第44話「ルナ、逃走」
第44話「ルナ、逃走」
町の市場だった。
依頼の帰り道だった。
少し大きな町だった。
市場が立っていた。
「食材を買います」とセリアが言った。
「うん」とミアが言った。
「節約しながら」
「うん」
「野草のスープの野草も補充したいので」
「……うん」
(野草のスープが続いている。)
(慣れてきた。)
(慣れてきたのが少し悲しい。)
「ぁーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが身を乗り出した。
市場を見ていた。
目が輝いていた。
「ルナ、おとなしくしてて」
「ぁ!!」
「おとなしく」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(返事はいい。)
(おとなしくするかどうかは別の話だ。)
* * *
ヴァルの背中から降ろさないことにした。
それが安全だと思った。
ヴァルの背中にいれば逃げられない。
そのはずだった。
セリアが野草を選んでいた。
ミアが値段を見ていた。
ヴァルが……。
「ヴァル」
返事がなかった。
振り返った。
ヴァルがいた。
ルナがいなかった。
「……ヴァル」
「……」
「ルナは」
「……少し目を離した」
「少し?」
「一瞬だ」
「一瞬でいなくなるの??」
「……速くなった」
(速くなった。)
(ハイハイが速くなった。)
(そういえばそうだった。)
(最近特に速くなっていた。)
* * *
探した。
市場は広かった。
人が多かった。
ルナは小さかった。
見つからなかった。
「ルナ!!」
ミアが呼んだ。
返事がなかった。
「ぁ」という声も聞こえなかった。
「どっちに行った?」とミアが言った。
「わからない」とヴァルが言った。
「追跡腕輪は」
ミアは魔石を見た。
光っていなかった。
範囲内にいる。
「この市場の中にはいる」
「ならまだいい」
「よくない!!」
「落ち着け」
「落ち着けない!!」
セリアが野草を持ったまま走ってきた。
「ルナちゃんですか」
「そう!!」
「パン屋の方から歓声が聞こえました」
「パン屋?」
「行きましょう」
* * *
パン屋だった。
人が集まっていた。
輪になっていた。
輪の中心に、ルナがいた。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
パン屋のおじさんがルナにパンの切れ端を差し出していた。
ルナが両手で受け取った。
「かわいいなあ!!」
「どこから来たんだ!!」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが元気よく返事をした。
周りが笑った。
(見つけた。)
(無事だった。)
(パンをもらっていた。)
「ルナ!!」
ミアが輪を割って入った。
ルナがミアを見た。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
嬉しそうだった。
全然反省していなかった。
「脱走しないで」
「ぁ!!」
「だめだって言ってる」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(わかってない。)
(全然わかってない。)
パン屋のおじさんが言った。
「あなたのお子さんですか」
「そうです。すみません、勝手に来てしまって」
「いやあ、かわいくて。パン、持っていってください」
「え、いいですよ」
「ほら、ルナちゃんが食べかけだ」
ルナがパンの切れ端を両手で持っていた。
嬉しそうにしていた。
(脱走してパンをもらっている。)
(なぜか得をしている。)
* * *
ルナを抱き上げた。
安心した。
次の瞬間、ルナがすっと体をひねった。
地面に降りた。
「ちょっと!!」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハイハイで走り出した。
速かった。
あっという間だった。
「速い!!!!!!!!!!!!!!」
「速くなったと言った」とヴァルが言った。
「聞いたよ!! だからって!!」
「追いかけるぞ」
「当然だ!!」
* * *
八百屋だった。
ルナが八百屋の前で止まっていた。
野菜を見ていた。
じっと見ていた。
「ぁ」
人参を見ていた。
オレンジ色だった。
ルナの顔と同じくらいの大きさだった。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
人参に向かって進んだ。
八百屋のおばさんが気づいた。
「あら!! かわいい!!」
「すみません!! うちの子が!!」とミアが叫びながら走った。
「いいよいいよ!! 人参好きなの?」
「ぁーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「好きみたいだねえ!! 一本持っていき!!」
「いや本当にすみません!!」
「持っていき!!」
