第38話「魔女の推理は大体外れる」
第38話「魔女の推理は大体外れる」
連邦王から話があった。
「視察にご同行いただけますか」
「視察?」とミアが言った。
「連邦各地の領主たちが都に集まっています。和平後の状況確認を兼ねた顔合わせです」
「私が行く必要はあります?」
「ルナ様に、ぜひご同席いただければと」
(ルナが目的だ。)
(正直でいい。)
「……わかりました」
「ぁ」
ルナが返事をした。
聞いていたかどうかはわからなかった。
* * *
大広間だった。
領主たちが並んでいた。
十二人いた。
全員正装だった。
全員にこにこしていた。
ルナが入ってきた瞬間、にこにこが三割増しになった。
「ぁ」
ルナはきょろきょろした。
(人が多い。)
(でも怖がってない。)
(この子は本当に場所を選ばない。)
連邦王が紹介を始めた。
領主たちが次々とルナに挨拶した。
ルナはそのたびに「ぁ!」と返事をした。
領主たちが次々と顔を崩した。
一人だけ、崩れなかった。
* * *
東の領主だった。
五十代。背が高い。白髪交じり。
にこにこしていた。
ずっとにこにこしていた。
目が笑っていなかった。
(気づいた。)
ミアは気づいた。
でも何も言わなかった。
その領主がルナの前に来た。
しゃがんだ。
にこにこしたまま言った。
「かわいいですね、ルナ様」
「ぁ」
ルナが見た。
少し考えた。
ヴァルの背中に顔を埋めた。
(ルナが人見知りをした。)
(初めて見た。)
(ルナが人見知りをする人間がいた。)
領主がすっと立ち上がった。
にこにこしたまま連邦王の方へ戻った。
ガルドがミアの隣に来た。
小声で言った。
「気づいたか」
「うん」
「目だ」
「うん」
「俺は長年の勘だ」
「私はルナの反応で気づいた」
「……ルナの方が早かったな」
「そうだね」
* * *
視察が終わった。
客室に戻った。
ミアは考えた。
(東の領主。)
(名前はヴィクト・ドレイク。)
(東の領地は帝国との国境近く。)
(長年戦争で利益を得ていた地域だ。)
(和平になって困る人間がいるとしたら。)
「……わかった」とミアが言った。
「何がですか」とセリアが言った。
「あの領主の目的」
「聞いてもいいですか」
「連邦王に和平を諦めさせたい。だから視察に紛れ込んで直接説得するつもりだ」
セリアが少し間を置いた。
「……先生」
「なに?」
「それは違います」
「え?」
「直接説得なら目が笑っていない必要がありません」
(あ。)
「……そう言われると」
「もっと直接的な手段を考えていると思います」
(直接的な手段。)
(にこにこしたまま目が笑っていない人間の。)
(直接的な手段。)
「……暗殺?」
「可能性はあります」
「誰を」
「一番効果的な相手を、だと思います」
ミアは考えた。
(一番効果的な相手。)
(和平を主導した人間。)
(それは——)
「連邦王だ」
「おそらく」
(まずい。)
* * *
ミアはもう一度考えた。
(でも待って。)
(私の推理が合ってるとは限らない。)
(さっきも外れた。)
「セリア、私の推理って大体外れてる?」
「大体外れています」
「即答だ」
「経験則です」
「……そう」
「ただ今回は筋が通っています」
「本当に?」
「はい。ただ先生が気づいていない部分がまだあります」
「何?」
セリアが少し考えた。
「……ルナちゃんが何かを知っていると思います」
「ルナが?」
「ぁ」
ルナが返事をした。
また聞いていたかどうかはわからなかった。
* * *
ルナがヴァルの背中から降りた。
床に降りた。
ハイハイを始めた。
部屋の扉の方へ向かった。
「ルナ?」
「ぁ」
扉の前で止まった。
扉をぺちぺちした。
「出たいの?」
「ぁ!!」
「今は夜だよ」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(聞いてない。)
ヴァルが来た。
ルナの前に立った。
ウサギのぬいぐるみを出した。
ルナがウサギを見た。
扉を見た。
ウサギを見た。
扉を見た。
「ぁ……」
扉をもう一度ぺちぺちした。
(今日はウサギより扉の方が気になるらしい。)
ヴァルが静かに言った。
「……ミア」
「何?」
「ルナが気になっているものがある」
「扉でしょ」
「扉の向こうだ」
ミアは扉を見た。
(扉の向こう。)
(この客室の廊下。)
(廊下の先には——)
「……連邦王の部屋がある」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(正解だった。)
(ルナが正解を出した。)
* * *
ミアは扉を開けた。
廊下に出た。
静かだった。
暗かった。
何もなかった。
(何もない。)
(気のせいだったか?)
(ルナの反応を読み違えたか?)
「ぁ!!!!!!!!」
ルナがミアの足元をハイハイで追い越した。
「ちょっと待って」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
廊下を全速力で進んだ。
角を曲がった。
「ルナ!!」
ミアが追いかけた。
セリアが追いかけた。
ヴァルが追いかけた。
角を曲がった先に、人影があった。
* * *
二人いた。
一人は連邦王だった。
寝衣のまま廊下に立っていた。
もう一人は——
東の領主だった。
ヴィクト・ドレイクだった。
何かを持っていた。
手が止まっていた。
止めていたのは、ルナだった。
領主の足元に、ルナがいた。
領主の足をつかんでいた。
両手で。
全力で。
ぺちぺちしていた。
「ぁ!! ぁ!! ぁ!!」
領主が動けなかった。
動けなかった。
手が止まっていた。
目が、笑っていないまま、ルナを見ていた。
* * *
全員が静止した。
五秒くらい、誰も動かなかった。
「……」
領主がゆっくり手を下ろした。
持っていたものを、床に置いた。
ガルドが廊下の向こうから走ってきた。
「何があった!!」
「今来たんですか」とセリアが言った。
「今来た!!」
「ルナちゃんが全部解決していました」
「ルナが!?」
「ぁ!!」
ルナが振り返った。
全員を見た。
にこっとした。
(にこっとした。)
(この状況で。)
* * *
後の話は、ガルドと連邦王がやってくれた。
ミアは客室に戻った。
ルナを抱いた。
「……よくやった」
「ぁ」
「怖くなかった?」
「ぁ」
(怖くなかったんだろう。)
(この子はそういう子だ。)
セリアが言った。
「先生の推理は合ってましたよ」
「半分は外れてた」
「半分は合っていました」
「ルナの方が全部合ってた」
「……そうですね」
「私の推理は大体外れる」
「経験則です」
「そうだね」
ヴァルが静かに言った。
「結果が良ければいい」
「そう?」
「そうだ」
「ぁ」
ルナが同意した。
(そういうことにしておく。)
* * *
翌朝、ガルドが来た。
「連邦王が礼を言いたいと!!」
「昨日の話ですか」
「そうだ!! さすがミアだと!!」
「私はほとんど何もしてない」
「言うな!!」
「なんで」
「言わなくていい!!」
(言わなくていいらしい。)
「ぁ」
ルナが何か言った。
意味はわからなかった。
でも同意しているような気がした。
<続きます>
【次回予告】
連邦王がお礼を言いに来た。
ルナが足をつかんだ。
連邦王の顔が崩れた。
ガルドが「さすがミア!!」と言った。
ミアは何もしていなかった。
連邦全土にルナの話が広まり始めた。




