第39話「連邦全土に赤ちゃんの話が広まる」
第39話「連邦全土に赤ちゃんの話が広まる」
連邦王が来た。
朝だった。
正装だった。
側近を連れていなかった。
一人で来た。
「昨夜は申し訳ありませんでした」
「私は何もしてないので」とミアが言った。
「それでも」
「ルナが全部やりました」
「……それでも」
連邦王がルナを見た。
ルナが連邦王を見た。
「ぁ」
連邦王がしゃがんだ。
ルナの前に手を差し出した。
ルナがつかんだ。
「……ありがとうございます、ルナ様」
「ぁ」
短い返事だった。
でもちゃんと返事だった。
連邦王の顔が崩れた。
昨日より深く崩れた。
側近がいなかったせいかもしれなかった。
(側近がいないと崩れ方が違う。)
(人間というのはそういうものかもしれない。)
* * *
ガルドがいた。
部屋の隅に立っていた。
いつの間にいた。
腕を組んでいた。
胸を張っていた。
「さすがミアだ!!」
「だから私は何もしてないって」
「さすがだ!!」
「聞いてる?」
「聞いてる!! さすがだ!!」
(聞いてない。)
ライナーが窓の外を見ながら言った。
「事後処理は連邦側でやっていただけるようで」
「ヴィクト・ドレイクは?」
「身柄を預かっています。詳細はこれから」
「私たちは?」
「関与していないことになっています」
「なってる?」
「……ガルドさんが強くそう主張していました」
ミアはガルドを見た。
「なんで?」
「ミアたちを面倒なことに巻き込みたくなかった!!」
(それは助かる。)
(ガルドが珍しく気を回した。)
「……ありがとう」
「よし!!」
* * *
昼になった。
連邦王と食事をした。
昨日より小さな部屋だった。
人数が少なかった。
連邦王とガルドとミアとセリアとルナとヴァルだった。
料理が並んだ。
ルナの離乳食も並んだ。
連邦王が用意していた。
「昨日聞いた通りに作らせましたが、いかがでしょうか」
ミアはルナの前に置いた。
ルナが見た。
匂いを嗅いだ。
食べた。
「ぁーーー」
「気に入ったようです」とセリアが言った。
「よかった」と連邦王が言った。
本当によかった、という顔だった。
昨夜のことがあった後だからかもしれなかった。
それだけじゃないかもしれなかった。
(この人はルナのことが好きだ。)
(最初に会ったときからそうだった。)
(ウサギのぬいぐるみを贈った人だ。)
ルナが連邦王を見た。
「ぁ!」
「はい」
連邦王が返事をした。
自然に返事をした。
もう慣れていた。
* * *
食事の途中でガルドが言った。
「話が広まっている」
「昨夜の件が?」とミアが言った。
「それは抑えてある。ルナの話だ」
「どこに」
「連邦全土に!!」
「速い」
「昨日の市場の話が広まった!! 街の人間が話した!!」
「どんな話が」
「赤ちゃんがいた!! かわいかった!! 手を振ってくれた!! という話が!!」
(それだけか。)
(それだけで広まったのか。)
「……戦争が終わったから人の話が伝わりやすくなったんだろうな」
「そうだ!!」
「以前は街と街の間に戦線があったから」
「そうだ!! 今はない!!」
連邦王が静かに言った。
「……街道が通るようになりました。人の行き来が増えた。話も一緒に動く」
「それがルナの話になった」
「なりました」
「ぁ」
ルナが何か言った。
自分の話をしているとは思っていない顔だった。
離乳食の続きを食べていた。
* * *
出発の朝だった。
連邦王が見送りに来た。
ガルドが来た。
昨日会った側近たちも来た。
市場のおばさんが来ていた。
なぜか来ていた。
「なんで市場のおばさんが」とミアが言った。
「話が広まった!!」とガルドが言った。
「そういうことか」
「そういうことだ!!」
ルナがヴァルの背中から見回した。
見送りの人たちを見た。
「ぁーーー」
手を振った。
見送りの人たちが、手を振り返した。
おばさんが目を押さえた。
側近の一人が上を向いた。
ガルドが「よし!!」と言った。
(ガルドの「よし!!」はこういうときも使うらしい。)
* * *
連邦王がミアに言った。
「またいつでも来てください」
「ありがとうございます」
「ルナ様が大きくなったら、ぜひまた」
「大きくなっても来るかどうかはルナが決めます」
「……そうですね」
連邦王がルナを見た。
「ルナ様、また来てくれますか」
「ぁ!!」
「……来てくれるそうです」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(元気よく言った。)
(何を言ったかはわからなかった。)
(でも元気よかった。)
連邦王が笑った。
声に出して笑った。
初めて見た。
* * *
森の家に帰ってきた。
変わっていなかった。
出発前と同じだった。
壁も屋根も同じだった。
(帰ってきた。)
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがヴァルの背中から降りた。
地面に降りた。
ハイハイで扉に向かった。
全力だった。
「ルナも帰ってきたのわかってるんだね」とミアが言った。
「わかっているんじゃないですか」とセリアが言った。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
ルナが扉をぺちぺちした。
ミアが扉を開けた。
ルナが中に入った。
すぐに部屋中を確認し始めた。
端から端まで。
念入りに。
(帰ってきた確認をしている。)
(この子はそういう子だ。)
ミアは荷物を置いた。
息を吐いた。
(帝国、連邦。)
(長い旅だった。)
(でも悪くなかった。)
「ぁ」
ルナがミアのそばに戻ってきた。
見上げた。
にこっとした。
「おかえり」
「ぁ」
* * *
夜は静かだった。
旅の疲れで全員早く眠った。
ルナも早く眠った。
珍しかった。
月が出ていた。
森の家の窓から見えた。
いつもの月だった。
(帰ってきた。)
ミアは目を閉じた。
* * *
翌朝だった。
セリアが食事の片付けをしながら言った。
「先生、話があります」
「なに?」とミアが言った。
「食後でいいです」
「今でいいよ」
「……食後の方がいいと思います」
(嫌な予感がした。)
ルナが離乳食を食べていた。
関係ない顔をしていた。
「ぁーーー」
(ルナには関係ない話だ。)
(たぶん。)
ミアは食事を続けた。
セリアの話を、後回しにした。
できるだけ後回しにした。
(嫌な予感がするときは大体当たる。)
<続きます>
【次回予告】
食後になった。
セリアが家計簿を広げた。
数字が並んでいた。
赤い数字が並んでいた。
ミアが固まった。
ヴァルが「働け」と言った。
ルナは関係ない顔をしていた。




