No.37 仲間と真実
私の作業部屋で夕食の晩餐を終えて、今はお兄様とサンエーリ様とリーフ様と、食後のティータイム。
私達の婚約の話が城内に回ってから、怒涛な午後を過ごした。
本当に精神が磨耗した…。
廊下を歩けばヒソヒソ。
内容は察して下され。
「疲れただろ? 茶菓子にチョコレートを用意したんだ」
「好きだって聞いたから、昼間野暮用のついでに買ってきた」
テーブルに並んでいるのは、可愛らしいチョコレート達。
形がウサギになってる物や、花の形の物。
色も淡いピンク色から、オレンジ色やオーソドックスな茶色まで。
チョコレートを目の前に、疲れが吹っ飛ぶ気がした。
「ありがとうございます!」
チョコレートは好きだけど、理由としては前世の記憶がある私が、唯一この世界と共通している食べ物だから。
前世ではあまり好きではなかったけど、この世界でチョコレートを目にした時。
恋しさと切なさと、ちょっとの歓喜に包まれた。
その日から、チョコレートは私の特別な食べ物になった。
私はチョコレートを目の前に、そんな記憶を思い出しているとむにゅと唇にチョコが押し当てられる。
そうされてしまうと、どうしていいか分からずに私は固まってしまった。
サンエーリ様は楽しげにあーんと、微笑みを浮かべている。
これは、恥ずかしい!
お兄様が微笑ましそうな生ぬるい視線が一番恥ずかしい。
彼を止めてくだされ、お兄様!
「ほら、溶けちゃうよ?」
ね、と首を傾げるサンエーリ様に恥じらいはないらしい。
一人で恥ずかしがっているみたいで、居たたまれなくなって唇を開く。
口に広がる優しい甘さに、羞恥心も忘れてフッと頬が緩む。
単純だと言いたければ言えばいい。
美味しいものは美味しいんだから。
「美味しいか?」
「はい!リーフ様もどうですか?美味しいですよ?」
私がすすめると、リーフ様は苦笑を浮かべて左右に首を振る。
「俺の事はいいから、ティアが食べるといい」
「リーフは甘いものが苦手なんだよね。昔は好きだったのにね…?」
リーフ様の後に続いたお兄様の言葉に、プッと吹き出すサンエーリ様。
私とお兄様は顔を見合わせる。
リーフ様は遠い目をして、数年前の話をしてくれた。
「原因は母上だな。母上は何を思ったのか、好奇心から料理をするようになって…ご飯は文句なく旨いのに、お菓子作りになると壊滅的で」
あぁ…、察してしまった。
ご飯作りとお菓子作りでは、決定的に違う所がある。
お菓子作りには、適当は通用しない。
グラム数からきっちりしなければ、生地が膨らまなかったり、生焼になってしまう。
その点、ご飯類は多少の調味料の誤差ならどうとでも後で味見をして調整が可能。
「そのお菓子らしきモノを、定期的に食べさせられてな…父上も兄上は逃げるしで、母上が可哀想で食べてはいたが…結果として俺は甘いものが苦手になった」
苦い表情で言ったリーフ様に、私は小さく笑いながら呟く。
なんて微笑ましい光景なんだろう。
「リーフ様は、お母様思いの優しい人ですね」
リーフ様は最初目を見開いた後、顔を反らしてしまう。
はて?と見ていると、サンエーリ様が可笑しそうに私を見て教えてくれる。
「リーフはティアに誉められて、照れているだけだから」
「そうなんですか?本心を言っただけですけど?」
美味しいとも言えないお菓子を、お母様のために逃げずに食べていたのは優しさ以外あり得ない。
リーフ様の身のこなしからして、逃げられない訳ないのに。
リーフ様を見ると、若干耳が赤くなっている。
「天然小悪魔がいる。是非ともたらしこむのは、私達だけにしてね?愛しの婚約者様」
「たらしこんだつもりはありませんけど…」
私は困惑してしまう。
本心を言っただけで、たらしこんだ事になってしまったらしい。
う~ん、と考えているとお兄様が、美しい顔に笑みを浮かべながら゛それは無理かも゛と言ってクスクス笑う。
「ティアは計算も打算もないからね~。相手が勝手についてくるんだよ。もっともな例は、立候補で筆頭になった三人だけどね」
背後に立つユーリとハーツは、平然とした顔で佇んでいる。
それは賛成なのか暗黙の肯定。
ちょっとは、助けろよ筆頭二人!
恨みがましい視線を送っても、素知らぬ振りを通すつもりらしい。
一応、計算出来るよ?
