No.52 罪と初ダンス
「静粛に!」
パンパンッと手を叩いたのは、静閑していた父様。
瞳には凪いでいながらも、王としての大きな覚悟が見て分かってしまう。
私は父様が泣いている様に見えて……切なくなる。
「ローズニア、そして……リリース。お前達が今まで、ティアにしてきた仕打ち。他国の王子達を巻き込んでまでしてきた、事件の数々。見逃すには、色々と酷すぎた」
ヒュッと息を詰まらせるローズニアは、自分が断罪されるなんて思ってもみなかったらしい。
「陛下、ワタクシは何もしていませんわ。証拠はあるのかしら?珍獣に珍獣と言った所で、罪にはならないでしょ?」
面倒そうに椅子に腰掛けているリリース王妃は、紅をひいた唇に優雅に笑みをのせる。
まったく反省のない姿に、お兄様は睨むようにリリース王妃を見ている。
その瞳には、呆れ・怒りなどが渦巻いている気がするけど。
でも、それも瞬き一つで表情が、ガラッと変わる。
黒い笑顔をそのままに、軽く手を一振りするとネイルさんがあの箱を持参する。
「では、リリース王妃。この腕輪を装着して、同じ事を言ってください。あぁ、安心してくださいね?我が国の賢者様が、この日のためだけに製作した一級品ですから」
「はめるだけでよろしくて?」
「嘘を吐くと、身体中に赤黒い発疹が出て、見られる姿ではなくなりますから~。いや、命を取られないだけ良心的ですね~さぁ、サクッと装着して宣言してくだいませ」
パンパンと楽しそうに手を叩くお兄様に、顔色がみるみるうちに青白くなっていくリリース王妃と、威勢をなくしたローズニア。
偽りの腕輪の違うバージョンを、いつの間に用意したのか。
チラッとハーツに視線を向けると、ものすごいイイ笑顔でヒラヒラ手を振っている。
「嘘を吐かなきゃ、魔法は発動しませんよ?ささっと茶番終らせて、私はティアと親睦を深めたいのですが」
「そもそもが、婚約披露の席だしな。さぁ、思いきって終らせて下さい。サクサク行きましょう?」
サンエーリ様とリーフ様の追い打ちの言葉に、青白い顔のリリース王妃は今にも倒れそうだ。
それでも、最後の意地とばかりに立ち上がった。
その足はフラフラおぼつかなく、お兄様の前まで来て…方向をグッと変えて駆け足で私の前まで来かと思うと、すかさず首を締め上げる。
あまりの素早さと、激情を振りまく雰囲気に、周囲は一瞬固まる。
私もあまりの空気に、避けるのも忘れてしまう。
「お前さえいなければ!!なんでお前なの?愛されるべきは、私に瓜二つのローズニアじゃなはずよ!ローズニア、貴女に期待していたのに…役立たず!」
「お、お母様……私は役立たず、ですか?」
「全てはローズニア、貴女のためだったのに!王子は取られるわ、積み上げたモノを壊されるわ!情けなくて涙も出ないわ!何より許せないのは…お前よ、珍獣!」
サンエーリ様とリーフ様、お兄様の三人で、リリース王妃を引き剥がそうとするも、火事場の馬鹿力に手間取ってるみたい。
リリース王妃の瞳は、ギラギラして優雅さの欠片もない。軽くドン引きしちゃう。
気が遠くなりかける中で、何となく冷静に考えている自分がいた。
「道連れにしてあげる!珍獣のお前が幸せになるなんて…許せないわ!さぁ、死になさい…ふふふ、苦しいでしょ?」
恍惚とした表情のリリース王妃が視界から消えて、急に空気が入り込んできてむせる。
力加減なんて考えない、書いて字のごとく引き剥がされたリリース王妃は、まだ私を睨み付けている。
殺意のこもった視線で。
「ゲホゲホッ……」
「お前だけは殺す!!どきなさい、ワタクシの邪魔をして、不敬になっても良いと言うの?!」
騒ぎ立てるリリース王妃を、フェリオス王の近衛に押し付けたらしいサンエーリ様とリーフ様が、心配そうに背中を撫でてくれる。
多分だけど首に、くっきりと赤い手の痕が残っていると思う。
むむ、また心配をかけてしまいましたな。
「大丈夫、じゃないよね。ごめんね、すぐに動けなくて」
「数日はとれないな……ボサッとしていたなんて、婚約者失格だな。ごめんな?」
