42話「夜泣きと竜と宿の主人」
42話「夜泣きと竜と宿の主人」
宿に着いた。
小さな町だった。
次の依頼地への中継点だった。
宿が一軒あった。
「泊まれますか」とセリアが宿の主人に聞いた。
「もちろん。何名様で」
「四人と一頭です」
「四人と……一頭」
主人がヴァルを見た。
ヴァルは今日は小さかった。
猫くらいのサイズだった。
「……犬、ですか?」
「竜です」とセリアが言った。
「竜……」
「おとなしいです」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがヴァルの頭を両手で挟んでいた。
ヴァルが「……好きにしろ」と言っていた。
「……おとなしそうですね」
「おとなしいです」
(おとなしい。)
(今は。)
* * *
部屋に入った。
二部屋を借りた。
ミアとルナとヴァルで一部屋。
セリアで一部屋。
「狭いですね」とセリアが言った。
「安い部屋だから」とミアが言った。
「節約ですね」
「節約」
「ルナちゃんのベッドは?」
ミアはベッドを見た。
一つだった。
大きくなかった。
「一緒に寝る」
「大丈夫ですか」
「大丈夫」
「ルナちゃんが動いても?」
「……大丈夫」
「夜泣きしても?」
「……大丈夫」
(大丈夫じゃないかもしれない。)
(でも大丈夫にする。)
「ぁ」
ルナが部屋の床を調べ始めた。
新しい場所だった。
念入りにやっていた。
* * *
夕食だった。
宿の食堂だった。
野草のスープじゃなかった。
普通の料理だった。
「今日だけ」とミアが言った。
「はい」とセリアが言った。
「一日くらいはいいかなと思って」
「はい」
「野草のスープが続いてるし」
「はい。先生、顔が死んでいましたので」
「死んでなかった」
「死んでいました」
「ぁーーー」
ルナが離乳食を食べていた。
嬉しそうだった。
毎回嬉しそうだった。
(この子は食事のたびに嬉しそうだ。)
(見ているとこちらも少し嬉しくなる。)
食堂に他の客が数人いた。
みんなルナを見た。
ルナが見返した。
「ぁ!!」
手を振った。
客たちが手を振り返した。
(どこに行ってもこうなる。)
* * *
夜になった。
ミアはルナをベッドに寝かせた。
隣に横になった。
ヴァルが足元で丸くなった。
(今日は依頼が一件終わった。)
(石橋になったけど。)
(まあ終わった。)
ルナがすやすや眠っていた。
顔が穏やかだった。
こういう顔で眠る。
いつも。
(この顔を見ると、なんとかなると思える。)
(根拠はないけど。)
ミアも目を閉じた。
* * *
夜中だった。
「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ミアが起きた。
(夜泣きだ。)
ルナが泣いていた。
全力で泣いていた。
理由はわからなかった。
「ルナ、ルナ、どうした」
「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
抱き上げた。
背中をさすった。
揺らした。
泣き止まなかった。
(夜泣きは理由がわからないことが多い。)
(育児書にそう書いてあった。)
(わかっていても困る。)
「ルナ、ルナ」
「ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヴァルが起き上がった。
ルナを見た。
何かを察した顔だった。
「……狭い」
「え?」
「部屋が狭い。ルナが落ち着かない」
「どうすれば」
「広くする」
「広くするって、この部屋は」
ヴァルが大きくなった。
* * *
ヴァルが大きくなった。
猫サイズから、どんどん大きくなった。
犬サイズになった。
もっと大きくなった。
天井に頭がついた。
壁に背中がついた。
部屋がヴァルで埋まった。
「ちょっと待ってヴァル」
「ぁーーー」
ルナの泣き声が少し小さくなった。
「……効いてる?」
「ルナは私の体温が好きだ」とヴァルが言った。
「でも部屋が」
「狭いな」
「狭いって言ったのはヴァルだよ!!」
「ぁ……ぁ……」
ルナの泣き声がさらに小さくなった。
ヴァルの体にくっついていた。
目がとろとろしていた。