(また得をしている。)
(脱走するたびに何かもらっている。)
(なぜなんだ。)
* * *
人参を持ったルナを抱き上げた。
今度はしっかり抱えた。
逃がさないようにした。
ルナが人参をぎゅっとした。
「ぁーーー」
「おとなしくして」
「ぁーーー」
「聞いてる?」
「ぁーーー」
(聞いてない。)
(人参が気になって聞いていない。)
セリアが追いついてきた。
息を切らしていた。
「……ルナちゃんの速さは異常です」
「そうだね」
「ハイハイでミアさんより速いです」
「そうだね」
「何かがおかしいです」
「そうだね」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが人参を掲げた。
嬉しそうだった。
(おかしい子だ。)
(でもおかしいのは今に始まったことじゃない。)
* * *
鍛冶屋の前を通った。
通るだけのつもりだった。
鍛冶屋の前に来た瞬間、ルナの目が輝いた。
(あっ。)
「ぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがミアの腕から体をひねった。
「待って!!」
取り落としそうになった。
ヴァルが素早く受け止めた。
「……走るな」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヴァルの背中から鍛冶屋を見ていた。
火花が散っていた。
目が離せないらしかった。
鍛冶屋のおじさんが気づいた。
手を止めた。
ルナを見た。
ルナが見た。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……なんだ、かわいいな」
おじさんが小さい金属の飾りを取り出した。
ルナに差し出した。
ルナが両手で受け取った。
「ぁーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(また何かもらった。)
(今日三回目だ。)
(脱走するたびに何かもらって帰ってくる。)
「……才能がある」とヴァルが言った。
「何の才能だ」とミアが言った。
「わからない。ただ才能がある」
(確かに才能がある。)
(何かはわからない。)
* * *
昼になった。
市場を一通り回った。
セリアが食材を買った。
野草も買った。
ルナはパンと人参と金属の飾りを持っていた。
広場で休憩することにした。
ルナをヴァルの背中に乗せた。
セリアが座った。
ミアが座った。
(疲れた。)
(依頼より疲れた。)
「ぁ……」
気づいたらルナが静かになっていた。
目がとろとろしていた。
人参を抱いたままうとうとしていた。
「眠そう」とミアが言った。
「全力で動いたので」とセリアが言った。
「パン屋・八百屋・鍛冶屋」
「全部全力でした」
「ヴァルのところで止まってくれてよかった」
「私が止めた」とヴァルが言った。
「ありがとう」
「礼は不要だ」
ルナがうとうとしながら人参を離さなかった。
ぎゅっとしたまま眠りに入っていった。
(この子は今日も全力だった。)
(全力で脱走して、全力でもらって、全力で眠る。)
* * *
ミアもうとうとしていた。
気づいたらセリアが「先生」と言っていた。
「なに」
「ルナちゃんがいません」
(また?)
跳び起きた。
ヴァルを見た。
「……また目を離した」
「一瞬?」
「……一瞬だ」
「さっきも一瞬と言った!!」
「速くなったと言っている」
魔石を見た。
光っていなかった。
範囲内にいる。
「近くにはいる!! 探す!!」
* * *
広場の端だった。
木があった。
木の根元に、茂みがあった。
茂みの中に、ルナがいた。
一緒に何かがいた。
茶色くて丸かった。
毛がもふもふしていた。
大きかった。
熊より少し小さかった。
角が生えていた。
(魔物だ。)
ルナがその魔物にくっついていた。
くっついて、眠っていた。
人参を抱いたまま眠っていた。
ぐっすり眠っていた。
魔物も眠っていた。
ルナが来てから眠ったらしかった。
気持ちよさそうだった。
「……」
ミアは何も言えなかった。
セリアが小声で言った。
「魔物と昼寝しています」
「知ってる」
「穏やかな魔物で、よかったです」
「……そうだね」
「ルナちゃんが懐かれたんでしょうか」
「……そうだね」
ヴァルが静かに言った。
「起こすか」
ミアはルナを見た。
ぐっすり眠っていた。
人参を抱いたまま。
魔物にくっついたまま。
穏やかな顔で。
「……もう少しだけ」
「そうか」
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
(全力で動いて、全力で眠る。)
(魔物が相手でも関係ない。)
(この子はそういう子だ。)
野草のスープの夕食が待っていた。
ルナだけ離乳食だった。
<続きます>
【次回予告】
古い遺跡跡を通った。
壁画があった。
月の女神らしき絵だった。
ルナだけが反応した。
ヴァルが少し警戒した。
満月の夜だった。




