるんですよ?誤解したりすれ違ったり。愛は一番尊くて、一番厄介なんですから」
「そうですな……愛を伝えるのは難しいもの。私の愛が息子に伝わっておらんとは……ベルーナ、寂しい思いをさせてすまなかったな」
「父上……そんな。僕は父上の息子でいられる事を、今も昔も誇りに思います」
「私もベルーナやルルーが、自慢の子供だと思っている。して、ディアティア様。厳罰も子供達のためなら、私が被る覚悟も出来ております」
また頭を深く下げるシークに、ティアは少し考える素振りを見せてベルーナを見て私を見る。
「サンエーリ様、リーフ様。私が罰を決めてもいい?まずいかな?」
「いいんじゃねーか?被害者はティアだしな?」
「そうだね。ティアに任せるよ」
リーフの言葉に、ティアの目が光った気がした。
私は考えるまでもなく、ティアに頷いて賛同する。
二人の目の前に膝をついたまま、ティアはにっこり微笑む。
「では、ベルーナさん。三日に一回は自宅に帰宅して、家族と対話する事。シークさんは、ベルーナさんが根をあげるまで愛情と言葉を伝えて下さい」
「ディアティア様……それが私達の罰だと?」
「はい、家族は一緒が素敵なんです。幸福は数倍に、悲しみは半分以下に出来るのが家族なんですよ?それに、ベルーナさんはお父様にソックリなんですね」
シークは顔をくしゃっとして、頭を深々と下げる。
ベルーナも同じく頭を深々と下げると、近くにいたティアの手を握る。
あれ?なんだか嫌な予感がするけど……。
止める間もなく、ティアの手首にベルーナがキスをする。
手首のキスは欲情。
「出会ってまだ日も浅いです。でも、いとも簡単に僕の数十年の悩みを解決してくれて……真っ直ぐに物事を考える強さ、包み込む優しさ。ティア様の全てに魅了され、恋い焦がれる。僕をティア様、貴女のモノにしてください」
「おぉ、やっとベルーナ。お前のお姫様が見つかったんだな」
感動の展開を広げている二人に、私とリーフは慌てる。
まさかこんなに早くベルーナが動くなんて……想像すらしてなかった。
ちょっと強引にティアを立たせると、私とリーフはティアを抱き締める。
「ベルーナ、他で探せばいい。ティアは私とリーフのものだよ」
「五人までは、合法ですよ?ティア様は僕ではどうしても嫌ですか?」
「えっ……あの…」
ポッとティアの頬が染まる。
口ごもりながらも、ティアなりに一生懸命言葉を探しているのが分かる。
「ティア様の心が欲しいです。今まで僕の心を動かしたのは、ティア様……貴女だけなんです。返事は今すぐでなくてもいいです。僕の心はもうティア様にだけに。僕は待つのも、忍耐力もあるんですよ?」
パチッとティアにウィンクしたベルーナに、私とリーフはため息を吐き出す。
ティアはピシッと固まって、ベルーナを見つめてる。
「俺をこんなにヤキモキさせるのは、ティア。俺の可愛いお姫様だけだぜ?」
「そうだね…ティアの魅力に気がつくのは、私達だけでいいのにね。ベルーナは厄介な…」
私とリーフの呟やきは、熱烈なベルーナの言葉の前ではティアには、届いていないらしい。
今も耳や首まで赤く色を染めて、視線を泳がせ始めている。
いっぱいいっぱい。
そんな言葉がピッタリなティアの体を、私とリーフはギュッと抱き締めた。
私達の前からいなくならない事を願って。
シークは一連の流れを見て、何故かやたらと嬉しそうだった。
一瞬、嫌な予感が過った気がしたけど……本当に一瞬で意味が分からなかった。
この嫌な予感が分かるのは、数日後だった。