No.43 日常から一大事
ただいま、ソファーに土下座しています。
なぜか?
理由は簡単。魔力を使いすぎて寝落ちしたから。
起きたのは次の日。
おじじ様が運んでくれたらしいです。
目の前には、ユーリとハーツ。
一応、サンエーリ様とリーフ様は居るけど……二人の意見に賛成なのか、まったく助けてくれません。
のんびりティータイム中。
「言い訳なら聞きますけど?」
「んもう!無茶しちゃダメって約束は、いつ守ってもらえるのかしら?」
「ごめんなさい!でも、あの条件では私の魔力が一番適していたから……」
ゴニョゴニョと言い訳を言っても、ユーリとハーツからの視線は冷たい。
マジで事実なんだよ?!
それでも、二人の説教は相変わらず。
「゛極上の魔素゛でしょ?確かにティーちゃんの魔力が一番だわ。でも、寝落ちする前にナルサスの坊っちゃんに、魔力分けてもらえたでしょ?」
「ごもっとも」
「祖父がいたから良いものの、もう少し危機感持って下さい。ティア様の婚約者の方々の心配も考えてください」
「うぅぅ……了解デス。本当に申し訳ないです」
エンドレスなステレオ説教。
ジェニーをすがるように見ても、苦笑して助けてもらえない。
まぁ、ジェニーはハーツやユーリが説教している時は、毎回苦笑するだけだけどね。
参加はしないけど、止めもしない。
誰か助けて~!
頭を下げながら、心で叫んでみる。
毎回ながら主が誰か分からない状態だよね。
なんて遠い目をして数分。
「今回はこれくらいで、許して上げてくれないかな?」
「反省しているみたいだし。次は側で見張ればいいだけの話だしな~」
助け船のはずなのに、今後ガッツリ背後を固められた気がするのは……気のせいですよね?
うん、気のせいだと思おう!
ソファーで正座していた私は、フワッと浮いてサンエーリ様の膝に着席。
慌てて腰を浮かそうにも、強い腕の締めつけには敵わない。
「ティアは捕まえておかないと、すぐ何処かに行ってしまうからね?」
「捕まえてなくても、ちゃんと帰ってくるよ?」
至極当たり前の答えに、サンエーリは少し考えて私の頭を撫でる。
「私達の所にちゃんと戻ってくるんだよ?」
「そうだな。あまり戻りが遅かったら心配して、探し出すからな?」
やっぱり今回二人にも、ガッツリ心配させちゃったみたい。
リーフ様にいたっては、飼い主とペットみたいな発言になってるし。
私は犬か幼児か?
「本当にごめんなさい。次は心配かけない様に頑張ります…」
「心配は勝手にするんだよ?婚約者さん」
「俺達だから諦めてくれ。心配もするし、離れると気になるのも仕方ない」
よしよし、と頭を撫でる大きなリーフ様の手と、頬を撫でるサンエーリ様の手に参ってしまう。
唸りながら赤くなって、頷くしかなくなる。
元日本人で転生した現在だって、スキンシップスキルは並み以下なんだもん。
私を今まで抱き締めたりしてくれたのは、お兄様とハーツだけ。
だから、心地いいスキンシップをされてしまうと、反応に困ってしまう。
羞恥心と嬉しさの摩訶不思議な同居で、結果赤面して固まってしまうのですよ。
「早く私達に慣れてね?赤くなるのも可愛いけど、会話も楽しみたいからね」
「あの、膝から降ろしてくれたら普通に会話するよ?」
「じゃ、俺の膝にくるか?」
「全然変わってないから!膝から降りなきゃ、意味ないんだよ……」
どっちの膝にいるのではなくて、私は膝から降りて対面的に会話したい。
今は何とか会話出来ているけど、二人はさりげなくスキンシップを仕掛けてくる。
その度に私は、ドキドキさせられるんだから。
平然としている婚約者二人と、生温かい視線の筆頭の三人。
ドキドキ+羞恥心で、極限まで赤くなったり、頭がクラクラしたり。
「もう、あまりウブなティーちゃんをいじめないであげて~見ている分には、面白いけどね!」
