No.54 出発と初めまして
夜会が終わってから二日間。
シリーさんは、ずっとセレーネにいた。
七割は父様に絡み、三割は私に絡んできていた。
その度に、サンエーリ様が飛んできては、引っ張って行った。
そして、婚約者としてエメラル国に旅たつ日。
荷物は先に送ってしまった……シリーさんが。
かなり張り切って。
「よし、出発~♪」
ご機嫌なシリーさんの頭を、スパーンと叩いたのは父様。
綺麗な顔は、最高潮に不機嫌に歪んでいる。
「父上、少し空気読んで下さい。口閉じてないと、母上に来てからの全てを報告しますよ?」
「うん、黙る。俺は空気の読める大人だから!」
「大人は大人って言わないけどな?シリーがいると思うと、不安倍増だ……頼むからティアに迷惑をかけるなよ」
「シリー様。不安製造機、って呼ばれないように気をつけて下さいね!」
厳しい顔のサンエーリ様とキラキラ笑顔で追い討ちをかけるのは、目が笑ってない父様とお兄様。
かなり辛辣であるります。
ぐっ、と詰まるシリーさん。
「何時でも帰っておいで。ここは、ティアの故郷なんだから」
傍に来てギューと抱き締めてくれたお兄様に、私は小さく笑うと頷く。
いつも味方になってくれた、優しいお兄様。
「はい……お兄様、大好きです」
「僕も大好きだよ。ティアは僕の宝物なのは、変わらないからね?」
「はい」
嬉しくて笑顔がこぼれると、パッとお兄様が放したら……次は父様が、優雅な笑顔で私を抱き締める。
父様の香りに包まれたのは、何年ぶりだろう……爽やかなムスクが鼻をくすぐる。
「私の愛しい白魔女ちゃんに、これから幸福で溢れていますように…何時でも帰っておいで。ティアは、私の自慢の娘なんだから」
父様の言葉が切ない。
昨日の早朝に王妃と妹の身柄は、それぞれの修道院へと、父様の信頼する騎士達が送って行った。
残る父様の家族は、お兄様と私だけ。
「父様は体を大切にして下さいね?私はずっと、父様の手の掛かる娘なんですから!」
父様の胸に頬を寄せて、私は小さく笑う。
今まで父様とお兄様がいてくれたから、私は私を見失わないでいられた。
先生が亡くなった時も、悲しみを分かち合う事が出来た。
周囲になんと言われても、父様もお兄様も私の手を離さなかった。
それが嬉しくもあり、ちょっとの負い目も感じていたりして。
でも嬉しいが勝ってしまうのは、甘えなのかもしれない。
「行ってらっしゃい、私の愛しい子」
「行ってきます、私の最高の父様」
ふわっと放されて、額に少し冷たい唇が掠める。
父様はしてやったり顔で、私は顔に熱が上がるのが分かった。
父様に額にキスされたのは、本当に幼い頃に安眠のおまじないだった。
私の大切な思い出。
ハーツ達は知らないはず。
なのに、ハーツ達は微笑ましそうにしているだけ。
額にキスは、家族なら当たり前なのかもしれない。
元日本人には、やっぱり慣れないスキンシップスキルだよね。
「サンエーリ殿、リーフ殿。ティアをよろしくお願いします」
父様はサンエーリ様とリーフ様に、頭を下げる。
王から父に変わった瞬間を、初めて間近で見た気がした。
嬉しくて心がホカホカする。
不思議な気持ち。
「はい。私達はティアと一緒に、幸せになりますから」
「大丈夫です。ティアは、愛されるべき人間ですから」
「……ありがとう」
力強く頷く二人に、父様は小さく呟くと綺麗に微笑んだ。
「さぁ、行こうか?フェリオス。お前の可愛いお姫様は、俺達が全力で大切にするから安心しな」
「当たり前だ。大切な娘なんだからな!」
「分かってるって!ほんじゃ、本当に行くぞ~?じゃ、また来るな~♪」
シリーさんの号令で、サンエーリ様とリーフ様、私の足下に魔方陣が浮かぶ。
複数の人間を転移させる時、魔方陣を使う方が楽らしい。
らしい、とは……今回の魔法は、シリーさんが発動させているから。
手を振るお兄様と父様が、一瞬ブレたと思ったら…次の瞬間違う風景だ。
傍にはお別れを邪魔しないように黙っていた、ハーツやユーリ、ジェニーにハルク。
サンエーリ様とリーフ様は視線が合うと、今まで以上の微笑みをくれる。
「ようこそ、エメラル国へ。私はティアを婚約者として迎えられて、最高に幸せだよ」
「改めてよろしくな。ずっと仲良く暮らしていこうぜ?」
手を差し出す二人に、私は手を乗せて頬笑む。
これからは、この温かい手も大切なんだ。
改めて実感した嬉しいような、恥ずかしいような感覚。
「はい、末長くよろしくお願いします」
サンエーリ様やリーフ様ほど威力はないけど、平凡な私の精一杯の笑顔。
その笑顔に、何となく安堵の色が見えるのは…気のせい?
