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戦火で拾った赤ちゃんを育ててたら戦争が終わったんですけど?  作者: ななぐさ
第二部 「戦火の赤ちゃんと世界のおでかけ」
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42/58

42話「夜泣きと竜と宿の主人」

42話「夜泣きと竜と宿の主人」


 宿に着いた。


 小さな町だった。

 次の依頼地への中継点だった。

 宿が一軒あった。


「泊まれますか」とセリアが宿の主人に聞いた。


「もちろん。何名様で」


「四人と一頭です」


「四人と……一頭」


 主人がヴァルを見た。

 ヴァルは今日は小さかった。

 猫くらいのサイズだった。


「……犬、ですか?」


「竜です」とセリアが言った。


「竜……」


「おとなしいです」


「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ルナがヴァルの頭を両手で挟んでいた。

 ヴァルが「……好きにしろ」と言っていた。


「……おとなしそうですね」


「おとなしいです」


(おとなしい。)

(今は。)


* * *


 部屋に入った。


 二部屋を借りた。

 ミアとルナとヴァルで一部屋。

 セリアで一部屋。


「狭いですね」とセリアが言った。


「安い部屋だから」とミアが言った。


「節約ですね」


「節約」


「ルナちゃんのベッドは?」


 ミアはベッドを見た。

 一つだった。

 大きくなかった。


「一緒に寝る」


「大丈夫ですか」


「大丈夫」


「ルナちゃんが動いても?」


「……大丈夫」


「夜泣きしても?」


「……大丈夫」


(大丈夫じゃないかもしれない。)

(でも大丈夫にする。)


「ぁ」


 ルナが部屋の床を調べ始めた。

 新しい場所だった。

 念入りにやっていた。


* * *


 夕食だった。


 宿の食堂だった。

 野草のスープじゃなかった。

 普通の料理だった。


「今日だけ」とミアが言った。


「はい」とセリアが言った。


「一日くらいはいいかなと思って」


「はい」


「野草のスープが続いてるし」


「はい。先生、顔が死んでいましたので」


「死んでなかった」


「死んでいました」


「ぁーーー」


 ルナが離乳食を食べていた。

 嬉しそうだった。

 毎回嬉しそうだった。


(この子は食事のたびに嬉しそうだ。)

(見ているとこちらも少し嬉しくなる。)


 食堂に他の客が数人いた。

 みんなルナを見た。

 ルナが見返した。


「ぁ!!」


 手を振った。

 客たちが手を振り返した。


(どこに行ってもこうなる。)


* * *


 夜になった。


 ミアはルナをベッドに寝かせた。

 隣に横になった。

 ヴァルが足元で丸くなった。


(今日は依頼が一件終わった。)

(石橋になったけど。)

(まあ終わった。)


 ルナがすやすや眠っていた。

 顔が穏やかだった。

 こういう顔で眠る。

 いつも。


(この顔を見ると、なんとかなると思える。)

(根拠はないけど。)


 ミアも目を閉じた。


* * *


 夜中だった。


「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ミアが起きた。


(夜泣きだ。)


 ルナが泣いていた。

 全力で泣いていた。

 理由はわからなかった。


「ルナ、ルナ、どうした」


「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 抱き上げた。

 背中をさすった。

 揺らした。


 泣き止まなかった。


(夜泣きは理由がわからないことが多い。)

(育児書にそう書いてあった。)

(わかっていても困る。)


「ルナ、ルナ」


「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ヴァルが起き上がった。

 ルナを見た。

 何かを察した顔だった。


「……狭い」


「え?」


「部屋が狭い。ルナが落ち着かない」


「どうすれば」


「広くする」


「広くするって、この部屋は」


 ヴァルが大きくなった。


* * *


 ヴァルが大きくなった。


 猫サイズから、どんどん大きくなった。

 犬サイズになった。

 もっと大きくなった。

 天井に頭がついた。

 壁に背中がついた。


 部屋がヴァルで埋まった。


「ちょっと待ってヴァル」


「ぁーーー」


 ルナの泣き声が少し小さくなった。


「……効いてる?」


「ルナは私の体温が好きだ」とヴァルが言った。


「でも部屋が」


「狭いな」


「狭いって言ったのはヴァルだよ!!」


「ぁ……ぁ……」


 ルナの泣き声がさらに小さくなった。

 ヴァルの体にくっついていた。

 目がとろとろしていた。


(泣き止んでる。)