(泣き止んでる。)
(泣き止んでるけど。)
扉が開いた。
宿の主人だった。
様子を見に来たらしかった。
部屋を見た。
ヴァルを見た。
天井まで届いている竜を見た。
「…………」
主人がゆっくり扉を閉めた。
* * *
しばらくして、廊下でどさっという音がした。
「……腰を抜かしたかもしれません」とセリアが隣の部屋から言った。
「起こしてごめん」とミアが言った。
「夜泣きですか」
「うん。ヴァルが大きくなったら泣き止んだ」
「……それはよかったです」
「主人が倒れたかもしれない」
「明日謝りましょう」
「うん」
「ぁ……」
ルナがヴァルにくっついたまま眠っていた。
もう泣いていなかった。
顔が穏やかだった。
ヴァルが動かなかった。
部屋を埋めたまま動かなかった。
ルナが起きないように。
「……ありがとう」とミアが言った。
「礼は不要だ」とヴァルが言った。
「でも」
「不要だ」
(不要らしい。)
(でも言った。)
* * *
朝になった。
セリアが寝不足の顔で起きてきた。
「おはようございます」
「おはよう。ごめん」
「夜泣きは仕方ないです」
「でも」
「仕方ないです」
セリアの目の下にくまがあった。
それでも淡々としていた。
(セリアは強い。)
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが起きた。
昨夜のことは関係ない顔だった。
ご機嫌だった。
全力でご機嫌だった。
(この子は朝に強い。)
* * *
食堂に降りた。
主人がいた。
生きていた。
少し顔色が悪かった。
「昨夜は申し訳ありませんでした」とミアが言った。
「い、いえ……」
「竜が大きくなってしまって」
「……大きかったですね」
「夜泣きで」
「……赤ちゃんがいたんですね」
「はい」
主人がルナを見た。
ルナが主人を見た。
「ぁ!!」
手を振った。
主人の顔色が少し戻った。
「……かわいいですね」
「そうです」
「昨夜は驚きましたが……その、竜は、赤ちゃんのために大きくなったんですか」
「そうです」
「……そうですか」
主人がヴァルを見た。
ヴァルは今日も猫サイズだった。
ルナの頭の上に乗っていた。
「……不思議な方々ですね」
「すみません」
「いえ。また来てください」
(また来てください、と言った。)
(昨夜あれだけのことがあったのに。)
「……ありがとうございます」
* * *
出発の前だった。
宿の子どもたちが来た。
三人いた。
ルナを見に来た。
主人の子どもたちらしかった。
「赤ちゃんだ」
「かわいい」
「竜もいる!!」
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
ルナが三人に向かって全力でハイハイした。
三人が逃げた。
追いかけた。
捕まえた。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「わあ!!」
「つかまれた!!」
「あったかい!!」
子どもたちがルナを囲んだ。
ルナが子どもたちを見回した。
嬉しそうだった。
「また来てね」と一番小さい子が言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(来るかどうかはわからない。)
(でも元気よく返事をした。)
* * *
町を出た。
セリアがあくびをした。
一回。
二回。
「ごめんね」とミアが言った。
「いいです」とセリアが言った。
「寝不足だよね」
「いいです」
「次は夜泣きしないといいけど」
「ルナちゃんのことなので」
「そうだね」
「ぁ……」
ルナがヴァルの背中でうとうとしていた。
朝に全力を使い果たしたらしかった。
(この子は強いところと弱いところが極端だ。)
(夜に泣いて、朝に全力で、昼に眠る。)
(それでいい。)
(今はそれでいい。)
野草のスープの昼食が待っていた。
<続きます>
【次回予告】
元帝国兵と元連邦兵が一緒に畑を耕している村に着いた。
空気がぎこちなかった。
ルナが両方に笑いかけた。
少しずつ何かが動いた。
ミアはその村で、戦争が本当に終わったことを初めて実感した。