「ゲホッ……大丈夫。ちょっとズキズキするけど、死ぬほどじゃないから」
「後で治療しようね?ティアの肌に痕をつけていいのは、私達だけだからね」
へらっと笑う私に、苦笑を浮かべるサンエーリ様とリーフ様。
心配をかけてしまうのは、申し訳ないけど……ちょっとだけ、心配してもらえて嬉しく思ってしまうのは許してね。
背中を撫でてくれる手は、優しくて場違いにもほっこりしてしまう。
その間にも、父様とリリース王妃の会話は続いている。
「リリース、君には愛以外は全て与えたつもりだよ?もし、君がちゃんとした母親になってくれていたら……愛情じゃないにしても、家族愛位はもてたかもしれない」
「ワタクシは……女として愛して欲しかったのです!政略結婚だって、愛し合えると思ったのに!でも、陛下はワタクシには心を開いて下さらなかった……それなのに、珍獣には笑顔をお見せになって!」
髪を振り乱しながら叫ぶリリース王妃は、興奮で息を乱しつつも言葉を止めない。
さながら般若に見えるのは、全てをかなぐり捨ててでも父様に見て欲しかった女心かと思うと、少しだけ切ない。
「ワタクシに似た、ローズニアにも見せて下さらないのに!珍獣には慈愛のこもった瞳でみるのですもの……憎くなるのは、仕方ないですわ!」
「それだけのために、今までティアを傷つけてきたのかい?リリース、君は何も知らない。ティアが今まで何を、私にもたらしてくれたかを……君は何をしていた?」
静かな父様の声に、リリース王妃は自信を滲ませて宣言する。
待ってましたとばかりに、声を張り上げる。
「三人の子を産みましたわ!王太子だって、ちゃんと育てあげましたわ!」
「貴女に育てられた覚えはないな。もちろん、ティアもね。僕の親は、父上だけで充分です。ローズニアだけを可愛がり、あまつさえティアを孤立させた貴女は、母親どころか人間として間違ってるし、嫌いです」
お兄様の視線は、氷点下のブリザードが吹き荒れている。
今までの鬱憤を、晴らしてしまっているようです。
「もう、どんなに言葉を重ねても修繕不可なのは、もうお分かりでしょう。リリース王妃・ローズニア、仮にも僕の母と妹なら最後ぐらい醜態をさらさずに、静かに受け入れてください」
「イヤですわ!ワタクシは、フェリオス陛下のただ一人の王妃ですわ!ディル、貴方の母も私一人ですわ!」
「リリース、離縁を申し渡す。最期は北の修道院で十五年間の反省を胸に刻んで、神に仕えなさい。ローズニアは、東の修道院に。他国の王族から指輪を奪ったのに、修道院で済んで感謝されていいくらいだ」
北の修道院は、規律も厳しく親族でも手紙のやり取りも出来ない。
東の修道院は、規律こそ厳しくとも手紙のやり取り、少しの外出程度なら許される。
どちらの修道院も、元貴族や未亡人が多い所だ。
ただ、身分は剥奪されてるから゛元貴族゛と揶揄されていると、聞いた事がある。
質素倹約の世界は、贅沢三昧の二人にはかなり厳しいかも。
「嫌ですわ!貴方の正妃は、ワタクシただ一人ですわ!愛しているんです……貴方だけを!」
まだ諦めていないリリース王妃に、お兄様は呆れた目で鼻笑いする。
やっぱり、お兄様の周りはブリザードが吹き荒れていますね。
王妃(母)嫌いを拗らせている気がします。
「その割りには、父上の子供であるティアへの態度は随分だったけどね?まぁ、貴女に構い倒されて、頭が弱くて中身の薄い浅はかな人間になるよりは、今の方がティアは幸せかもしれないけどね?文句なしの婚約者も出来たし♪」
「お兄様まで……なんで?どうして、珍獣ばかりが幸せになるの!?こんなの嘘よっ!」
左右に髪を振り乱して頭を振るローズニアに、お兄様は真顔で向き合う。
月の化身と言われているお兄様と父様は、真顔と含みのある笑顔の威力半端ないです。
「それだけティアが、国にも父上や僕等の助けをかって出て、危険な任務も愚痴一つ言わずに完遂してきたから。薬師も魔法だって練習を重ねて……その他に剣術・体術も、毎日鍛練を重ねてきたんだ。全ては、国を助けるために、だよ?」
いやいや、お兄様。
私は国みたいな大きな事は、頭になかったよ?