「ちょっと、待て筆頭魔導師!本音をペロッと吐き出すんじゃない!」
「嫌ね~!心配も本音よ~?ただ、面白いのも本音なのよね~」
「余計に質悪いから!」
ウフフッと笑っているハーツを、一応睨んでみる。
今の状況で迫力がないのは、百も承知。
だってサンエーリ様の、膝の上なんだから。
案の定…クスクス笑いながら、視線は生温かくて墓穴を掘った感半端ない。
うぅ…っ、と俯いていると遠くから、カチャンと何かが弾ける音が耳に届く。
「なんか音」
「東の宮に火がつけられた!今、火が広がっているのは王様の執務室と、ディル王子様の部屋だと耳にはさんだ」
飛び込んで来たのは、情報収集に回っていたはずのハルクさん。
父様の側には、魔導師の免許もあるブロッサムさんがいるはずだ。
そうなれば、心配なのはお兄様の方。
ネイルさんは剣術では負けなしだけど、魔術には簡単な魔法しか使えない。
おじじ様に似たらしい。
まぁ、お兄様も魔力は多くないけど…前にちょっとだけ教えた、性格の悪い拷問魔法があるから簡単に殺される事はないはずだ。
目を閉じて一回深呼吸をする。
「活動開始。ジェニーとユーリは、父様の所へ向かって。ハーツと私はお兄様の方へ。ハルクさんは、サンエーリ様とリーフ様の側に」
「了解致しました。ティア様も気を付けて下さい」
「大丈夫よ~私とティーちゃんよ?問題なしよ♪」
「大丈夫。最小限に被害押さえるんだから!」
細かい指示を出さなくても、彼等はどう動けばいいか経験で知っている。
頼もしい相棒達だ。
「今の状況だと私達が動いても問題なしだよね?」
「問題ありでしょ!?」
「たまたま現場に居合わせたなら、問題なしだな。じゃ、先に行くとしようか?」
「そうだね。先に行こうか?私達なら、ディルより魔術使えるしね。安心してね?」
サッと私を降ろすと、魔法を発動させる。
そのまま、サンエーリ様とリーフ様の姿はすぐに消え失せてしまう。
「まずいわよ~!さっさとディルちゃんの所へ行かなきゃ」
「俺は放火した変態、追うとしようかな」
「分かった!じゃ、ユーリとジェニー、ハルクさん頼んだよ!」
「まぁ、楽しんでくるよ」
言い終わるのと同時に、ハルクさんは窓からピョンといなくなった。
私とハーツは転移魔法を使う。
すぐに視界がブレて、瞬き一つの秒数で室内が変わる。
赤く染まりつつある室内と、外から聞こえてくるメイドや侍女の慌ただしい声。
「冗談じゃないわよ~!このまま広がれば、ティーちゃんのドレス部屋までダメになるじゃない!渾身の作品達が台無しになるわ~!」
ハーツが騒いだ瞬間、ジュッとあちこちから音が上がって一気に温度が下がる。
軽く手を振る動作だけで、魔法を使いこなすのはさすがテラチート。
小説のメインキャラだけあるよね!
「この部屋はもう大丈夫だよ」
手をヒラヒラ振っているのは、ついさっきまで一緒にいたサンエーリ様。
「あら、王子様さすがよね~!でも、お客様はここまでよ?ティーちゃん、今日のご注文は?」
サンエーリ様とリーフ様に釘を刺したハーツは、私を見てわざとらしく首を傾げる。
綺麗って得ね。何をしても様になるんだから。
肩にかかる髪が流れて、エルフ特有の尖った耳が見える。
「この宮一体を水で被うから、ハーツはその水で火が消えたら、サクッと蒸発させて欲しいの」
「あ~、蒸発ってあの水滴の実験の時の話よね~?大丈夫よ任せて!服を乾かすのと同じ原理なのに、使いかたによっては全然違うんだもんね~」
「魔法も使い方を決めちゃダメ。可能性は無限なんだから」
私が魔力を巡らせて練って、すぐに東の宮全体を水が包み込む。
もちろん人がいる事を考慮して、水の調整も忘れない。
多少濡れるのは、許して欲しい。
後で乾かすから!
