第51話「長老と幼馴染」
第51話「長老と幼馴染」
翌朝だった。
長老に呼ばれた。
使いが来た。
若いエルフだった。
ミアを見て少し顔が引きつった。
それでも丁寧に言った。
「長老がお待ちです」
「わかった」とセリアが言った。
使いが帰った。
帰り際にもう一度ミアを見た。
見てから、早足で帰った。
(怖いのか。)
(まあ、仕方なかった。)
* * *
「長老はどんな人?」とミアが歩きながら言った。
「穏やかな方です」とセリアが言った。「ただ」
「ただ?」
「里のことになると、穏やかでなくなります」
「そうか」
「先生、本気は」
「出さないよ」
「本当に」
「本当に」
セリアが少し息を吐いた。
「ぁ!! ぁ!!」
ルナがヴァルの背中で里を見ていた。
朝の里だった。
光が木の間から差していた。
ルナは光が差すたびに手を伸ばした。
(この子はどこでもこうだ。)
(朝のエルフの里でも関係ない。)
* * *
長老の家は里の奥にあった。
大きい木の根元だった。
古い木だった。
何百年かある木だった。
その根元に家があった。
入り口に二人いた。
見張りだった。
ミアを見て、顔が変わった。
変わってから、動かなかった。
(通すのかどうか迷っている。)
セリアが言った。
「長老にお呼ばれしています。セリアです」
見張りが顔を見合わせた。
それからどちらかが中に声をかけた。
返事があった。
「……どうぞ」
(通した。)
(ぎりぎりだった気がした。)
* * *
中は広かった。
木の根が壁になっていた。
薬草の匂いがした。
古い本が並んでいた。
静かだった。
奥に老人がいた。
白い髪だった。
耳が長かった。
背が小さかった。
目が細かった。
年をとった目だった。
たくさんのものを見てきた目だった。
老人がセリアを見た。
「帰ってきたか」と老人が言った。
「はい」とセリアが言った。
「……元気そうだ」
「はい」
老人がミアを見た。
見た。
見続けた。
ミアも見返した。
何もしなかった。
ただ、立っていた。
「……魔女殿」と老人がようやく言った。
「はい」とミアが言った。
「来てくれたか」
「セリアが来たかったみたいで」
「そうか」
老人が少し間を置いた。
「わしはあなたを恨んでいない」
(恨んでいない、から始まった。)
(そこから始まった。)
* * *
「ただ」と老人が続けた。
「ただ?」とミアが言った。
「里の者たちは、怖いのだ」
「……知ってます」
「あなたが怖いのではない。あなたの力が怖い」
「同じだと思いますけど」
「違う」と老人が言った。「あなたはあのとき、里を救った」
「壊しかけた」
「壊れなかった」
(セリアと同じことを言った。)
(長老も、そう言った。)
ミアは何も言わなかった。
「里の者たちもいつかそれがわかる」と老人が言った。「ただ、今はまだ」
「時間がいる」
「そうだ」
(穏やかだった。)
(セリアの言った通りだった。)
* * *
老人がルナを見た。
見た。
じっと見た。
「……その子は」と老人が言った。
「ルナです」とミアが言った。「旅の途中で拾いました」
「拾った」
「戦場で」
「……そうか」
老人がルナを見続けた。
何かを思い出すような顔だった。
遠いものを見るような顔だった。
「ぁ?」
ルナが老人を見た。
じっと見た。
老人と、ルナが、見つめ合った。
しばらくそうしていた。
「ぁーーーー」
ルナが老人に手を伸ばした。
老人が動かなかった。
固まっていた。
でも怖がっているのとは違った。
(何かに、気づいた顔だった。)
* * *
「長老」とセリアが言った。
「……ああ」と老人が我に返った。「すまない」
「何かありましたか」
「……いや」
老人がルナから目を離した。
でも何か言いたそうだった。
言って、やめた。
(今は言わない、という顔だった。)
ミアは老人を見た。
老人はもうルナを見ていなかった。
でも、さっきの顔が気になった。
(思い出した顔だった。)
(何かを。)
(何を。)
(今は聞かなかった。)
* * *
話が本題に入った。
「見合いの件だ」と老人が言った。
「断ります」とセリアが即座に言った。
「話を聞いてから断いなさい」
「聞いても断ります」
「セリア」
「はい」
「お前はいつからそんなに頑固になった」
「先生の弟子になってからです」
老人がミアを見た。
ミアは何も言わなかった。
(私のせいか。)
(まあ、そうかもしれなかった。)