ただ、あまり活用する場面がないだけだと、心の中で主張しておこう。
「それは困ったね…。あまり恋敵は作りたくないのだけど」
「そうだな~。まぁ、負けてやるつもりはないけどな」
「へっ?そんな奇特な方はいないとおもいますけど?」
宣言した二人に、私はコテンと首を傾げる。
二人の心配は杞憂だとしか思えない。
現に今私に求婚してきたのは、サンエーリ様とリーフ様だけ。
あれだけの人数が集められても、私に声をかけてくれたのはお二人だけ。
あとは、魔力目的のナルサス様くらい。
彼は横に置いておいていいと思う。
「そうあって欲しいね」
「ティアは昔から、期待を斜め上行くからね~」
私は今までの行いから、否定出来ずにうっ、と詰まる。
思い当たる節があるので、否定したところで納得されないだろうし。
斜め上を行く行動に、暗躍を含まないで欲しい。
あれは、父様の無茶ぶりに必要に迫られて所得した行動や技の数々だと、声を大にして言いたい。
私のせいでは断じてない!
そこへまた音を立てずに、窓から軽い身のこなしでひょっこり現れたのは、毎度お馴染み紅猫のハルクさん。
一瞬にして、空気が氷りついたように静かになる。
彼はドアの存在を忘れているのかもしれない。
これは、ちゃんとドアを認識させなきゃダメだね。
殺伐とした空気の中で、開口一番に言葉を投げ掛けたのは、サンエーリ様だった。
「未婚の淑女の部屋を訪ねる時のルールも知らないのかかい?クレッシェンド殿」
殺気はないものの、刺すような視線でハルクさんを見ている。
美しい人が怒ると迫力が半端ない。
温度が急降下してますよ。
しかし、それに怯む紅猫じゃない。むしろ、楽しそうに目を細める。
「これは失礼。俺の姫君に是非とも伝えたい事があって、気が急いてしまってね。先客がいたとは失敗したかな?」
肩を竦めて見せるハルクさんに、サンエーリ様とリーフ様が探るような瞳をする。
それはお兄様も一緒で、ハルクさんを観察して溜め息をもらす。
「その情報は、ティアに関係している事かい?」
「ディルアル王子は、ご自身が関係ないのに内容が聞きたいと?」
「もちろん。ティアは大切な妹だからね。内容によっては、僕も動けば迅速に解決出来ると思うし」
「大切な妹ね~」
お兄様の言葉に、挑発的な笑みを見せるハルクさん。
あー、この表情は何かしら掴んだな…。
しかも、ちょっと怒ってる?
何でだろう?
私は唇に指を当てて考えている間も、お兄様に対するハルクさんの挑発は続きます。
「その大切な妹に、ディルアル王子様は何をさせたい訳?」
「何を知っているのかな?」
「俺の知っているのは極々一部だよ。失せ物の在り処と、そのために俺の姫君が傷付くであろう事」
ピシッと室内に緊張感が走る。
失せ物はきっと指輪だ。
そして、現在持っているのは…ローズニアだ。
このままでは国の外交問題になりかねない、いやむしろ現在進行形で外交問題になるであろう事柄。
これは、死亡フラグが着実に近づいている。
被害は最小限に回避しなきゃ。
「妹姫の教育間違えたんじゃない?あれは、王族どころか人間としてダメだわ。このまま行けば、妹姫は容赦なく姫君を狙うよ?マトだよ、マト」
集中砲火だろうね~。
自分のことながら、悲しくなっちゃうけど仕方ない。
ローズニアの尻尾を掴むのに、一番簡単で確実なんだから。
問題解決には、多少の危険はつきものだしね。
私なら、ある程度の危険なら回避出来る。
そんな事を考えていると、お兄様は少しだけ寂しそうな顔をしてハルクさんを見て微笑を浮かべる。
「ティアを心配してくれているんだね?ありがとう」
「なぜ、王太子で兄なのに…守ってやれない?」
ハルクさんは、マトになりそうな私を心配して怒ってくれているんだ。
飄々としているのに、瞳は苛立ちを浮かべている。
どうやら、チャラいだけの人じゃないらしい。
認識を改めさせられた。
彼はやっぱり影の騎士様なんだ。
ちょっと感動していると、お兄様は私を見て問いかけます。
「ティアは今、助けが必要かい?」
しごく直球な問に、私は考える間もなく答えが口からこぼれる。
「いえ、とくには。これからは分かりませんけど、今は必要ないです」
ローズニアがどう動くか分からないけど、まだ目立った動きがないし。
あちらを泳がせた方が、こっちとしても何かあれば動きやすくなる。
多くは語らなくても、紅猫は馬鹿じゃないから推察したらしく、こぼした様な呟きが耳に届く。
「姫君は守られてるもんだろ…いや、知ってたけど!」
