第40話「先生、お金がありません」
第40話「先生、お金がありません」
食後だった。
セリアが家計簿を持ってきた。
テーブルに置いた。
広げた。
数字が並んでいた。
「……」
ミアが黙った。
「先生」
「……うん」
「見えていますか」
「……見えてる」
赤い数字だった。
全部赤かった。
端から端まで赤かった。
(赤い。)
(全部赤い。)
(こんなに赤かったっけ。)
「テーブルです」とセリアが言った。
「うん」
「以前ガルドさんが来たときに買い替えたやつです」
「うん」
「調印式のミアさんの服代です」
「うん」
「ルナちゃんの服代です。成長が早いので何着も」
「……うん」
「ルナちゃんの離乳食用の道具一式です」
「うん」
「追跡腕輪の魔石の材料費です」
「うん」
「家の修理代です。今回の旅の前後で二回直しました」
「……うん」
「荷物が増えたので鞄を買いました」
「うん」
「細々としたものが積み重なっています」
「……うん」
「合計です」
セリアが一番下の数字を指で示した。
「……」
ミアが固まった。
* * *
ヴァルが向こうから言った。
「働け」
「……うん」
「今すぐ」
「……うん」
「ミア」
「……うん」
「返事が薄い」
「……うん」
(数字を見たまま動けなかった。)
(この数字を見て動ける人間がいるとしたら相当だ。)
「ぁ」
ルナが家計簿を見た。
手を伸ばした。
「だめ」とミアが言った。
「ぁ!!」
「だめ」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「だめ」
「ぁ……」
ルナが諦めた。
ウサギのぬいぐるみを持った。
ぎゅっとした。
(ルナには関係ない話だ。)
(関係ない話なのに何となく申し訳なかった。)
* * *
セリアが家計簿を閉じた。
「整理すると、当面の生活費はあります。ただし余裕がありません」
「どのくらい余裕がない?」
「しばらくは質素にしないといけません」
「しばらくって?」
セリアが少し考えた。
「……一ヶ月以上は」
「一ヶ月」
「以上です」
(一ヶ月以上。)
「食事は?」
「野草のスープと硬いパンで当分やっていけます」
「当分」
「はい」
「野草のスープ」
「はい」
「硬いパン」
「はい」
「……ルナは?」
「ルナちゃんの離乳食はそのままです」
(当然だ。)
(ルナの食事を削るという選択肢は最初からなかった。)
「わかった。私は野草のスープで」
「わたしも野草のスープで」
「ヴァルは?」
ヴァルが言った。
「狩ってくる」
「助かる」
「礼は不要だ」
(助かった。)
(ヴァルがいると多少マシになる。)
* * *
「依頼を受けることにする」とミアが言った。
「魔法の依頼ですか」とセリアが言った。
「うん。戦後復興の支援とかなら今の時期いくつかあると思う」
「目立ちたくないんじゃなかったんですか」
「……目立ちたくない。でもお金がない」
「どちらが大事ですか」
「お金がない方が今は大事」
「正直でよかったです」
セリアが立ち上がった。
棚から薄い冊子を取り出した。
テーブルに置いた。
「何これ」
「出発前に冒険者組合の掲示板から書き写してきました」
「いつの間に」
「先生が荷造りで混乱していた間に」
(混乱していた。)
(あの荷造りは混乱していた。)
(ルナの荷物が多すぎた。)
ミアは冊子を開いた。
依頼が並んでいた。
橋の修理補助、荷物の運搬、結界の点検。
「ルナも連れていく」とミアが言った。
「現場にですか」
「置いていくより連れていく方が安心できる」
「……わかりました」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
さっきまでしょんぼりしていたルナが急に元気になった。
「聞いてたの?」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(聞いてた。)
(ちゃんと聞いてた。)
* * *
夕方だった。
ヴァルが帰ってきた。
鹿を一頭持ってきた。
「でかい」とミアが言った。
「問題ないか」とヴァルが言った。
「問題ない。ありがとう」
「礼は不要だ」
セリアが鹿を見た。
少し考えた。
エプロンをつけた。
「今夜は煮込みにします」
「助かる」
「ルナちゃんの分も少し薄めて出汁を取れます」
「ぁ!!」
ルナが反応した。
匂いで気づいたのかもしれなかった。
ヴァルの周りをハイハイで回り始めた。
「近づくな」とヴァルが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「まだ料理中だ」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……好きにしろ」
ヴァルが折れた。
(鹿一頭に負けたわけじゃなくてルナに負けたんだろう。)
(たぶんそうだろう。)
* * *
夜、煮込みができた。
パンが硬かった。
煮込みはたっぷりだった。
悪くなかった。
「美味しいですね」とセリアが言った。
「うん」とミアが言った。
「硬いパンも煮込みに浸せば」
「うん」
「節約も悪くないですね」
「……そうだね」
ルナが出汁を飲んでいた。
「ぁーーー」と言いながら飲んでいた。
嬉しそうだった。
(この子が嬉しそうなら悪くない。)
(本当に悪くない。)
ヴァルが静かに言った。
「明日から依頼か」
「うん。橋の修理補助から始める」
「ルナも連れていくんだったな」
「うん」
「ぁ!!」
ルナが出汁を飲みながら「ぁ!!」と言った。
嬉しそうだった。
(やっぱり聞いてる。)
(この子はいつも聞いてる。)
月が窓から見えた。
いつもの月だった。
(明日から仕事だ。)
(まあ、やるしかない。)
(ルナも一緒だし。)
<続きます>
【次回予告】
橋の修理補助に行った。
加減を間違えた。
橋が半分新築になった。
村人が騒然とした。
ミアは目立ちたくなかった。
目立った。
ルナは現場の犬に囲まれていた。




