第47話「世界最強の節約」
またズレてました
第47話「世界最強の節約」
朝だった。
野草のスープだった。
硬いパンだった。
昨日と同じだった。
「今日の予算は」とミアが言った。
「昨日と同じです」とセリアが言った。
「つまり」
「ヴァルが狩ってくれなければ野草のスープです」
「わかった」
「ぁ!!」
ルナが手を振った。
離乳食が今日も豪華だった。
ミアとセリアのスープとは別だった。
無言の合意だった。
誰も何も言わなかった。
(ルナの食費は削れない。)
(それだけは揺るがない。)
(私とセリアの分で調整する。)
(大人なので。)
* * *
川のそばで食べることにした。
小さな川だった。
木陰だった。
町から少し外れていた。
静かだった。
セリアが鍋を出した。
野草のスープを温めた。
パンが二つあった。
半分ずつだった。
ルナはヴァルの背中に乗っていた。
川を見ていた。
水面が光るたびに手を伸ばした。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
「届かないよ」とミアが言った。
「ぁーーー」
届かなかった。
でも手を伸ばし続けた。
(この子はあきらめない。)
(川が相手でも。)
* * *
ヴァルが言った。
「今日は何の依頼だ」
「結界の点検が一件あります」とセリアが言った。「北の村です」
「遠いか」
「半日ほどです」
「報酬は」
「銅貨十二枚です」
静かになった。
「……少ないな」とヴァルが言った。
「少ないです」とセリアが言った。
「もっと高い依頼があるだろう」
「あります」とセリアが言った。「ただ先生が」
「目立ちたくない」とミアが言った。
「そういうことだ」とヴァルが言った。
「銅貨十二枚でもスープの野草が少し増えます」
「……増えるな」
「今日は頑張ります」
(増える。)
(野草が増えるのは嬉しいことなのか悲しいことなのか。)
(まあいい。)
ルナがスープを見た。
「ぁ?」
「ルナのはちゃんとある」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
嬉しそうだった。
スープのことではない気もした。
まあよかった。
* * *
食べ終わった頃だった。
足音がした。
二つだった。
はっきりした足音だった。
慣れた足音だった。
鍛えた人間の足音だった。
(誰だ。)
ミアが顔を上げた。
* * *
来た。
二人だった。
一人は背が高くて剣を持っていた。
紺色のマントだった。
几帳面そうな顔だった。
もう一人は体が大きくて声が聞こえた。
まだ何も言っていないのに声が聞こえる気がした。
そういう雰囲気だった。
(ライナーとガルドだ。)
(また来た。)
(偶然じゃないやつだ。)
* * *
ライナーが止まった。
ミアのスープを見た。
パンを見た。
セリアのスープを見た。
パンを見た。
ルナの離乳食を見た。
止まったまま動かなかった。
「……ミア殿」とライナーが言った。
「はい」とミアが言った。
「それは」
「スープです」
「野草の」
「はい」
「そのパンは」
「硬いです」
「……半分ですが」
「半分です」
ライナーがセリアを見た。
セリアが静かに目を逸らした。
ガルドが来た。
「よし!! ミア殿!! ちょうど近くを!!」
ガルドが止まった。
スープを見た。
パンを見た。
ルナの離乳食を見た。
「…………」
珍しかった。
ガルドが黙った。
初めて見た気がした。
* * *
しばらく誰も動かなかった。
川の音だけがした。
ルナが離乳食を食べていた。
いつも通りだった。
関係ない顔だった。
「ぁーーー」
ライナーが口を開いた。
「ミア殿」
「はい」
「毎食これですか」
「慣れてきました」
「慣れるものではないと思いますが」
「慣れます」
ライナーが少し間を置いた。
「停戦の立役者が」とライナーが言った。
「そんな大げさな」とミアが言った。
「帝国と連邦の戦争を終わらせた方が」
「たまたまです」
「野草のスープと硬いパン半分で旅をしている」
「節約は大切です」
(何も言えない。)
(でも何も言えない。)
* * *
ガルドがようやく口を開いた。
「なんで」とガルドが言った。
「何がですか」とミアが言った。
「恩人が貧乏旅してる」
「貧乏ではないです」
「野草のスープと半分のパンがある」
「あります」
「それは貧乏だろう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声が大きかった。
川の魚が逃げた気がした。
ルナが少しびっくりした顔をした。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナもびっくりして声を出した。
びっくりが連鎖した。
「ルナが驚いた」とミアが言った。
「あ、すまん!!」とガルドが言った。
声が小さくなった。
少しだけ小さくなった。
「ぁ……」
ルナがガルドを見た。
じっと見た。
離乳食のスプーンを持ったまま見た。
ガルドが固まった。
「……悪かった」とガルドが小声で言った。
「ぁ!」
ルナが離乳食に戻った。
許したらしかった。
(この子は早い。)
* * *
ライナーが座った。
正式に話すつもりらしかった。
「ミア殿」
「はい」
「率直に聞きます」
「どうぞ」
「支援が必要ではないですか」
「いりません」
「必要ではないですか」
「野草のスープは食べられます」
「それは答えになっていません」
(正論だった。)
(正論だったが何も言えなかった。)
セリアが静かに言った。
「目立ちたくないんです、先生が」
「……それは」
「高い依頼は目立ちます。大きな報酬も目立ちます。だから今は」
「野草のスープか」とライナーが言った。
「はい」
ライナーが少し考えた。
「ルナ殿の分は」
「それだけは削れません」
