第49話「ルナ様健やか成長支援予算」
第49話「ルナ様健やか成長支援予算」
手紙が届いた。
宿の受付が持ってきた。
封筒が二つあった。
一つは大きかった。
もう一つは普通の大きさだった。
ライナーからだった。
大きい方だった。
もう一つはセリア宛だった。
差出人の名前があった。
エルフの里の名前だった。
* * *
大きい封筒を開けた。
書類が入っていた。
何枚かあった。
丁寧な字だった。
ライナーの字だった。
ミアが一枚目を読んだ。
読んだ。
もう一度読んだ。
「……なにこれ」とミアが言った。
「何と書いてありますか」とセリアが言った。
「ルナ様健やか成長支援予算」
静かになった。
「……なにこれ」とミアがもう一度言った。
「読んで字の如くでは」とセリアが言った。
「国家予算の名前じゃない」
「そうですね」
「赤ちゃんの名前が国家予算に入ってる」
「そうですね」
「なにこれ」
(三回言った。)
(答えは出なかった。)
* * *
続きを読んだ。
帝国と連邦の共同予算と書いてあった。
旅をしながら乳幼児を養育する者への生活支援と書いてあった。
支給は毎月と書いてあった。
金額が書いてあった。
ミアが金額を見た。
もう一度見た。
(多い。)
(野草のスープが何年分かある。)
(いや、何十年分かある。)
(単位が違う。)
「セリア」
「はい」とセリアが言った。
「この金額、普通?」
セリアが覗き込んだ。
読んだ。
「……普通ではないです」
「そうだよね」
「一般的な育児支援の何十倍かあります」
「そうだよね」
「ルナちゃんだからだと思います」
(ルナちゃんだから。)
(それはそうだった。)
(それはそうだったが。)
* * *
ヴァルが言った。
「受け取ればいい」
「でも」とミアが言った。
「でも?」
「こんなに」
「断るのか」
「……断るのも悪い気がする」
「なら受け取れ」
「でも」
「でも?」
「ルナの名前が入ってる」
「それが嫌か」
(嫌ではなかった。)
(嫌ではなかったが、何かがむずがゆかった。)
(うまく言えなかった。)
「……むずがゆい」
「むずがゆいのか」とヴァルが言った。
「うん」
「それだけか」
「……それだけ」
ヴァルが少し間を置いた。
「お前がむずがゆいのは勝手だ」とヴァルが言った。「だがルナが野草のスープを飲む必要はない」
「ルナは飲んでない。離乳食がある」
「お前とセリアが飲む必要もない」
「…………」
(正論だった。)
(いつもそうだった。)
* * *
「ぁ!!」
ルナが書類を見ていた。
ハイハイで近づいてきた。
速かった。
最近速くなっていた。
「あ」
間に合わなかった。
ルナが書類を掴んだ。
一枚目だった。
ルナ様健やか成長支援予算と書いてある一枚目だった。
「ぁーーーー」
口に持っていった。
「待って」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
噛んだ。
国家予算を噛んだ。
自分の名前が入った国家予算を噛んだ。
「……ルナ」
「ぁーーーー」
「それ大事なやつ」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(大事かどうかはまだわかっていないらしかった。)
* * *
セリアが回収した。
書類を救出した。
端が少し湿っていた。
ルナが不満そうな声を出した。
「ぁ……」
「これは書類です」とセリアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「噛んでいいものではありません」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナはしばらく抗議していた。
そのうち諦めた。
ヴァルの尻尾を見つけた。
そっちに向かった。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(切り替えが早い。)
* * *
ライナーの手紙が別紙に続いていた。
ミアが読んだ。
「国家予算です」と書いてあった。
「受け取ってください」と書いてあった。
「ルナ殿のためと思っていただければ」と書いてあった。
「断られた場合は出直します」と書いてあった。
「何度でも出直します」と書いてあった。
(何度でも。)
(律儀だった。)
(律儀すぎた。)
最後の一行があった。
「先日、ルナ殿に指を握っていただきました。それ以来元気です」と書いてあった。
「…………」
(ライナーが。)
(元気です、と。)
(報告してきた。)
「セリア」
「はい」とセリアが言った。
