第6話「街に出ました」
第6話「街に出ました」
朝。
セリアが台所を漁っていた。棚を開けて、閉めて、また開けて、渋い顔をした。
「先生」
「なに」
「ミルクが切れます」
「あと何回分?」
「今日の昼で最後です」
ミアはルナを見た。ルナは毛布の上でヴァルの尻尾をつかんで遊んでいた。ヴァルは諦めた顔をしていた。
「買いに行く」
「私が行きましょうか」
「ルナのそばにいてあげて。すぐ戻る」
ミアは上着を羽織って、鞄を持った。
玄関に向かったとき、背後でごそごそという音がした。
振り返った。
ルナが毛布から出て、ふわりと浮いた。そのままミアの方へゆっくり漂ってきて、ズボンの裾をつかんだ。
「……ルナ?」
「ぁ!」
銀色の瞳がまっすぐミアを見ている。浮いたまま、ぶらぶらしている。
「……ついてくるの?」
「ぁ!」
(返事してる。絶対返事してる。)
「お店に行くだけだよ。すぐ帰るから」
「ぁ!!」
セリアが苦笑いしながら言った。
「……先生、連れて行ってあげた方が早いと思います」
「でも街だよ?人も多いし——」
ヴァルが立ち上がった。
「行く」
「ヴァルも?」
「この子が行くなら、私も行く」
「……」
(護衛がついてくるのは安心だけど、竜王が街を歩いて大丈夫?)
ミアはヴァルのサイズを確認した。今は猫くらい。鱗が夜色なので目立つが、小さければ何とかなるかもしれない。
「……小さいままでいてよ」
「わかった」
「絶対だよ」
「わかった」
(信用できるかどうかはともかく、言質は取った。)
* * *
街道を三人で歩いた。
正確には、ミアがルナを抱っこひもで前に抱えて、ヴァルがミアの肩に乗っていた。
「ヴァル、重い」
「我慢しろ」
「猫サイズでも竜王は重いんだけど」
「文句を言うな」
ルナはミアの胸元から街道を眺めていた。木が流れるように過ぎていくのが楽しいのか、目を細めている。
「ぁ……」
「楽しい?」
「ぁ」
(かわいい。歩いてて良かった。)
街が近づいてくると、人の声が聞こえ始めた。露天商の掛け声。子どもの笑い声。馬車の音。
ルナが目を輝かせた。
* * *
街の入口で、門番が二人立っていた。
ミアを見て、会釈した。顔馴染みだ。
次にルナを見て、頬を緩めた。かわいい赤ちゃんだ。
次にヴァルを見て、固まった。
「……あの、ミアさん」
「なに」
「肩に乗ってるの、何ですか」
「ペット」
「……鱗が」
「南の島の珍しい種類」
「目が赤くて」
「品種がそういうの」
「…………」
門番たちが顔を見合わせた。ヴァルがじっと門番を見ていた。赤い目で。圧がある。
「……どうぞ」
通してもらえた。
(ヴァルの威圧感が逆に役立った。)
* * *
街の中は賑やかだった。
午前中から人が多い。市場の日らしく、広場に露天が並んでいた。野菜、布、香辛料、焼きたてのパン。色々な匂いが混ざっている。
ルナが「ぁ!ぁ!!」と忙しく声を出した。あっちを見て、こっちを見て、また別の方を見て。目が全然足りていない。
「楽しいね」
「ぁ!」
「パン屋さんだよ」
「ぁ!!」
(まだ食べられないけどね。)
ヴァルが小声で言った。
「にぎやかだな」
「市場の日だから。ヴァル、来たことなかった?」
「街には近づかない」
「なんで」
「面倒だから」
「竜王が面倒くさがりなの、知らなかった」
「…………余計なことを言うな」
ルナが急に手を伸ばした。露天の一つに向かって、一生懸命手を伸ばしている。
見ると、花を売っている店だった。色とりどりの花が束になって並んでいる。
「花が好きなの?」
「ぁ!」
ミアは立ち止まって、一番小さな白い花を一本買った。ルナの手に持たせた。
ルナが「ぁ……」と言いながら花をじっと見た。それから、ぎゅっと握った。
(大事にしてる。かわいい。)
* * *
薬屋でミルクの粉を三袋買った。
これで二週間分はある。店主のおばあさんがルナを見て「あらかわいい」と頬をつついた。ルナが「ぁ」と笑った。
「お子さんですか?」
「……まあ」
「目がきれいねえ。銀色なんて珍しい」
「そうなんですよ」
(そうなんですよ、じゃないけど。でもまあ、娘みたいなもんだし。)
ミアは少し考えてから、もう一袋追加で買った。
おばあさんに礼を言って店を出たとき、ヴァルが静かに言った。
「娘みたいなもの、か」
「……聞いてたの」
「聞いていた」
「悪い?」
「悪くない」
ヴァルがルナを見た。ルナは花をぎゅっと持ったまま眠りそうになっていた。瞼が重い。
「……この子は幸運だ」
「なんで」
「お前に拾われたから」
ミアは少し黙った。
「……私がそう言われることはあんまりないよ」
「知っている。だが事実だ」
(ヴァル、たまにこういうことを言う。)
(照れるからやめてほしい。)
「……帰ろう」
「ああ」
ミアはルナを抱え直した。ルナはもう半分眠っていた。花だけはしっかり握ったまま。
帰り道、街道に差し込む木漏れ日の中を、三人で歩いた。
* * *
家に着いたとき、セリアが玄関で待っていた。
「お帰りなさい。どうでしたか」
「ミルク買えた。ルナも楽しそうだった」
「ヴァルは問題なかったですか」
「門番が少し固まってたけど」
「それは問題では」
「通してもらえたからセーフ」
セリアがルナを見た。
「……寝てますね」
「帰り道で落ちた」
「花、持ってます」
「市場で買った。気に入ったみたい」
セリアが少しだけ微笑んだ。
「……先生、親の顔になってきましたよ」
「なってない」
「なってます」
「…………」
ミアはルナの頭を見た。ふわふわの銀色の産毛。あったかい。
(親の顔って、どんな顔だろう。)
(でもまあ、悪くないかもしれない。)
「うるさい」
ミアは玄関をくぐった。
白い花が、夕日の中でぼんやりと光っていた。
<続きます>
【次回予告】
オムツを替えなければならない。
ミアは育児書を三回読んだ。
それでも怖かった。




