第37話「連邦の街とルナと泣きそうな騎士団長」
第37話「連邦の街とルナと泣きそうな騎士団長」
朝、ガルドが来た。
セリアの予告通りだった。
ミアが起きる前だった。
セリアの予告通りだった。
「よし!! 街を案内するぞ!!」
「おはようございます」とミアが言った。
「おはよう!!」
「何時だと思ってますか」
「早い時間だ!!」
「知ってます」
「早起きは得だ!!」
「ルナがまだ寝てます」
ガルドが止まった。
「……そうか」
「そうです」
「待つ」
「どこで?」
「ここで!!」
(ドアの前で待つつもりだ。)
ミアはため息をついた。
ヴァルが部屋の隅で目を開けた。
「言っただろう」
「聞かないとは思ってた」
「聞かない」
* * *
ルナが起きた。
「ぁ!!!!!!!!!!」
ドア越しにガルドの気配を察知した。
ハイハイで扉に向かった。
全力だった。
(この子のガルドへの反応速度は何なんだ。)
扉を開けたらガルドが正座していた。
廊下で正座していた。
待っていた。
「よし!! 起きたか!!」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがガルドに突撃した。
ガルドが受け止めた。
高く持ち上げた。
「でかくなったな!!!!!!!!」
「ぁーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
(毎回言ってる。)
(毎回ルナも喜んでる。)
* * *
街に出た。
連邦の都の大通りだった。
朝市が立っていた。
野菜と果物と布が並んでいた。
人が多かった。
ルナがヴァルの背中から顔を出した。
きょろきょろした。
「ぁ」
小さい声だった。
珍しく小さい声だった。
(人が多いから緊張してる?)
ミアはルナの背中をそっと撫でた。
ルナがミアを見た。
「ぁ」
(大丈夫と言ってる気がした。)
(気のせいかもしれない。)
(でも大丈夫そうだった。)
* * *
最初に気づいたのは果物屋のおばさんだった。
「あら」
ルナと目が合った。
ルナが見た。
「ぁ」
おばさんが止まった。
隣の布屋のおじさんが気づいた。
通りかかった子どもが気づいた。
子どもの親が気づいた。
少しずつ、人が集まってきた。
誰も近づかなかった。
でも見ていた。
みんな同じ顔をしていた。
(あの顔だ。)
(帝国でも見た顔だ。)
「……有名になってる」とミアが言った。
「なってる!!」とガルドが言った。
「ガルドが広めた?」
「広めた!!」
(正直すぎる。)
* * *
ルナが果物屋のおばさんをじっと見た。
おばさんが動かなかった。
ルナがヴァルの背中から身を乗り出した。
「ぁ!!」
おばさんに向かって手を伸ばした。
おばさんが、ゆっくりルナの手に指を近づけた。
ルナがつかんだ。
「……あらあら」
おばさんの顔が崩れた。
隣のおじさんの顔も崩れた。
子どもが「わー!!」と声を上げた。
(こうなる。)
(いつもこうなる。)
ガルドが後ろで何か言った。
振り返ったら目を押さえていた。
「ガルド?」
「……目に何か入った」
「何か入りましたか」
「入った!! 風が強い!!」
「風は吹いていませんが」とセリアが言った。
「吹いてる!!!!」
(泣きそうだ。)
(泣きそうなのに声がでかい。)
* * *
ライナーがいた。
気づいたらいた。
大通りの端に立っていた。
自然に立っていた。
最初からいたような顔をしていた。
「いつの間に」とミアが言った。
「情報収集は仕事のうちです」とライナーが言った。
「どこから来たんですか」
「少し前から」
「帝国から馬車で来たんですよね」
「ええ」
「何時間かかりましたか」
「……それなりに」
「急いで来ましたか」
ライナーが少し間を置いた。
「……それなりに」
(急いで来た。)
(絶対急いで来た。)
ルナがライナーに気づいた。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
ヴァルの背中から落ちそうになった。
「落ちるな」とヴァルが言った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!」