「ライナーって、元気だった?」
「あの日は元気そうでした」
「そう」
「指を握られてから特に」
「……そうか」
(そういう人だった。)
(まあ、受け取ろうと思った。)
* * *
もう一つの封筒が残っていた。
セリア宛だった。
エルフの里からだった。
セリアが受け取った。
封を開けた。
読んだ。
顔が固まった。
「セリア?」とミアが言った。
「……はい」とセリアが言った。
「どうした」
「見合いをしなさい、と」
静かになった。
「見合い」とミアが繰り返した。
「はい」
「エルフの里から」
「はい」
「セリアに」
「わたしに」
ミアがセリアを見た。
セリアは手紙を見たまま動かなかった。
顔が固まったままだった。
(固まってる。)
(珍しかった。)
(セリアが固まるのはあまりなかった。)
「ぁ?」
ルナがセリアを見た。
ヴァルの尻尾から離れた。
ハイハイでセリアに近づいた。
「ぁ!」
セリアの足元まで来た。
上を見た。
じっと見た。
「…………」
セリアが手紙から目を離した。
ルナを見た。
「ルナちゃん」
「ぁーーー」
「見合いって知っていますか」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「知らないですよね」
「ぁーーーーー」
セリアがルナを抱き上げた。
ルナが嬉しそうな声を出した。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(セリアの顔が少し戻った。)
(ルナがいると戻るらしかった。)
* * *
「見合いは嫌か」とミアが聞いた。
「……嫌、というより」とセリアが言った。
「というより?」
「今は、ここがあります」
「ここ」
「先生と、ヴァルと、ルナちゃんと」
セリアがルナを抱いたまま少し間を置いた。
「帰るつもりはないです。今は」
「そうか」
「……はい」
「手紙はどうする」
「返事を書きます」
「なんて」
「断ります、と」
(きっぱりしていた。)
(さっきまで固まっていたとは思えなかった。)
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがセリアの頬に手を当てた。
ぺちん、とした。
「……ありがとうございます」とセリアが言った。
「ぁーーー」
(何に礼を言ったのかはわからなかった。)
(でもセリアにはわかったらしかった。)
* * *
ヴァルが言った。
「里は何が目的だ」
「……わかりません」とセリアが言った。「ただ」
「ただ?」
「先生の弟子になったことを、よく思っていない人たちがいます」
「そうか」
「それだけだと思います。今は」
ヴァルが少し間を置いた。
「そうか」ともう一度言った。
それだけだった。
深くは聞かなかった。
そういうときのヴァルだった。
「礼は不要だ」
「何の礼ですか」とセリアが言った。
「聞かなかった礼だ」
「……いただきます」
(こういう気遣い方をする。)
(竜王だった。)
* * *
夜だった。
ルナが眠った。
ヴァルの背中の上だった。
いつものことだった。
ミアとセリアが並んで座っていた。
野草のスープだった。
硬いパンだった。
でも今日が最後かもしれなかった。
予算が来るなら、明日からは違う。
「セリア」
「はい」とセリアが言った。
「本当によかったのか」
「何がですか」
「断って」
「よかったです」とセリアが即座に言った。
「そうか」
「先生は?」
「何が」
「国家予算、受け取りますか」
ミアが少し間を置いた。
「……むずがゆいけど」
「けど?」
「ルナのためと思えば」
「思えますか」
「……思える」
セリアが少し笑った。
静かな笑いだった。
「よかったです」
「目に何か入ったか」
「入っていません」
「顔がそうなってる」
「入っていません」とセリアがもう一度言った。
(入っていないらしかった。)
(まあ、そういうことにした。)
* * *
ルナが眠りながら声を出した。
「ぁーーー」
嬉しそうな声だった。
何の夢かはわからなかった。
(川かもしれない。)
(ガルドかもしれない。)
(国家予算を噛んだ夢かもしれない。)
ミアはスープを飲んだ。
慣れた味だった。
明日からは違う味になるかもしれなかった。
それはそれで、悪くない気がした。
<続きます>
【次回予告】
エルフの里に向かうことになった。
セリアが珍しく黙っていた。
森が見えてきたとき、セリアが言った。
「先生、一つだけお願いがあります」
「何?」
「絶対に本気を出さないでください」
ミアは何も言えなかった。
ちょっとこの辺で少し投稿ペースを落とします。ネタが切れかかってます、