私が首を傾げていると、不意に背後から気配を感じて振り返る。
「あら…やっと、やっと、旦那様のお帰りでしたのね。長い長い長い休暇の分は、キリキリ働いて頂きますわよ?」
水色のシンプルなドレスに、シンプルな水色の石のネックレスをした優美な美人さんが、シリーさんをニコニコ見ている。
優しげな雰囲気なはずなのに、トゲトゲしく感じるのは目が笑ってないから。
シリーさんはサッと私達を盾にすると、ハハハッと乾いた笑いをする。
「奥さん、魔法樹が満開に咲いたのは…兄上のお姫様の魔力だったんだ!そんな
お姫様が、サンとリーフの婚約者だったなんて、奇跡だよね、素敵だよね!」
シリーさんの色彩の青色系に対して、優美な美人さんは淡い金髪に海の青みたいな優しい色合い。
サンエーリ様は、きっと顔立ちは美人さんに似たんだ。
そんな美人さんと、バシッと視線が合ってしまう。
「まぁ~まぁ、なんて愛らしいのかしら!銀色と金色のコラボレーションなんて…フェリオス王のお姫様なのよね?」
後半の自信の無さは、きっと顔立ちが似てないからだよね。
グンッと温度が下がった気がした。
背後から表情は動かさず冷気を漂わせる、ユーリとジェニー。
あちゃーと、額に手を当てているのがハーツ。
ハルクは……ニヤニヤと静観しているのか、美人さんとシリーさんを交互に見ている。
うん、マジでカオス。
どう言えば、ユーリとジェニーの冷気が収まるのか……。
どう言っても、納得しない気がするし。
無難に挨拶しておこう!
「えぇ、私はセレーネ王国の第一王女のディアティアです。これから」
「可愛い!可愛いわ♪私はマリーン・エメラル。一応、王妃しているのだけど……癒し成分がカリーナだけだと、本当に足りてなくて!だって、男ばかりでむさっ苦しいじゃない!」
ギューッと私を抱き締めると、そう言って苦情を言い募る。
私は何も言えずにいる、物理的に!
背骨と肺がもってイかれそうで。
誰か止めてくれないかな、マジで!!
「母上、少し力を加減して下さい!ティアが圧死してしまいますから!」
「あら、嫌だ…フフフッ、嬉しくてつい。ごめんなさいね?だって、手紙は届いていたけど急だったし。なにより、サンとリーフが惚れただなんて、本当に天地がひっくり返ったと思ったのよ?」
「酷いな~マリーン様。俺とサンだって、普通の男ですよ?」
「あらあら、そうだったかしら?前なんて、女の子をゴミを見る目をしてたわよ?」
助かった背骨と肺に安堵するものの、入ってくる情報に゛?゛を浮かべる。
最初から割りと爆笑されたり、スキンシップ過多だった気がするんだけど。
見るも冷たい目をしていたのは、ローズニアが私を頬をビンタした時だけ。
他は街でも、意外と気安い雰囲気で和やかだった気がする。
不思議に思いながら、マリーンさんの腕の中で首を傾げた。
*************
<サンエーリside>
母の腕の中で首を傾げているティアを見て、自分の段取りの悪さを呪う。
最初から母に、口止めをしとけば良かった。
ティアから嫌われる要素は、本気で潰しときたかったのに!