ライナーが歩いてきた。
ルナの前に来た。
しゃがんだ。
「お久しぶりです、ルナ様」
「ぁーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナがライナーの顔を両手でぺちぺちした。
ライナーの顔が崩れた。
一瞬だった。
すぐ戻した。
でも崩れた。
(見た。)
(ちゃんと見た。)
* * *
市場を歩いた。
ガルドが先頭で案内した。
ライナーが自然についてきた。
セリアが荷物を持った。
ヴァルがルナを乗せて歩いた。
ミアがその後ろを歩いた。
通り沿いの人たちが見ていた。
誰も騒がなかった。
でも全員見ていた。
八百屋の前を通ったとき、おじいさんが帽子を取った。
豆屋の前を通ったとき、若い兵士が背筋を伸ばした。
靴屋の前を通ったとき、子どもが「あの子だ」と小声で言った。
(みんな知ってる。)
(ルナのことを知ってる。)
ルナは関係なかった。
きょろきょろしていた。
全部珍しそうに見ていた。
帽子を取ったおじいさんにも「ぁ!」と手を振った。
おじいさんが帽子を胸に当てたまま固まった。
* * *
昼になった。
広場の端で休んだ。
セリアが水を出した。
ルナが地面に降りた。
すぐハイハイを始めた。
「ぁ、ぁ、ぁ」
石畳を調べていた。
「石畳も調べるんですね」とセリアが言った。
「どこでも調べる」とミアが言った。
「習慣ですか」
「わからない」
「聞きましたか」
「聞いたら『ぁ!!』と言われた」
「……なるほど」
ガルドが隣に座った。
「今日はどうだった」
「街の人たちがみんなルナを知ってた」
「そうだ!! 有名だ!!」
「それはガルドのせいだけじゃないと思うけど」
「調印式のときに広まった!! 『あの赤ちゃんがいる!!』ってなった!!」
(調印式のルナはウサギを掲げていた。)
(あれが広まったのか。)
「……ルナが戦争を終わらせたみたいになってる?」
「なってる!!」
「ルナは何もしてない」
「していない!! でもなってる!!」
ガルドが少し声を落とした。
「……していないのに、なってる。それでいいと思ってる」
「え?」
「ルナがいたから、みんなが思い出した。そういうことだと思ってる」
(ガルドが珍しくまともなことを言った。)
(珍しすぎて少し戸惑った。)
「……そうだね」
「よし!!」
(戻った。)
* * *
帰り際、ライナーが言った。
「明日も街に出る予定はありますか」
「なんで?」
「情報収集は」
「仕事のうち?」
「……ええ」
「明日も来るの?」
「それなりに」
(来る。)
(絶対来る。)
ルナがライナーの足元に来た。
見上げた。
「ぁー」
「はい」
ライナーがルナに手を差し出した。
ルナがつかんだ。
そのまま引っ張った。
「……どちらへ」
「ぁ!!」
「ヴァルの方向ですが」
「ぁ!!!!!!」
ライナーが引っ張られながら歩いた。
顔が少し崩れていた。
(見た。)
(また見た。)
ミアは何も言わなかった。
* * *
夜。
セリアが言った。
「今日は楽しかったですか」
「うん」
「ルナちゃんも楽しそうでしたね」
「そうだね」
「街の人たちも楽しそうでした」
「……みんな同じ顔してたね」
「どんな顔ですか」
ミアは少し考えた。
「ルナを見て、懐かしいものを見る顔」
「懐かしい?」
「なんだろう。うまく言えない」
セリアが少し考えた。
「……平和な顔、かもしれません」
(そうかもしれない。)
(ずっと戦争をしていた人たちの顔だ。)
(ルナを見るときだけ、戦争じゃない顔になる。)
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
(今日も楽しかったといい。)
(明日も楽しいといい。)
「おやすみ、ルナ」
「ぁ……」
連邦の夜は静かだった。
<続きます>
【次回予告】
連邦の視察があった。
領主が来た。
にこにこしていた。
でも目が笑っていなかった。
ガルドが気づいた。
ミアも気づいた。
ミアが推理を始めた。
セリアが「先生、それは違います」と言った。
なぜかルナが正解に近づいていった。