(泣き止んでるけど。)


 扉が開いた。


 宿の主人だった。

 様子を見に来たらしかった。

 部屋を見た。

 ヴァルを見た。

 天井まで届いている竜を見た。


「…………」


 主人がゆっくり扉を閉めた。


* * *


 しばらくして、廊下でどさっという音がした。


「……腰を抜かしたかもしれません」とセリアが隣の部屋から言った。


「起こしてごめん」とミアが言った。


「夜泣きですか」


「うん。ヴァルが大きくなったら泣き止んだ」


「……それはよかったです」


「主人が倒れたかもしれない」


「明日謝りましょう」


「うん」


「ぁ……」


 ルナがヴァルにくっついたまま眠っていた。

 もう泣いていなかった。

 顔が穏やかだった。


 ヴァルが動かなかった。

 部屋を埋めたまま動かなかった。

 ルナが起きないように。


「……ありがとう」とミアが言った。


「礼は不要だ」とヴァルが言った。


「でも」


「不要だ」


(不要らしい。)

(でも言った。)


* * *


 朝になった。


 セリアが寝不足の顔で起きてきた。


「おはようございます」


「おはよう。ごめん」


「夜泣きは仕方ないです」


「でも」


「仕方ないです」


 セリアの目の下にくまがあった。

 それでも淡々としていた。


(セリアは強い。)


「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ルナが起きた。

 昨夜のことは関係ない顔だった。

 ご機嫌だった。

 全力でご機嫌だった。


(この子は朝に強い。)


* * *


 食堂に降りた。


 主人がいた。

 生きていた。

 少し顔色が悪かった。


「昨夜は申し訳ありませんでした」とミアが言った。


「い、いえ……」


「竜が大きくなってしまって」


「……大きかったですね」


「夜泣きで」


「……赤ちゃんがいたんですね」


「はい」


 主人がルナを見た。

 ルナが主人を見た。


「ぁ!!」


 手を振った。


 主人の顔色が少し戻った。


「……かわいいですね」


「そうです」


「昨夜は驚きましたが……その、竜は、赤ちゃんのために大きくなったんですか」


「そうです」


「……そうですか」


 主人がヴァルを見た。

 ヴァルは今日も猫サイズだった。

 ルナの頭の上に乗っていた。


「……不思議な方々ですね」


「すみません」


「いえ。また来てください」


(また来てください、と言った。)

(昨夜あれだけのことがあったのに。)


「……ありがとうございます」


* * *


 出発の前だった。


 宿の子どもたちが来た。

 三人いた。

 ルナを見に来た。

 主人の子どもたちらしかった。


「赤ちゃんだ」


「かわいい」


「竜もいる!!」


「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」


 ルナが三人に向かって全力でハイハイした。

 三人が逃げた。

 追いかけた。

 捕まえた。


「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「わあ!!」


「つかまれた!!」


「あったかい!!」


 子どもたちがルナを囲んだ。

 ルナが子どもたちを見回した。

 嬉しそうだった。


「また来てね」と一番小さい子が言った。


「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


(来るかどうかはわからない。)

(でも元気よく返事をした。)


* * *


 町を出た。


 セリアがあくびをした。

 一回。

 二回。


「ごめんね」とミアが言った。


「いいです」とセリアが言った。


「寝不足だよね」


「いいです」


「次は夜泣きしないといいけど」


「ルナちゃんのことなので」


「そうだね」


「ぁ……」


 ルナがヴァルの背中でうとうとしていた。

 朝に全力を使い果たしたらしかった。


(この子は強いところと弱いところが極端だ。)

(夜に泣いて、朝に全力で、昼に眠る。)

(それでいい。)

(今はそれでいい。)


 野草のスープの昼食が待っていた。


<続きます>


【次回予告】

元帝国兵と元連邦兵が一緒に畑を耕している村に着いた。

空気がぎこちなかった。

ルナが両方に笑いかけた。

少しずつ何かが動いた。

ミアはその村で、戦争が本当に終わったことを初めて実感した。

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