41話「橋の修理と加減の話」
41話「橋の修理と加減の話」
朝だった。
野草のスープだった。
硬いパンだった。
「……美味しいですね」とセリアが言った。
「そう?」とミアが言った。
「野草のスープは慣れると悪くないです」
「そう」
「硬いパンも噛めば味が出ます」
「そう」
「先生、顔が死んでいます」
「死んでない」
「ぁーーー」
ルナが離乳食を食べていた。
嬉しそうだった。
ルナだけ嬉しそうだった。
(ルナが嬉しそうだからいい。)
(いいことにする。)
* * *
依頼書を確認した。
「橋の修理補助。村の東の川にかかる木橋。老朽化により部分的に崩落。応急処置済みだが本格修理が必要。魔法使いが来てくれると助かる」
「どのくらいの橋ですか」とセリアが言った。
「小さい川だって書いてある。たぶん大したことない」
「加減できますか」
「できる」
「本当に?」
「できるって言ってる」
「……わかりました」
セリアが何か言いたそうな顔をした。
言わなかった。
(なんで言わないんだ。)
(言いたいことがあるなら言ってほしい。)
「ぁ!!」
ルナが出発の気配を察した。
ハイハイで玄関に向かった。
全力だった。
* * *
村に着いた。
小さな村だった。
川沿いにあった。
橋が見えた。
確かに小さかった。
川幅は十歩分くらいだった。
橋は古かった。
真ん中あたりが抜けていた。
応急処置の木材が斜めに渡してあった。
「これくらいなら」とミアが言った。
「加減してください」とセリアが言った。
「してる」
「本当に?」
「してるって」
村人が三人出てきた。
ミアを見た。
ルナを見た。
ヴァルを見た。
ヴァルのところで動きが止まった。
「あの……」
「竜です」とセリアが言った。
「竜……」
「大丈夫です。おとなしいので」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがヴァルの背中から村人に手を振った。
村人の顔が少し戻った。
(ルナがいると大体なんとかなる。)
* * *
橋の前に立った。
ミアは橋を見た。
古い木材。崩落した中央部。応急処置の痕。
(古い部分だけ直せばいい。)
(崩落した箇所に新しい木材を補う。)
(魔法で固定する。)
(それだけだ。)
(加減する。)
魔力を手のひらに集めた。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
(これくらいでいい。)
橋に向けて、静かに魔法を流した。
* * *
少し経った。
「……先生」とセリアが言った。
「なに」
「橋が」
「うん」
「橋が、新しくなっています」
「……うん」
「真ん中だけじゃなくて」
「……うん」
「全部新しくなっています」
「……」
「石造りになっています」
「……」
「欄干もついています」
「……加減した」
「石橋になっています」
「……加減したつもりだった」
村人三人が橋を見ていた。
動かなかった。
橋を見たまま動かなかった。
(木橋だったものが石橋になった。)
(頑丈になった。)
(欄干までついた。)
(加減した結果がこれだった。)
「ぁーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが橋を見て喜んでいた。
(ルナが喜んでる。)
(まあ、いい橋にはなった。)
* * *
村人の一人が口を開いた。
「……これは」
「修理です」とミアが言った。
「修理……」
「木の部分が古かったので」
「石になりましたが」
「丈夫になりました」
「欄干が」
「落ちなくて済みます」
「……百年は持ちますね、これ」
「……たぶん」
村人たちが顔を見合わせた。
しばらく黙った。
代表らしき人が言った。
「ありがとうございます」
「……すみません」
「いえ。ありがとうございます」
(騒然とはしなかった。)
(ただ、三人とも橋をしばらく眺め続けた。)
(何を考えているのかはわからなかった。)
* * *
報酬をもらった。
依頼書通りの金額だった。
セリアが受け取った。
家計簿に書き込んだ。
「……石橋にしたのに依頼通りの報酬でいいの?」とミアが言った。
「依頼書に書いてあった金額ですので」とセリアが言った。
「石橋だよ」
「依頼書には木橋の修理と書いてありました」
「でも石橋になった」
「先生がそうしたので」
「……そうだね」
(石橋にしたのは私だ。)
(加減を間違えたのも私だ。)
セリアが家計簿を閉じた。
「次の依頼に行きましょう」
「うん」
「加減してください」
「……する」
「本当に?」
「……する」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(ルナが同意しているのか否定しているのかわからなかった。)
* * *
川辺で少し休んだ。
ルナをヴァルの背中から降ろした。
草の上に降りた瞬間、犬が来た。
一匹だった。
村の犬らしかった。
茶色かった。
ルナを見た。
ルナが見た。
「ぁ」
ルナがハイハイで近づいた。
犬が近づいた。
鼻を近づけた。
「ぁ!!」
ルナが犬の鼻を触った。
犬が動かなかった。
しっぽが動いた。
* * *
気づいたら犬が増えていた。
三匹になっていた。
五匹になっていた。
気づいたら七匹になっていた。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
ルナが全匹触っていた。
全力で触っていた。
犬たちも全力だった。
しっぽが全部動いていた。
「……どこから来たんだ」とヴァルが言った。
「村中から来てると思います」とセリアが言った。
「なぜ」
「ルナちゃんだからだと思います」
「ぁーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが犬の群れの真ん中でご機嫌だった。
ミアは川を見ながら言った。
「石橋にしたのは失敗だったかな」
「失敗ではないと思います」とセリアが言った。
「でも加減できなかった」
「村の人たちは喜んでいました」
「喜んでたかな」
「橋をずっと眺めていました」
「……そうだね」
川が流れていた。
新しい石橋の下を水が通っていた。
欄干の影が水面に映っていた。
(悪くない橋になった。)
(加減はできなかったけど。)
(まあ、悪くない。)
「ぁーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが犬の群れの中から顔を出した。
ミアを見た。
手を振った。
「何?」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(楽しいと言ってるんだろう。)
(たぶん。)
「そっか」
ミアも少し笑った。
<続きます>
【次回予告】
初めて宿に泊まった。
夜中にルナが泣いた。
ヴァルが大きくなった。
宿の主人が腰を抜かした。
翌朝、宿の子どもたちがルナに会いに来た。
セリアは寝不足だった。