「母上、私が婚約者に嫌われたらどうするのですか……」
「凹むサンは見たいけれど、可愛いお姫様を逃がすのは嫌だわ!そうね、この話はまたにしましょうね。さぁ、私の部屋でお話ししましょう♪」
「え、あ、はい?」
「筆頭さん達は、心配でしょうから…一人同伴。後は、荷ほどきでどうかしら?」
母上はハーツ達を見て、訊ねるけど四人の視線はティアに向けられる。
あくまでも、主はティアだと無言の主張する辺り、本当に彼等の中に信頼関係が出来ているんだろうな、とちょっと羨ましく思う。
「じゃ、ハーツは一緒に。ユーリとジェニーは荷物お願い。ハルクは特技に期待しているよ」
「分かりました。部屋の方は僕達に任せて下さい」
「任せたよ。無理しない程度に頑張って」
サッと頭を下げるユーリ・ジェニー・ハルク。
ハーツは通常運行。
その様子を見て、驚いた顔するのは母上。
感心したような表情だ。
「素晴らしく教育が出来ているのね~?臣下がちゃんと、主の貴女を見ているのだもの。すごい事よ?」
母上の言葉に、ティアは笑いながら左右に首を振る。
可愛らしい笑顔で、改めて説明する。
「優秀なのは、筆頭達なんですよ。私は彼等を信じてるだけなんです。臣下と言うよりは、背中を預けられる大切な親友ですよ」
「フフフッ、素敵な関係ね!臣下を親友に出来るなんて、すごく幸せな環境だわ。筆頭の皆さんも、私と仲良くしてね♪」
「はい」
乱れなく一礼する筆頭達は、笑顔を浮かべている。
ティアはそれを嬉しそうに見ている。
「さて、立ち話もなんだし部屋に行こう!俺の部屋で良いよね♪その後、父様が色々と案内しちゃうよ!」
「旦那様は、今からお仕事の時間ですのよ?ノルにばなり仕事をさせるなんて、酷いんじゃありませんか?」
「ノルは優秀だから、心配は要らないんじゃないかな……それより、可愛い娘をおもてなししなきゃ!」
口に手を当てて上品に笑う母上に、父上が視線を反らしてもごもご反論する。
あくまでもごもごと呟く。
「旦・那・様?」
「うっ、……ワカリマシタ。だから奥さん、その視線やめて下さい!」
「フフッ、理解力のある旦那様で良かった♪さぁ、私の部屋に行きましょう?色々と聞きたいわ~」
「ティア、父様を忘れないでね?俺は仕事頑張ってくるから……」
目力で黙らせた母上は、やっぱり父上の操作に慣れている。
仕事は必要以上に出来るのに、自由人でフラッと出掛けて、臣下達が血眼になって探している中で……気がついたら執務室にいた。
なんて、日常茶飯事な父上。
今では数時間放置で様子を見る。
その後、母上に報告が行くようになっている。
そんな父上も、帰宅したばかりの今日は静かなはず。
「旦那様。いつも以上に励めば……可愛い娘ちゃんと、夕食が楽しめますわよ?ねぇ、ディアティアちゃん」
「えーと……はい。お仕事頑張ってください?」
母上の呼びかけに、ティアは小さな笑顔を見せる。
応援までされた父上は、へらっとした笑顔のティアの手をかっさらう。
「うん、頑張るから!やっぱり、家族が増えるのは嬉しいね♪じゃ、ティアはゆっくりしてて。俺は倍速で、仕事片付けてくるから」
「父上っ!彼女は俺達の婚約者ですから、おさわり禁止です!」
「陛下。ここ二日間、エロ親父に見えて仕方ないです」
手を奪い返しながら父上を睨めば、ニヤニヤした顔で見返される。
腹立つぐらいに、いい表情だし。
「焼きもちか!奥さん、息子達が俺に嫉妬してるぞ!」
