第52話「感じのいい言葉」
第52話「感じのいい言葉」
レイドがまた来た。
昼過ぎだった。
また感じのいい笑顔だった。
手土産を持ってきた。
里で採れた果物だった。
丁寧に包んであった。
「セリアと少し話せますか」とレイドが言った。「二人で」
「どうぞ」とミアが言った。
ミアはルナを連れて外に出た。
ヴァルのそばに座った。
「ぁーーー」
「静かにしてて」とミアが言った。
「ぁ!!」
(静かにはしなかった。)
(まあ、いつもそうだった。)
* * *
ヴァルが言った。
「中が気になるか」
「少し」とミアが言った。
「入れば」
「セリアが二人でって言ってたから」
「そうか」
ヴァルが前を向いたまま言った。
「あの男は、今日が本番だ」
「本番」
「昨日は様子を見に来た。今日は何かを言いに来た」
(ヴァルの勘は外れたことがなかった。)
(竜王だからかもしれなかった。)
(単純に長く生きているからかもしれなかった。)
「ぁ!! ぁ!!」
ルナが果物の包みを見ていた。
食べたそうだった。
「まだだよ」とミアが言った。
「ぁ……」
ルナが諦めた。
ヴァルの尻尾を見つけた。
そっちに向かった。
(切り替えが早かった。)
* * *
少し経った。
セリアが出てきた。
顔が少し白かった。
いつものセリアではなかった。
何かを抑えている顔だった。
「セリア」とミアが言った。
「……先生」とセリアが言った。
「何があった?」
セリアがゆっくり言った。
「レイドが、ルナちゃんを、よそに預けてはどうかと言いました」
* * *
静かになった。
ヴァルが動かなかった。
ミアも動かなかった。
「ぁ?」
ルナだけが動いていた。
ヴァルの尻尾で遊んでいた。
何も知らない顔だった。
「……どういう意味で」とミアが言った。
「旅をしながら赤子を育てるのは危険だ、と。里の知り合いに子どものいない夫婦がいる。そちらに預ければルナちゃんも安全だ、と」
「感じよく言ったか」
「……はい。とても感じよく」
* * *
ミアは少し考えた。
(預ける。)
(安全。)
(感じのいい言葉だった。)
(全部、感じのいい言葉だった。)
「他には」とミアが言った。
「……先生のそばにいると、わたしも危ない、と」
「私のそばが?」
「災厄の魔女の弟子は、里では生きにくい、と」
「生きにくい」
「わたしのことを心配して言ってくれた、と思います」とセリアが言った。「言い方は、ずっと優しかったです」
(優しかった。)
(感じがよかった。)
(言葉が全部、柔らかかった。)
(だから余計に、白くなった顔をしていた。)
* * *
「セリア」とミアが言った。
「はい」
「私のそばにいるのは、嫌になった?」
セリアが少し間を置いた。
「なっていません」
「ルナを預けたいと思った?」
「思っていません」
「そうか」
「……ただ」
「ただ?」
「先生に言わなければと思いました。すぐに」
(すぐに、だった。)
(悩まなかった。)
(隠さなかった。)
(そういう子だった。)
「ありがとう」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが顔を上げた。
ありがとう、が聞こえたらしかった。
何かに反応していた。
「ルナじゃないよ」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(関係なかった。)
(元気だった。)
* * *
ヴァルが言った。
「言っただろう」
「揺れない笑顔の話?」とミアが言った。
「ああ。あの男は最初からそのつもりで来た」
「どういうつもりで」
「セリアを取り戻すつもりだ」
「取り戻す」
「里から出て行ったセリアを。魔女の影響から切り離して、里に戻すつもりだ」
セリアが少し黙った。
「……そうかもしれません」とセリアが言った。「レイドは昔から、里がとても好きでした。里の外には興味がなかった」
「里が好きなのはいいことでは?」とミアが言った。
「はい。ただ、里の外が嫌いなのとは、少し違います」
(里が好き。)
(里の外が嫌い。)
(似ているようで、違った。)
* * *
夕方になった。
セリアが料理を始めた。
黙って始めた。
ミアはルナの相手をしていた。
ルナは昼間と変わらなかった。
全力だった。
里のことも、レイドのことも、何も知らない顔だった。
(それでいい。)
(この子は何も知らなくていい。)
(知らないで笑っていればいい。)
「ぁーーーーー」
「何?」
「ぁ!!」
ルナがミアの鼻をつかんだ。
引っ張った。
「痛い」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(嬉しそうだった。)
(全然気にしていなかった。)
* * *
「先生」とセリアが料理しながら言った。
「何」とミアが言った。
「レイドのこと、怒っていますか」
ミアは少し考えた。
「怒ってはないよ」
「本当ですか」
「本当。ただ」
「ただ?」
「感じのいい言葉は、気をつけないといけないなって思った」
「……先生もそう思いますか」
「そう思う。感じが悪い言葉は、最初からわかる。感じのいい言葉は、後からじわじわくる」
セリアが鍋をかき混ぜながら少し黙った。
「……昔から、そうでした。レイドの言葉は」
「じわじわきた?」
「はい。気づくのがいつも、少し遅かったです」
(少し遅かった。)
(でも今回は、すぐに出てきた。)
(ミアに言いに来た。)
(それはよかった、とミアは思った。)
* * *
料理ができた。
「いただきます」とセリアが言った。
「いただきます」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが離乳食に向かった。
全力だった。
今日も変わらなかった。
レイドが持ってきた果物が机の上にあった。
包んだままだった。
誰も開けていなかった。
「果物、どうする?」とミアが言った。
「……ルナちゃんにあげましょうか」とセリアが言った。
「離乳食に使える?」
「柔らかく煮れば使えます」
「じゃあそうしよう」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが果物を見た。
嬉しそうだった。
明日の話だとわかっていないはずだった。
それでも嬉しそうだった。
(まあ、それでいい。)
(感じのいい言葉で来ても。)
(ルナに食べさせる果物にはなれた。)
(それくらいは、よかった。)
* * *
夜中だった。
ミアが眠れなかった。
ルナは眠っていた。
ヴァルのそばだった。
いつも通りだった。
ミアは天井を見ていた。
(よそに預ける。)
(安全だ。)
(感じのいい言葉だった。)
(でも。)
ミアはルナを見た。
眠っていた。
小さかった。
ぎゅっと何かを握るようにして眠っていた。
ウサギのぬいぐるみだった。
(この子をよそに預けて。)
(安全な場所に置いて。)
(自分は離れて。)
(できるか。)
(できなかった。)
(一秒も考えなかった。)
(できなかった。)
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
嬉しそうな声だった。
何の夢を見ているのかはわからなかった。
ミアは目を閉じた。
(できない。)
(それだけわかれば、十分だった。)
<続きます>
【次回予告】
レイドがまた来た。
今度はミアに直接言った。
感じよく、丁寧に言った。
「ルナちゃんのためを思えば」
ミアは何も言わなかった。
しばらくしてから、静かに言った。
「ルナのためを思ってるのは、私だよ」