脱力してソファーに手をつくハルクさんに、私は目を見て苦笑する。
苦笑はちょっとハルクさんを、誤解していた自分に向けて。
「守られているだけの珍獣に価値はありません。王族は守る側であるべきなんです。だから、私は守られるより…守れる側にいたいんです」
私が唯一王族として、胸を張れること。
それは…父様のお手伝いだったり、薬師だっり、魔導師の仕事だったり。
守る側にいれた事。
どれもが姫らしくなくても、私は私のやり方で王族として生きてきた。
まぁ、多少は王族とはかけ離れていた事もしれないけど、そこはご愛嬌で目をつぶって欲しい。
私の言い分に、ハルクさんは心底溜め息を吐き出して妙な提案をしてくる。
「それじゃ、俺は勝手に姫君の背中を守る。味方は多い方がいいだろ?」
「でも、ハルクさんに利益はありませんよ?危険しかないと思いますけど」
むしろ危険しかない。
サンエーリ様やリーフ様は大国の王族と公爵家で、敵にはかなりリスクがつくから安易に手は出しずらいはず。
でもハルクさんは、隣国の伯爵家。
裏家業を知っていれば尚更、ここぞとばかりに狙われる。
勝手に恨みを募らせている人間もいるだろうし。
要は私がハルクさんの弱点になり兼ねないって事で。
私に関わる事で、危険にさらすの避けたい。
私の言い分に、ハルクさんは珍しく邪気のない笑顔を見せて言います。
「俺が勝手に姫君を主に決めただけ。経験だけなら、姫君にも負けないしな」
「主ってティアの事かい?」
お兄様の質問に、ハルクさんは深く頷く。
えー、何時からハルクさんの主になったねでしょうか?
私は考えると言っただけで、了承はしてないよ?!
驚きと困惑の渦に巻き込まれている私に、サンエーリ様とリーフ様は呆れと納得顔でボソッとこぼす。
「ティアはこうして、侍らす者を増やしていくんだね…」
「まぁ、臣下としてなら許される範囲内だろう」
「ちょっと待って!まだ」
そこまで言いかけて、背後からすごい冷気が漂ってくる。
振り返らなくても分かる。
だって説教タイムの空気感と同じだから。
「何時、誰が、何処で、貴方を認めたと?」
ユーリの目が笑ってない。
なのに笑顔が貼り付いていて。
中性的で繊細そうに見えて、真面目・勝ち気・粘着質・心配性な性格は誰に似たのやら。
言葉のトゲにめげる所か、ハルクさんは目を細めて楽しげにユーリに迎え撃つ。
「今、姫君に必要で安全性を求めるなら、裏から得る確実な情報だ。俺の本業だからな。姫君に損はないらずだ」
「必要性は認めます。でも信頼性に欠けます。僕は貴方を仲間として認めません」
バチバチと火花が散るのは、錯覚だろうか?
かたや優しげな美青年。かたや、中性的な儚げな美青年。
目の保養にはなりますな。
ごちです!違うか。
なんて、現実逃避したところで解決にはならないんだけど。
またもやメンタルがガシガシ削られている気がする。
どうしたもんかと思考を巡らせていると、視界にハーツが私にウィンクしてユーリの肩に手を置く。
「決めるのはティーちゃんよ?それに、裏の仕事が得意な彼を利用しない手はないわ!お試し期間を作ってわどうかしら?」
「面白そうじゃん」
挑発的にハルクさんの目が光る。
ユーリは睨み付けたまま、条件を加える。
「貴方が少しでもティア様に誤解や迷惑をかけたら、そこで終わりです。判断はハーツに一任します」
「のった!今日からよろしくな俺の姫君」
「ちょっと、私のいけ」
止めようとして言葉を言っている途中で、サンエーリ様に手で口をふさがれる。
なぜ、止める!
と、言おうとしてやめた。
サンエーリ様の瞳が、ヤバい位に輝いていた。
背筋がゾクッとしている。
「じゃ、私達からもちょっとした約束してもらおうかな」
「だな。まぁ、簡単だけどな」
「ティアに手を出したり、悲しませるような事したら…全力で消すからね」
最後のひと言が怖い。
本気なのが、この場が支配されたように空気がピリピリする。
それでも、自分を崩さないのが紅猫。
ニッと笑いながら、一つ頷く。
「姫君に求められない場合は、約束を守るよ。姫君からのアプローチなら俺はウェルカムだけどね♪」
「しませんからっ!変な話はより、今は作戦会議しませんかっ!?」
強引にでも話をすり替える。
これ以上は、私があの空気感に耐えられない。
不満顔のユーリ、笑顔で目がガチなサンエーリ様とリーフ様。
目を怪しく輝かせているハルクさん。
お兄様は、何故か自慢気。
なんか色々フラグが立ってる気がする。
死亡フラグじゃない事を祈ろう。
神様、私に何をさせる気ですか?