「発動。……宮一体、被うの完了。ハーツ、火属性の反応が消えたら蒸発よろしく」
「任せて~♪」
ポツポツとお兄様の部屋にも、水が滴り落ちる。
三人とも、水も滴るいい男!
なんて、言ってみたり。
何かを確認したハーツは、その場で目をつぶって開いた時には、フワッと風が吹いた。
「さぁ、仕上げよ~♪」
ちょっと乾いた風は、辺りを吹き回ると
周囲を乾かして消えていく。
広範囲魔法の割りに、水の魔法は相性が良いのか疲れにくい。
ハーツも風魔法は、得意分野だから丸投げ出来る。
辺りに火の気配が無いことに安心しながら、ふう…と肩の力を抜く。
「お疲れ様。服や部屋の中まで乾くなんてすごいね」
お兄様が湿り気の残る髪をかき上げて、私とハーツの肩を軽く叩く。
「まだ終わってないよ。ハーツ、魔力の軌跡を追える?」
「それには及ばないよ。ゲス一名とゴミ二名確保したよ。俺って役に立つでしょう?」
またしても窓から入って来たのは、紅猫モードのハルクさん。
軽口を叩きながらも、本当に頼もしい人材だね。
「あ、まとめてこの部屋の外の柱に縛ってあるから、処理は任せるよ。姫君の好きにして良いよ~証拠が足りないなら、会話も魔石に記録したから問題なしだと思うけど」
ポイッと私に、緑色の魔石を投げてくる。
本当に紅猫はスゴイ。
数分で犯人と証拠を押さえるんだから。
並みの人には、真似出来ない仕事だ。
「ティアは良いな~」
「はぁ?」
私が間抜けなをすると、お兄様は羨ましそうに私の手の中のモノを見る。
証拠の魔石ならお兄様に渡すのに。
私が前に出るより、王太子のお兄様の方が上手くまとまるはずだし。
両手に魔石を載せて差し出すと、受けとりながらも
「ズルい。ティアには優秀な筆頭が、三人もいるのに!彼まで筆頭に仲間入りだなんて……羨ましすぎる!」
拗ねた様に言い放つ。
それを見ていた紅猫は、顔を左右に振ってお兄様から視線を反らす。
「男はパス。やっぱり女の子が主じゃないと~仕事の遂行率下がる!」
「発想がタラシよね~!ティーちゃんに手出したら、チョンギルわよ!」
「姫君っ!ちょっとこの美人エルフ何とかしてよ~!仕事無事遂行して、チョッキンされそうになるって…俺、可哀相じゃない?」
スチャッと柔らかい動きで、私を盾にするように背後に回るハルクさん。
そりゃ、男子ならチョッキンは遠慮したいよね……女子だから分からないけど。
痛いのは想像できる。
「本当にチョンギられてしまえばいいのに」
ボソとサンエーリ様が、ハルクさんを見て呟く。
「サンとリーフが不安なら、去勢させちゃうとか!」
「是非、アタシとディルちゃんで見事にこなしてみせるわ!」
「ちょっと!姫君~なにこの人達怖い!」
ピョンと私の背中から飛び退いたハルクさんに、私は小さく笑ってしまう。
もう、紅猫は私達の仲間になっているんだ。
それが不思議と嫌ではなくて、必然だった様に感じた。
終始紅猫に大人げない言動と取っていたサンエーリ様も、認めているからの発言だった事が分かった。
無事に筆頭に仲間入りした瞬間だと思う。
後一週間。
最後のケジメが上手くまとまる様に、父様への恩返しをしようと決めていた。
そのために、まずはお兄様と共謀して動かなきゃ。
一段落ついた室内には、明るい笑い声で満ちていた。