多忙な父様やお兄様の手伝いが、少しでもしたかったから。
そうする事で、私の存在が許される気がしていたから。
中身が三十路の転生者の私でも。
小さな小さな見栄と意地、不安解消のための行動で不純な事この上ない。
私が出来る事をしてただけ。
完璧な自己満足だったけど……お兄様の言葉を聞いて少し安心しちゃった。
「お父様っ!考え直して下さい!そうですわ、今日から私が色々とお手伝いさせてもらいますわ!」
「ローズニア、君に何が出来る?負傷した騎士の治療?魔物退治?腐敗した貴族の証拠集め?勉強すらおろそかにしてきた君には、何も出来ないし足手まといだ」
最終通告だ。
ローズニアは、唇を噛んで俯くと黙ってしまう。
ローズニアには、なすすべなし。
だって、どれも意欲的に勉強してこなかったローズニアには、どだい無理な話だ。
まぁ、私の場合節操なしに色々と本を読み漁ったり、好奇心で魔法の製作なんかすしたりしてたから。
身体能力も魔力も人よりはあるしで、父様の無茶ぶりにも、ある程度は楽にこなせる。
それが出来るのは、五歳から頑張って積み上げてきたモノ。
先生に恥じない生徒でいたかったから。
半ば意地と勢いだった気がする。
父様は厳しい視線の中に、後悔が見え隠れしている。
「監視付の牢へ。二人は別々の個室にいれといてくれ。後程、私が詳しい話も言い訳も聞いてやろう」
父様は痛ましげな表情を浮かべたあと、目を閉じ直ぐに厳しい表情で、近衛の騎士に合図を送る。
手を拘束される二人に、なんとも言えない後味の悪さを感じてしまう。
「牢へ。そして、皆の者よ……不快な思いをさせた事を謝罪させてくれ。ただし、これを期に腐敗したモノは切り捨てる事を宣言する」
「まぁ、真面目に暮らしている人間は関係ない話しですよね~?さぁ、気分を変えて僕の最愛の妹と僕の親友達の新たな門出を、一緒に祝ってやって下さい!」
パンッとお兄様が手を叩くと、緩やかな音楽が流れ始める。
父様の宣言に、慌てて帰路に着く者。
そのまま夜会を楽しむ者。
腹の探り合いに勤しむ者。
拘束されて放心状態のまま去る二人の背中。
多種多様な様子に、移動して少し高い位置から見ていた私は、溜め息を吐き出す。
最後に少しでも、父様の役に立ちたかったな。
それが、私の我が儘だったとしても。
「我々の婚約者殿、少しだけ私達に時間をくれないだろうか?」
改まって言うサンエーリ様に、私はなんだろうと思いながらも了承する。
「憂いに満ちた顔より、笑顔が見たいと思うのは贅沢かな?」
茶目っ気たっぷりに言うリーフ様は、サッと私の手を取りエスコートする。
右手にサンエーリ様、左手にリーフ様。
両手に花状態の私は、イマイチ行動が読めなくて内心どうしよう、しか浮かばない。
そんな私の気も知らないで、お二人は会場の中央まで私を連れてくる。
中央はダンスを楽しんでいた人達が、サンエーリ様とリーフ様を見て、サァ~と人が引いていく。
え、マジで?!
こんな注目されて、珍獣の私にどうしろと?!
内心慌てふためく私の笑顔の仮面が、剥がれてない事を切に願う。
そんな私をよそに、サンエーリ様とリーフ様は私の前で膝を折る。
ちょっと、なんですか~?!
