第9話「騎士団長、来ました」
第9話「騎士団長、来ました」
朝。
玄関に手紙が刺さっていた。
正確には、立派な封蝋のついた封筒が、ドアに剣で縫い付けられていた。
「……」
ミアは剣を引き抜いて封筒を取った。封蝋には鷹の紋章。帝国の紋章だ。
開けた。読んだ。
要約すると「先日の件について話し合いたい。帝国騎士団長ライナー・クロスより」だった。
ミアは手紙を丸めて、かまどに放り込んだ。
「先生、何でしたか」
「勧誘みたいなやつ」
「そうですか」
朝食を食べた。ルナにミルクをあげた。ヴァルが床に丸くなって寝ていた。
平和な朝だった。
* * *
昼。
また手紙が来た。
今度は窓ガラスを突き破って飛んできた。矢に括りつけてあった。
「……」
ミアはガラスの破片を片付けながら手紙を読んだ。
「話し合いを所望する。無視するならこちらも考えがある。帝国騎士団長ライナー・クロスより」
かまどに放り込んだ。
「先生、窓が」
「セリア、ごめん」
「修理は先生がやってください」
「……やる」
ルナが割れた窓の方をじっと見ていた。ヴァルがルナの前に立って、外から何も来ないようにさりげなく塞いでいた。
(ヴァル、こういうとき頼りになる。)
平和な昼だった。窓以外は。
* * *
夕方。
玄関がノックされた。
今度は普通にノックだった。
ミアが開けると、鎧を着た男が立っていた。年は三十代半ばくらい。整った顔立ちで、姿勢がいい。剣を腰に下げているが、手は下げたままだ。
胸の紋章は鷹。帝国の騎士団長だ。
「魔女ミア殿」
丁寧な声だった。
「手紙を三回無視されたので、直接参りました」
「二回だよ」
「一通目は剣でドアに」
「それは手紙じゃなくて凶器」
「……失礼しました。改めて。帝国騎士団長、ライナー・クロスと申します」
礼儀正しくお辞儀をした。本当に紳士だった。
(悪い人ではなさそう。でも面倒くさい。)
「用件は」
「先日の件です。村での……その、赤ちゃんによる魔力暴発の件を」
「うちの子は関係ない」
「関係大アリです」
「……」
* * *
しぶしぶ家に上げた。
ライナーはテーブルについて、セリアが出したお茶を「ありがとうございます」と受け取った。礼儀正しい。嫌いになれない。嫌いになりたいのに。
ルナはヴァルの背中の上から、ライナーをじっと観察していた。
「……可愛らしいお子さんですね」
「そう」
「先日、村で暴発を起こした子ですか」
「そう」
「……」
ライナーがルナを見て、ルナがライナーを見た。
「ぁ」
ルナが手を伸ばした。
ライナーが少し固まった。
「……触っていいですか」
「ルナが嫌がらなければ」
ライナーがそっと指を差し出した。ルナがその指をつかんだ。
「ぁ!」
「……おお」
ライナーの顔が少しほころんだ。騎士団長の顔じゃなくなった。
(この子、誰にでもこれをやる。反則だ。)
ヴァルがライナーをじっと見ていた。赤い目で。
「……そちらは」
「ペット」
「……目が」
「品種がそういうの」
「……そうですか」
ライナーはヴァルから視線を外した。賢い人だ。
* * *
「本題に入ります」
ライナーが居住まいを正した。
「先日の暴発で、帝国軍の第三部隊が壊滅状態になりました」
「全員生きてる?」
「……全員生きています。それはそれで驚きですが」
「よかった」
「よかった、ではなくて」
ライナーが少し頭を抱えた。
「あの子の魔力は、尋常ではありません。帝国として、監視下に置くか、あるいは——」
「やだ」
「まだ言い終わってないのですが」
「監視も管理も保護もいらない。ルナは私が育てる」
「……魔力の制御が——」
「練習中」
「暴発した場合の被害が——」
「気をつける」
「気をつけるで済む規模では——」
「ぁ!」
ルナがライナーの指をぎゅっと握った。
ライナーが止まった。
ルナがライナーの顔を見て、にっこり笑った。
「…………」
ライナーはしばらく黙っていた。
それから、深くため息をついた。
「……わかりました」
「早い」
「監視や管理は、確かに現実的ではないかもしれません。あの暴発を見れば……むしろ刺激しない方が賢明かと」
「正しい判断だと思う」
「ただ」とライナーが続けた。「一つだけ、お願いがあります」
「なに」
「何かあったとき、帝国に連絡をいただけますか。敵対ではなく、情報共有として」
ミアは少し考えた。
「……条件がある」
「なんでしょう」
「ルナに何もしないこと。軍として手出ししないこと」
「約束します」
「あと」
「はい」
「その剣でうちのドアに手紙を縫い付けるの、二度としないこと」
「……それは申し訳ありませんでした」
ライナーが深く頭を下げた。本当に紳士だった。
* * *
ライナーが帰り際、玄関でもう一度ルナを見た。
ルナはヴァルの背中の上から、見送るように手を振っていた。
「ぁ!」
「……達者でいてください」
ライナーがそう言って、森の道を歩いていった。
ミアはその背中を見送りながら言った。
「……悪い人じゃなかった」
「そうですね」とセリアが言った。
「でも面倒くさかった」
「それはそうです」
ヴァルが静かに言った。
「また来る」
「なんで分かるの」
「あの男、ルナから目が離せていなかった」
「……」
(それはルナが可愛いからでは。)
(でも確かに、また来そうな顔してた。)
ミアは玄関を閉めた。
夕暮れの森に、鳥の声が響いていた。
<続きます>
【次回予告】
今度は連邦側から手紙が来た。
筆跡が荒い。
封蝋が曲がっている。
文面は「会いに行く」だけだった。