「はいはい。旦那様はお仕事頑張らないと、ディアティアちゃんに嫌われるわよ?誰だって、お仕事出来る人の方が素敵に見えるものね?」
「そ、そうですね!お仕事に向き合う人は、素敵だと思います」
「うん、頑張る!そしたら、父様って呼んでね。じゃ、行ってきます!」
「フフッ、旦那様行ってらっしゃいませ」
ティアの頭をサラッと撫でて、父上は自分の執務室へと向かった。
撫でられたティアは、ちょっと頬を染めて私達を見てふわっと笑う。
ディルやフェリオス王とのスキンシップも、頬を染めていた。
ティアは思いの外、照れ屋なのかもしれない。
染まった頬をつっつくと、ティアは困った様に更に頬が赤くする。
可愛くて頬が緩む。
「あら、私も仲間に入れて欲しいわ~♪ディアティアちゃんを、愛でるんでしょ?でも、その前に……場所を移動しましょう?」
「温室とかどうでしょう?ティアは植物が好きだし、どうせなら…魔法樹も見せてあげたいので」
「満開の魔法樹なんて、俺達も初だもんな?この国で、一番綺麗なんだぜ」
数百年ぶりに満開になった魔法樹。
歴史書では見たことあったけど、リアルな花は初だ。
母上はもう見たみたいで、大きく頷いている。
「それじゃあ、魔法樹が見える温室へ行きましょう。セレーネほどじゃないけど、綺麗な花はあるのよ?」
「花も木も大好きなんで、楽しみです!」
「私もよ。華やかな花より、小さな素朴な花が好きだわ。きっとサンもリーフも同じよね?」
「そうなんですか?私は華やかな花にも、憧れますけど……似合うかは別にして」
「ディアティアちゃんは、今のままでいいのよ。サンもリーフも、今のディアティアちゃんを愛しているんですもの!」
クスクス笑う母上に、私はリーフと視線を合わせて苦笑する。
母上には敵わない。
私達は今のティアから、変わって欲しいとは思っていない。
むしろ変わらないでいて欲しいと思ってしまっている。
きっと一目惚れだったんだと思う。
他者に優しく、ちょっとお人好し。
真っ直ぐに人を見るたくましさと、大切な人は失うと怯える弱さ。
可憐な野花のような彼女に、今では真底惚れている。
私達に初めての気持ちをくれたのは……たくましくもちょっと臆病な、二つ年下の白魔女さんだった。
離せない愛しい彼女。
不思議な出逢いは、きっと運命だったんだと実感する。
「さぁ、サン・リーフ。ティアのエスコートしてあげなきゃ。行きますわよ」
母上は温室へ足を向ける。
私とリーフは、当たり前に手を差し出す。
一回り小さな手を待ちながら、くすぐったい感覚を新鮮に思う。
ティアが側にいてくれる、優しく温かな時間が愛しい。
「お手をどうぞ。私達のお姫さま?」
「あ、ありがと。なんか……ちょっと照れちゃうね」
「照れてるティアも可愛いな。ティアをエスコートするのは、これからは俺とサンの役目だからな」
私達の独占欲にも、ティアは小さく笑うだけ。
受け入れられているんだと思えば、不思議と安堵する。
国に着いた時の、ほんの少しの緊張は忘れない。
また暗い表情をしたら……どんな風に慰めたらいいのか、今の私には全くわならないから。
理由を聞いた所で、きっとティアは優しい嘘をつく気がする。
もう少し我が儘になって。
ほんのちょっとだけ、心の中を見せて。
私達にティアの全てを、愛させて。
ティアの手を握りながら、そう思わずにはいられなかった。