疑問しか浮かばない私に、お二人は笑顔で私の手をとる
「ディアティア姫、生涯かけて貴女を愛し幸せにします。そして、私達も貴女の手で幸せにしてください」
「ずっと側にいる。ティアを離せそうにない。だから、諦めて俺たちの腕の中にいてくれ。俺達の愛は重いからな」
ふっと笑うと、リーフ様は宝石が金色からのグラデーションに並ぶ指輪を左手の薬指にはめる。
綺麗過ぎる指輪に、ドキマギしていると……次ぎはサンエーリ様の番と、透明になったご自分の指輪を、同じく薬指にはめた途端。
パッと周りを眩ますほどの、凄まじい光が発生した。
光がキラキラした透明の花弁になり、ふわりふわりと煌めく。
前世で言うなら、桜に似ている気がする。
周囲の人間も、綺麗な光景に飲まれたように静かになる。
キラキラした煌めきに、吐息をもらす人が多数。
「これは……」
「……奇跡の花?」
サンエーリ様もリーフ様も、花弁を見つめながら小さく呟く。
小さ過ぎて聞こえなかった言葉を聞こうとして、聞き返そうとした時。
花弁の降る中で、魔力が動いた気がして視線を向けて驚いた。
「大きい魔力が動いて、奇跡の花が満開になったと思ったら……やっぱり、兄上のお姫様は面白いな~。こんな暖かい魔力なんて、兄上以来だよ?」
転移魔法で現れたのは、先日の再会した先生の弟君であり、現エメラル国の王様シリーさん。
優雅な足取りで近くに来ると、サラサラと頭を撫でてくれる。
その仕草が、先生に似ていてキュッと胸が苦しくなる。
私は誤魔化すように、シリーさんを見上げて質問する。
その間も、周囲は続いている幻想的な風景に見いっている。
「シリーさん、奇跡の花ってなんですか?この綺麗な花弁が、そうなんですか?」
「その話しは、この後に詳しく説明するね?ただ、ありがとうだけは今伝えとくよ。俺だけでなく、エメラル国の住人として」
「シリー、来るなら事前に連絡しろよ。して、用件は今すぐが好ましいか?」
「いや、時間ならある。俺だって休みたい!久びさに臨時休業!ノルレッテに、任せてきたから問題ない……はず?奇跡の花の調査が、最優先だったし?」
うん。シリーさんはお仕事をノルレッテ。さんに任せて、好奇心のおもむくままに、魔力を追いかけてきたみたい。
自由だな、エメラル国の王様。
「仕方のないヤツだ。しかし少し待て。ティアの婚約披露の夜会。踊らなければ格好がつかない。サンエーリ殿、リーフ殿。お願いしますね?」
「えぇ。ディアティア姫、私と一曲踊っていただけませんか?」
膝をついて懇願するサンエーリ様の手に手を重ねて、今だに騒然としている周囲を無視して頬笑む。
静まり返った会場で、私とサンエーリ様は無音の状態のまま、一礼して踊り出す。
示し合わせた訳じゃないけど、ワルツを踊り出す。
音楽がないし自由でいいよね?
「ティアはダンスも上手なんだね?」
「体を動かすのは、大好きですから。教えてくれたのは、先生ですけどね!」
呆けから覚めたのか、慌てたように音楽が奏でられる。
サンエーリ様は、音楽に合わせた動きを始める。
一瞬、黒い笑顔が見えたのは……気のせいだよね?
「これからは、必要に迫られない限りは、私とリーフ以外とは踊らなくていいからね?」
「そうなんですか!良かった……ダンスは好きなんだけど、好奇な目で見られてのダンスは…ちょっと遠慮したいですから」
クルッとターンして、サンエーリ様の腕に受けとめられる。
笑顔のサンエーリ様に、私は苦笑を浮かべて正直に答える。
エメラル国では、地味にをもっとうに生きたい。
「まぁ、確かに。私も昔からダンスは苦手だったけど……今はなかなか良いと思えるね」
「そうなんだ。良かった……」
ホッとしながら、流れる音楽にのってダンスを踊りきる。
サンエーリ様と向き合って、一礼していると横から大きな手が差し出される。
「花の姫、俺とも踊ってくれないか?」
お芝居みたいに、膝をついているリーフ様に手を重ねて頬笑む。
「私でよければ……って、なんか照れくさいですね?」
「まぁ、たまには良いもんだろ?お姫様になるのも」
「姫様って、柄じゃありませんよ?」
「それを決めるのは、俺とサンなんだぜ?」
悪戯っぽいリーフ様に翻弄されつつ、私は小さく笑みをこぼした。
幸せでくすぐったくて、幸せな気持ちになりながらもリーフ様に体を預ける。
「さぁ、楽しもうな?」
ニヤッと笑ったリーフ様に引き寄せられて、フワッと体が舞って驚きに包まれる。
序盤から何してくれてんですか!
それでも、楽しげなリーフ様につられて楽しいまま踊った。
久しぶりのダンスは、ちょっとの照れくささと驚きの中で無事終わった。
二曲も踊れば主役でも任務完了でいいはずだと思い、父様を見るとシリーさんとこっちを見て手招きしている。
私はリーフ様とサンエーリ様が頷くのを見て、一緒に父様のもとに向かう。
さっきの花弁の話が聞けるのか?
それがすごく大切で重要な事な気がして、気になる。
サンエーリ様とリーフ様に、エスコートされながらそんな事を考えていた。
気がつけば、エスコートされるのにもなれたな……なんて、チラッと頭に浮かんだのは現実逃避かもしれない。