* * *
「相手はレイドだ」と老人が言った。
「レイド」とセリアが繰り返した。
「幼馴染だろう」
「……そうです」
「里の者だ。悪い者じゃない」
「知っています」
「なら」
「今は帰れません」とセリアが言った。「先生の弟子として、まだやることがあります」
「魔女殿の弟子であることが、お前の全てではないはずだ」
「全てではないです」とセリアが言った。「でも、今は大切なことです」
老人が少し黙った。
「……わかった。今日のところは」
「ありがとうございます」
「ただ、レイドには会いなさい。幼馴染として、顔を見せてやれ」
セリアが少し間を置いた。
「……わかりました」
* * *
長老の家を出た。
光が強くなっていた。
昼前だった。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが外の光に反応した。
手を伸ばした。
掴もうとした。
掴めなかった。
「セリア」とミアが言った。
「はい」とセリアが言った。
「レイドって、どんな人?」
セリアが少し間を置いた。
「……感じのいい人です」
「感じがいい」
「はい。里でも評判がいいです」
「それだけ?」
セリアがまた間を置いた。
「……昔からずっと感じがいいです」
(何か言いたそうだった。)
(でも止まった。)
(まあ、会えばわかった。)
* * *
その日の午後だった。
セリアの家に人が来た。
エルフだった。
二十代後半くらいだった。
背が高かった。
顔がよかった。
笑顔だった。
感じのいい笑顔だった。
「セリア、久しぶり」と男が言った。
「……久しぶりです、レイド」とセリアが言った。
「元気そうでよかった」
「ええ」
レイドがミアを見た。
一瞬だった。
でも見た。
それから笑顔に戻った。
「旅の方ですか」とレイドがミアに言った。
「そうです」とミアが言った。
「セリアがお世話になっているみたいで」
「お世話になってるのは私の方だよ」
「そうですか」
レイドがルナを見た。
「あ、赤ちゃんですか。かわいいですね」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがレイドを見た。
元気よく声を出した。
レイドが少し笑った。
感じのいい笑いだった。
「どこの子ですか」
「うちの子です」とミアが言った。
「そうですか」
(笑顔が続いていた。)
(感じがよかった。)
(感じが、よかった。)
(でも。)
ミアはレイドを見た。
レイドの笑顔を見た。
(何かが、引っかかった。)
(うまく言えなかった。)
(でも、引っかかった。)
* * *
レイドが帰った。
また来ると言って帰った。
感じよく帰った。
「感じがいいね」とミアが言った。
「そうです」とセリアが言った。
「昔から?」
「昔から、ずっと」
セリアが少し間を置いた。
「……ずっと、感じがいいんです」
(同じことを二回言った。)
(昼間と同じだった。)
(何かがある顔だった。)
(今は聞かなかった。)
「ぁーーー」
ルナがセリアを見ていた。
セリアの顔を見ていた。
「ぁ」
セリアがルナを見た。
「……目に何か入っただけです」
「泣いてないよ」とミアが言った。
「入っただけです」
(泣いていなかった。)
(でもそう言った。)
(まあ、今は何も言わなかった。)
* * *
夜だった。
ヴァルが外から言った。
「あの男」
「レイド?」とミアが中から言った。
「ああ」
「何か?」
「……笑顔が続きすぎる」
静かになった。
「そういうものじゃない?」
「人間も獣も、感情は揺れる。揺れない笑顔は」
ヴァルが少し間を置いた。
「作ったものだ」
(作った笑顔。)
(ヴァルがそう言った。)
ミアは何も言わなかった。
でも、さっきの引っかかりが、少し形になった気がした。
「ぁーーーー」
ルナが眠そうな声を出した。
今日もよく動いた。
疲れたらしかった。
「おやすみ」とミアが言った。
「ぁ……」
ルナが眠った。
外からひそひそはまだ続いていた。
でも今夜は、ひそひそより、レイドの笑顔の方が気になった。
<続きます>
【次回予告】
レイドがまた来た。
セリアと二人で話したいと言った。
感じよく言った。
ミアは席を外した。
少し経ってセリアが戻ってきた。
顔が少し白かった。
「……先生」
「何?」
セリアがゆっくり言った。
「レイドが、ルナちゃんを、よそに預けてはどうかと言いました」




