第50話「エルフの森へ」
第50話「エルフの森へ」
森の家に戻った日だった。
旅から帰ってきた。
橋の修理と、結界の点検と、薬草採取をした。
依頼は全部終わった。
久しぶりの家だった。
セリアが修理を始めた。
戻るたびにどこかが壊れていた。
今回は窓枠だった。
「なんで毎回壊れてるんですかね」とセリアが言った。
「風じゃない?」とミアが言った。
「風で窓枠は外れません」
「じゃあ何が」
「呪いだと思います」
「家に?」
「先生に」
(失礼だった。)
(でも否定できなかった。)
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが帰ってきた家を全力で喜んでいた。
ハイハイで端から端まで移動した。
帰ってくるたびにこうだった。
毎回新鮮に喜んでいた。
(この子はいつも全力だ。)
* * *
三日後だった。
また手紙が届いた。
セリア宛だった。
エルフの里からだった。
セリアが読んだ。
顔が固まった。
前回より固まった。
「セリア」とミアが言った。
「……見合いの候補者を決めた、と」とセリアが言った。
「断ったんじゃなかったっけ」
「断りました」
「なのに」
「……ええ」
静かになった。
「無視する?」とミアが言った。
「それが、里の長老からです」
「長老」
「里全体の意向として、と書いてあります」
(里全体の意向。)
(重かった。)
* * *
「無視できないか」とミアが言った。
「……難しいです」とセリアが言った。
「長老というのはそういうものか」
「エルフの里は、長老の言葉が全てに近いです」
「そうか」
セリアが手紙を持ったまま少し黙った。
「帰って、直接話せば早いですが」
「帰りたくない?」
「……帰りたくない、というより」
「というより」
「先生を連れて帰るのが」
セリアが少し間を置いた。
「怖いです」
(怖い、だった。)
(セリアが怖い、と言った。)
(珍しかった。)
「なんで」
「先生が過去にやらかしているので」
「……そうだね」
(そうだった。)
(やらかしていた。)
(大きく、やらかしていた。)
* * *
ヴァルが言った。
「行け」
「ヴァル?」とセリアが言った。
「セリアの問題だ。長老相手なら直接話す方が早い」
「でもミア先生を連れていくと」
「俺も行く」
「……竜王がいれば余計に騒ぎになります」
「なるな」
ヴァルが少し間を置いた。
「だがセリア一人よりはいい」
(それはそうだった。)
「ぁーーー」
ルナがヴァルを見ていた。
ヴァルの言葉を聞いていたかどうかはわからなかった。
でも見ていた。
「ぁ!!」
「行くぞ」とヴァルがルナに言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(ルナは大賛成らしかった。)
(どこへ行くかはわかっていないはずだった。)
* * *
翌朝だった。
出発の前にセリアが言った。
「先生、一つだけお願いがあります」
「何」とミアが言った。
「絶対に本気を出さないでください」
ミアは何も言えなかった。
「本当に、絶対に」
「……わかった」
「どんなことがあっても」
「わかった」
「どんなに腹が立っても」
「わかってる」
「どんなに理不尽なことを言われても」
「わかってる」
「本当ですか」
「本当」
「絶対ですか」
「絶対」
セリアが少し間を置いた。
「……信じます」
(信じる、の前に間があった。)
(気にしないことにした。)
* * *
二日歩いた。
木が深くなった。
道が細くなった。
空気が変わった。
森の匂いになった。
ルナが匂いに反応した。
「ぁ?」
「森だよ」とミアが言った。
「ぁーーー」
鼻をひくひくさせた。
嬉しそうだった。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
「いい匂いだと言っているんじゃないですか」とセリアが言った。
「そう聞こえる?」
「ルナちゃんなので」
(ルナちゃんなので。)
(まあそうかもしれなかった。)
* * *
気配があった。
(見られてる。)
ミアが気づいた。
木の上だった。
複数いた。
里の見張りだった。
セリアが立ち止まった。
「ただいま戻りました」とセリアが言った。
返事がなかった。
しばらく沈黙があった。
それからひそひそとした声がした。
木の上から木の上へ、声が流れていった。
言葉は聞こえなかった。
でも何を言っているかは、だいたいわかった。
(あの魔女が来た。)
(そういうことだった。)
* * *
「……入れ」
ようやく声がした。
低い声だった。
歓迎の声ではなかった。
「ありがとうございます」とセリアが言った。
木の間から人影が降りてきた。
エルフだった。
長い耳だった。
剣を持っていた。
目がミアを見た。
一瞬だけ見た。
それからすぐに逸らした。
(怖いのか。)
(まあ、仕方ない。)
ミアは何もしなかった。
ただ、立っていた。
「……どうぞ」とエルフが言った。
声が少し硬かった。
* * *
里に入った。
木の間に家があった。
静かだった。
でも人の気配はあった。
全員がミアを見ていた。
窓の陰から。
