第53話「ルナのためを思ってるのは」
第53話「ルナのためを思ってるのは」
翌日、レイドが一人で来た。
手土産はなかった。
昨日とは違った。
「セリアは」とミアが言った。
「今日は、ミア様に話があって来ました」とレイドが言った。
(様、だった。)
(昨日までは呼ばなかった。)
「ミア様は使わなくていいよ」とミアが言った。
「では、ミア殿」
「それも別に」
レイドが少し笑った。
感じのいい笑い方だった。
* * *
セリアは中にいた。
出てこなかった。
(気を遣わせた。)
(それでいい、とミアは思った。)
ヴァルはいつもの場所にいた。
動かなかった。
目だけレイドを見ていた。
「ぁーー」
ルナがミアの膝の上にいた。
レイドを見ていた。
珍しく静かだった。
(この子も、何かわかっているのかもしれない。)
(わからないかもしれない。)
(わからなくていい。)
* * *
「単刀直入に言います」とレイドが言った。
「うん」
「ルナちゃんを、里の夫婦に預けてください」
「昨日聞いた」
「今日は、お願いではなく」
レイドが少し間を置いた。
「ルナちゃんのためを思えば、そうすべきだと思っています」
* * *
静かになった。
ルナがミアの服をつかんだ。
握った。
いつもの癖だった。
(ルナのため。)
(誰もがそれを言う。)
(言葉はいつも綺麗だった。)
ミアはしばらく黙っていた。
レイドは待っていた。
急かさなかった。
感じのいい待ち方だった。
* * *
「ルナのためを思ってるのは」とミアが言った。
「……はい」
「私だよ」
短かった。
それだけだった。
レイドの笑顔が、少しだけ止まった。
止まっただけだった。
崩れはしなかった。
「もちろん、ミア殿もそう思っておられるでしょう」
「思ってる、じゃなくて」
「……?」
「思ってるのは私だけでいい、って言った」
* * *
レイドがまた笑った。
「厳しいですね」
「そう?」
「子育ては一人でするものではありません。里全体で見守るのが、本来の形です」
「里全体」
「はい」
「里全体が、ルナを見守ってくれるの?」とミアが言った。
レイドは答えなかった。
少しだけ、間があった。
(ここだ。)
(ヴァルが言っていた。)
(今日が本番だった。)
* * *
「……率直に言えば」とレイドが言った。「里の外から来た者を、里が丸ごと受け入れるのは簡単なことではありません」
「だから?」
「ルナちゃんだけでも、然るべき場所で育てば」
「然るべき場所」
「安定した環境で、ということです」
(安定した環境。)
(感じのいい言葉だった。)
(また、感じのいい言葉だった。)
* * *
「ぁ!」
ルナが急に声を出した。
レイドを見ていた。
手を伸ばした。
レイドがルナを見た。
一瞬だけ、笑顔が固まった。
(今、何か見えた。)
(一瞬だけ、何かが見えた。)
「……可愛い子ですね」とレイドが言った。
笑顔に戻っていた。
早かった。
* * *
「レイド」とミアが言った。
「はい」
「セリアとの話、進んだ?」
レイドの表情が動いた。
わずかだった。
でも動いた。
「セリアから、聞きましたか」
「聞いた」
「……そうですか」
「断りきれてないって聞いた」
レイドが微笑んだ。
崩れない笑顔だった。
「断る理由が、セリアにはないはずです」
* * *
「理由なら、あるんじゃない?」とミアが言った。
「どんな理由でしょう」
「セリアが選ぶこと」
短い言葉だった。
それだけだった。
レイドは何も言わなかった。
少しの間、ミアを見ていた。
(この人は。)
(何かを測っている。)
(私を、測っている。)
* * *
「今日のところは、これで」とレイドが言った。
「うん」
「また、来ます」
「そう」
レイドが立ち上がった。
最後にルナを見た。
「ルナちゃんも、早く落ち着いた場所で育つといいですね」
「ぁ?」
ルナが首をかしげた。
意味はわかっていなかった。
* * *
レイドが去った。
ヴァルが初めて口を開いた。
「聞いたか」
「聞いた」とミアが言った。
「あの男、お前を測っていた」
「私も、そう思った」
「次はもっと踏み込んでくる」
「うん」
「セリアにも、もっと踏み込む」
(もっと踏み込む。)
(感じのいい言葉のまま。)
(それとも、もう感じよくはいられなくなるのか。)
* * *
夜になった。
セリアが戻ってきた。
顔色は昼より少しよかった。
「先生、レイドは何と」とセリアが言った。
「ルナを預けろって」とミアが言った。
「……それだけですか」
「セリアとの縁談、断りきれてないねって聞いた」
セリアが黙った。
「セリア」
「はい」
「断りたい?」
セリアがすぐに頷いた。
「断りたいです」
「そう」
「でも、里の申し出を、簡単には」
「簡単にじゃなくていいよ」とミアが言った。「時間をかけていい」
(時間をかけて。)
(でも、そう長くはかけられない気もした。)
<続きます>
【次回予告】
レイドの言葉が、少しずつ変わっていく。
「里の外のものは」
セリアが顔を上げる。
「先生の弟子でいる限り、私の未来はない」
そう言われた気がした。