「……そうか」
ガルドが言った。
「じゃあルナちゃんの名前で支援すればいい!!」
「……ガルド」
「なんだライナー」
「もう少し考えてから言え」
「考えたぞ!!」
(考えてないと思う。)
(でも間違ってはいない気もする。)
* * *
ルナが食べ終わった。
満足そうな顔をした。
ライナーの方を見た。
ハイハイで近づいていった。
(あ。)
ルナがライナーの足元まで来た。
上を見た。
ライナーを見た。
「ぁ!」
ライナーが静かに手を差し出した。
ルナが指を握った。
「…………」
ライナーが何も言わなかった。
しばらく何も言わなかった。
「……お元気そうで」とライナーがようやく言った。
「ぁーーー」
「そうか」
(顔が崩れてる。)
(几帳面そうな顔が完全に崩れてる。)
(毎回こうなる。)
* * *
ガルドが言った。
「ルナちゃん!!」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがガルドも見た。
ライナーの指を放した。
ガルドの方に向かった。
「よし来い!!」
ガルドが大きな手を差し出した。
ルナがぺちんした。
「よし!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(好きだなあれが。)
ルナがもう一回ぺちんした。
「よし!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(本当に好きだ。)
* * *
少し経った。
ライナーが野草のスープを見た。
もう一度見た。
立ち上がった。
「少し待ってください」
「何を」とミアが言った。
「情報収集です」
「何の」
「仕事のうちです」
ライナーが川のそばを少し歩いた。
離れたところで止まった。
何かを考えている様子だった。
(情報収集してない。)
(ただ考えてる。)
(まあいい。)
* * *
ガルドがミアに言った。
「ミア殿」
「はい」とミアが言った。
「正直に言う」
「どうぞ」
「あのスープ見てから胸が痛い」
「大げさです」
「痛い!!」
「大丈夫です」
「帝国と連邦が感謝してる相手が野草食ってる」
「野草は食べられます」
「そういう問題じゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
また大きかった。
川の魚がまた逃げた。
ルナがまたびっくりした。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あ、また悪かった!!」
「ぁ……」
ルナが少し考えた。
ガルドを見た。
ぺちんした。
「……よし」とガルドが小声で言った。
(許すのが早い。)
(この子は本当に早い。)
* * *
ライナーが戻ってきた。
「ミア殿」
「はい」とミアが言った。
「一つ提案があります」
「聞きます」
「断ってもいいです」
「聞きます」
ライナーが少し間を置いた。
「名目を作れば支援を受け入れてもらえますか」
「名目」
「目立たない名目です」
「……どんな」
「それはこれから考えます」
「考えてから来てください」
「そうします」
ライナーがルナを見た。
「ルナ殿のためというのは」
「それは」
「ダメですか」
(ルナのため。)
(その言葉は少し、ずるい。)
ミアは何も言わなかった。
答えなかった。
でも否定しなかった。
ライナーが静かに頷いた。
* * *
二人が帰った。
川のそばがまた静かになった。
セリアが言った。
「怒りましたか」
「怒ってない」とミアが言った。
「顔が難しいです」
「考えてる」
「名目の話ですか」
「……そう」
ヴァルが言った。
「受け取ればいい」
「ヴァル?」とミアが言った。
「二人は恩を返したいだけだ」
「それはわかってる」
「なら受け取れ」
「目立つ」
「名目があれば目立たん」とヴァルが言った。「礼は受け取るものだ」
(礼は受け取るものだ。)
(ヴァルが言うと重みがある。)
(礼は不要と言っている側が言うと。)
「…………」
「ぁーーー」
ルナがミアを見ていた。
何もわかっていない顔だった。
でも見ていた。
「何?」
「ぁーーーーー」
(何か言いたそうだった。)
(でも何もわからなかった。)
(この子の言葉はまだわからない。)
(それでも隣にいる。)
ミアは少し考えた。
「……まあ、名目次第で」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(元気だった。)
(全部わかってないのに元気だった。)
(それでいい気がした。)
* * *
夜だった。
ヴァルが今日も狩ってきた。
野草のスープが少しマシになった。
硬いパンだった。
それでも昨日よりよかった。
「今日ライナーたちが来ました」とセリアが言った。
「うん」とミアが言った。
「絶句していました」
「うん」
「胸が痛そうでした」
「うん」
「特にガルドが」
「声が大きかった」
「魚が逃げました」
「見た」
「ぁ!! ぁ!!」
ルナが離乳食を食べながら何か言った。
今日のことを覚えているのかどうかはわからなかった。
「ぺちんした?」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ガルドが喜んでたね」
「ぁーーー」
(嬉しそうだった。)
(覚えていた。)
(かもしれなかった。)
ミアはスープを飲んだ。
慣れた味だった。
悪くなかった。
名目のことをまだ考えていた。
答えは出ていなかった。
でも今日は眠れそうだった。
<続きます>
【次回予告】
帝国王と連邦王が会談を開いた。
議題は一つだった。
「ミア殿への支援について」
ライナーとガルドが予算名目で揉めた。
「友好費だ」
「育児支援だ」
「竜王対策費では」
「全部違う」
誰も正解を持っていなかった。




