第46話「魔女の仕事」
第46話「魔女の仕事」
冒険者組合に寄った。
小さな町だった。
組合も小さかった。
掲示板に依頼が貼ってあった。
「薬草採取です」とセリアが言った。
「どこで?」とミアが言った。
「東の森です。ただ」
「ただ?」
「危険地帯に指定されています」
セリアが依頼書を読んだ。
「大型魔物の目撃情報あり。単独での採取は危険。複数人での行動を推奨」
「複数人いる」
「先生とわたしとヴァルとルナです」
「四人いる」
「ルナちゃんは赤ちゃんです」
「……そうだね」
「ぁ!!」
ルナが返事をした。
自分のことだとわかっているかどうかはわからなかった。
* * *
組合の受付が言った。
「その依頼、今日は他にも行く方がいまして。よければ同行しませんか」
「同行?」とミアが言った。
「三人組の冒険者さんです。ちょうど今準備中で」
(同行か。)
(目立ちたくはない。)
(でも断る理由もない。)
「……わかりました」
* * *
三人組だった。
リーダーらしき女性が前に来た。
三十代くらいだった。
剣を持っていた。
冒険者らしい格好だった。
「よろしくお願いします。魔法使いさん?」
「そうです」とミアが言った。
「頼りになりますね。あの、赤ちゃんは」
「連れていきます」
「……危なくないですか」
「大丈夫です」
「ぁ!!」
ルナが女性に手を振った。
女性が少し固まった。
固まってから、手を振り返した。
「……かわいいですね」
「そうです」
(どこでもこうなる。)
* * *
森に入った。
確かに大きな森だった。
木が密集していた。
薄暗かった。
音が少なかった。
三人組のリーダーが剣に手をかけながら歩いた。
もう一人が弓を持った。
もう一人が魔法の準備をした。
ミアは普通に歩いた。
ルナはヴァルの背中だった。
「ぁ、ぁ、ぁ」
ルナが木を見ていた。
いつも通りだった。
(この子は場所を選ばない。)
(危険地帯でも関係ない。)
(まあ、ヴァルがいるから大丈夫だ。)
* * *
薬草があった。
セリアが素早く見つけた。
慣れた手つきで摘んだ。
どれが使えるものかを迷わず選んだ。
「セリアって薬草に詳しいんだね」とミアが言った。
「エルフの里で習いました」とセリアが言った。
「そうか」
「先生は薬草わかりますか」
「これが薬草でこれが野草の違いがわからない」
「それで野草のスープを飲んでいたんですね」
「……そうだね」
「食べられる野草を選んでいたのはわたしです」
「ありがとう」
「どういたしまして」
三人組のリーダーが小声で言った。
「……和やかですね」
「そうですか」
「危険地帯なんですが」
「あ、すみません」
(危険地帯だった。)
(忘れていた。)
* * *
気配がした。
ミアが気づいた。
三人組も気づいた。
リーダーが剣を抜いた。
木の向こうから何かが来た。
大きかった。
熊より大きかった。
四本足だった。
頭が二つあった。
(大型魔物だ。)
(目撃情報があったやつだ。)
三人組が構えた。
緊張した空気になった。
ミアは魔物を見た。
ただ、見た。
* * *
魔物が止まった。
ミアを見た。
ミアが見返した。
何もしなかった。
魔法を使わなかった。
剣も出さなかった。
ただ、見た。
魔物が後ずさった。
一歩。
二歩。
三歩。
向きを変えた。
森の奥に戻っていった。
静かに消えた。
* * *
誰も動かなかった。
十秒くらい、全員が静止した。
「……帰りました」とセリアが言った。
「うん」とミアが言った。
「魔物が帰りました」
「うん」
「先生は何もしていません」
「見ただけ」
「……見ただけで帰りました」
「うん」
三人組が固まっていた。
リーダーが剣を持ったまま動かなかった。
(固まってる。)
(驚かせてしまったかもしれない。)
「大丈夫ですか?」とミアが声をかけた。
「……は、はい」
「驚かせましたか」
「……少し」
「すみません」
「……いえ」
リーダーが剣をゆっくりおさめた。
手が少し震えていた。
(震えてる。)
(魔物じゃなくてミアに震えてる。)
(わかった。)
(目立ってしまった。)
* * *
薬草採取を続けた。
その後は魔物が来なかった。
一匹も来なかった。
三人組のリーダーが「不思議なくらい来ませんね」と言った。
(不思議じゃない。)
(さっきのが伝わったんだと思う。)
(そういうものだ。)
「運がいいですね」とミアが言った。
「……そうですね」とリーダーが言った。
(信じていない目だった。)
(まあ仕方ない。)
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
ルナが薬草を見ていた。
摘んでいいか確認しているような顔だった。
「これは駄目」とミアが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「だめだよ」
「ぁ……」
ルナが諦めた。
セリアが摘んでいる別の薬草を見た。
「ぁ!!」
「これはいいです」とセリアが言った。
ルナに一本渡した。
「ぁーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
嬉しそうだった。
薬草をぎゅっとした。
リーダーが小声で言った。
「……かわいいですね」
「そうです」とミアが言った。
「さっきのあれは、一体」
「何がですか」
「魔物が」
「運がよかったんだと思います」
「……そうですか」
(信じていない目だった。)
(仕方ない。)
* * *
森を出た。
薬草が集まった。
依頼分は十分取れた。
三人組の分もあった。
組合に戻って報告した。
受付が言った。
「お疲れ様でした。何事もありませんでしたか」
「ありませんでした」とミアが言った。
「よかったです。あの森は大型魔物が出るので心配していましたが」
「運がよかったです」
三人組が顔を見合わせた。
何も言わなかった。
(目立ってしまった。)
(でも誰も怪我しなかった。)
(依頼は完了した。)
(まあ、いい。)
* * *
組合を出た。
セリアが言った。
「目立ちました」
「わかってる」とミアが言った。
「先生は目立ちたくないと言っていました」
「わかってる」
「見ただけで魔物が帰りました」
「わかってる」
「三人が震えていました」
「わかってる」
「ぁ!!」
ルナが何か言った。
「ルナはわかってないと思う」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(元気だった。)
(わかっていないのに元気だった。)
(まあ、それでいい。)
* * *
夜だった。
野草のスープだった。
硬いパンだった。
ヴァルが今日狩ってきた鳥があった。
少しだけマシだった。
「今日も目立ちたくなかった」とミアが言った。
「はい」とセリアが言った。
「目立った」
「はい」
「見ただけで魔物が帰ったから」
「はい」
「しょうがない?」
「しょうがないと思います」
「……そうだね」
ルナが離乳食を食べていた。
嬉しそうだった。
今日のことは全然関係ない顔だった。
(この子はいつもそうだ。)
(全部関係ない顔をしている。)
(でもちゃんと隣にいる。)
「ぁーーー」
離乳食を食べながらミアを見た。
「何?」
「ぁーーー」
「何か言ってる?」
「おいしいんじゃないですか」とセリアが言った。
「私に言ってる?」
「先生も食べてください、と言ってるんじゃないですか」
「……そう聞こえる?」
「ルナちゃんなので」
(ルナちゃんなので。)
(そういう解釈でいい気がした。)
ミアは野草のスープを飲んだ。
慣れてきた味だった。
悪くなかった。
<続きます>
【次回予告】
ライナーとガルドが偶然通りかかった。
偶然ではなかった。
野草のスープと硬いパンの現場を見た。
二人が絶句した。
「なんで恩人が貧乏旅してる」
ミアは何も言えなかった。
ルナは離乳食を食べていた。