木の向こうから。
少し離れたところから。
見てから、引っ込んだ。
ひそひそとした声があちこちから聞こえた。
「……来た」
「……本当に来た」
「……何しに」
「……あの魔女が」
(聞こえていた。)
(全部聞こえていた。)
(聞こえないふりをして歩いた。)
「ぁーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが里を見て元気よく声を出した。
ひそひそが止まった。
一瞬だけ、全員が静かになった。
それからまたひそひそが始まった。
今度は声が違った。
「……赤子がいる」
「……かわいい」
「……あの魔女が連れている」
「……でもかわいい」
(ルナが来ると変わった。)
(まあ、いつもそうだった。)
* * *
セリアの家に向かいながら、ミアは里を見た。
古い里だった。
長く続いている里だった。
木の作りが丁寧だった。
薬草が軒先に干してあった。
(悪い場所じゃない。)
(ただ。)
視線が続いていた。
好奇の視線ではなかった。
警戒の視線だった。
(知っているのだ。)
(何があったかを。)
(ここで何が起きたかを。)
ミアは前を向いたまま歩いた。
加減した。
存在を小さくするように歩いた。
目立たないように。
(でも、目立っていた。)
(まあ、仕方なかった。)
* * *
後ろでまたひそひそが聞こえた。
「……里を壊しかけたのに」
「……よく来れたな」
「……セリアも連れてくるな」
「……あの子もあの魔女に取り憑かれた」
セリアの背中が少し硬くなった。
聞こえていた。
ミアはセリアを見た。
セリアは前を向いたまま歩いた。
「セリア」とミアが小声で言った。
「はい」とセリアが小声で言った。
「ごめんね」
セリアが少し間を置いた。
「謝らないでください」
「でも」
「先生が謝ることじゃないです」とセリアが言った。「先生が謝るようなことは、何もしていません」
(していなかった。)
(この里に来たことは。)
(でも以前は。)
ミアは何も言わなかった。
「ぁ!!」
ルナがミアの頬に手を伸ばした。
ヴァルの背中から、体を傾けて伸ばした。
届かなかった。
それでも伸ばした。
「……何?」
「ぁーーーー」
(わからなかった。)
(でも伸ばしていた。)
(まあ、それでよかった。)
* * *
セリアの家に着いた。
しばらく空けていた分、埃があった。
でも壊れてはいなかった。
「狭いですが」とセリアが言った。
「大丈夫」とミアが言った。
「ヴァルは外になります」
「好きにしろ」とヴァルが言った。
ヴァルが外に座った。
里の入り口の方を向いた。
何も言わなかった。
(見張るつもりだった。)
「礼は不要だ」
(礼を言う前に言った。)
(先手を打った。)
(まあ、ありがたかった。)
* * *
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが家に入った。
端から端まで移動した。
新しい場所だった。
全部気に入ったらしかった。
「気に入った?」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(気に入ったらしかった。)
* * *
夜だった。
セリアが料理した。
里の薬草が使えた。
いつもより種類が多かった。
外からひそひそがまだ聞こえた。
里の人たちの声だった。
ミアについての声だった。
「聞こえていますか」とセリアが言った。
「聞こえてる」とミアが言った。
「……すみません」
「謝らないで」
「でも」
「セリアが謝ることじゃないよ」
セリアが鍋をかき混ぜながら少し黙った。
「先生は、怖くないですか」
「何が」
「里の人たちが」
「怖くはないよ」とミアが言った。「ただ」
「ただ?」
「……申し訳ない、とは思う」
セリアが振り向いた。
「過去のことですか」
「そう」
「先生は悪くなかったです」とセリアが言った。「あのときは、そうするしかなかった」
「結果が全てだから」
「結果は里が残っています」
「壊しかけた」
「壊れなかった」
(壊れなかった。)
(それは本当だった。)
(でも、壊しかけた、というのも本当だった。)
「…………」
「ぁーーー」
ルナがミアを見ていた。
膝の上にいた。
何もわかっていない顔だった。
でも見ていた。
(この子は何もわからなくてもそばにいる。)
(それだけだ。)
(それだけで、少し、楽になった。)
* * *
料理ができた。
「いただきます」とセリアが言った。
「いただきます」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが離乳食に向かった。
全力だった。
里でも関係なかった。
いつも通りだった。
(この子がいつも通りだと、こちらもいつも通りでいられる。)
ミアは料理を食べた。
いつもより格段においしかった。
外のひそひそは続いていた。
でも今は、あまり気にならなかった。
<続きます>
【次回予告】
長老との話し合いになった。
静かな老人だった。
ルナを見て、長老の顔が変わった。
ひとことだけ言った。
「……その子は」
セリアとミアが顔を見合わせた。




