第36話「連邦の騎士団長は馬より速い」
第36話「連邦の騎士団長は馬より速い」
ヴァルが連邦の都に降りた。
城門の前に着いた瞬間、外から声がした。
「来たか!!!!!!!!」
「うわ」とミアが言った。
「ガルドさんです」とセリアが言った。
「知ってる」
「……先ほどまで帝国にいませんでしたか」
「知ってる」
ライナーが静かに言った。
「帝国を発つ前、ガルドさんにヴァルに乗っていかないかと声をかけたんです」
「断られた?」
「『先に行って歓迎の準備をしないといけないからな!!』と言って走っていきました」
「……準備は?」
「息を切らして立っていますね」
(準備はなかった。)
(たぶん最初からなかった。)
* * *
ガルドが立っていた。
正装だった。
騎士団長の礼服を着ていた。
きちんと整えていた。
全部台無しにするくらい息を切らしていた。
「来たか!!」
「準備できてますか」
「できてる!!」
「何の準備ですか」
「……歓迎の!!」
「歓迎の準備とは」
「来たか!!という準備だ!!」
(できてた。)
(その準備はできてた。)
ルナと目が合った。
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
(喜んでる。)
ルナがガルドに向かって高速ハイハイを始めた。
地面に降りた瞬間から全力だった。
「来た来た来た!! よし!! よしよし!!」
* * *
城の入口に連邦王が立っていた。
正装だった。
整えていた。
側近を六人連れていた。
でも口元が少し動いていた。
(笑いをこらえている。)
ミアは気づいたが何も言わなかった。
「ミア殿、ルナ様。連邦へようこそ」
「お招きありがとうございます」
「ぁー」
ルナが連邦王を見上げた。
少し考えた。
ハイハイで近づいた。
「ぁ!」
連邦王の足元で、ルナが足をつかんだ。
「……」
連邦王が動かなかった。
側近たちも動かなかった。
全員静止した。
「ぁ! ぁ!!」
ルナが足を両手でぺちぺちした。
「……ルナ様は」と連邦王がゆっくり言った。
「はい」
「大きくなられましたね」
「そうですね」
「最後にお会いしたときより……ハイハイが……」
「速くなりました」
「……そうですね」
連邦王の表情が、少しずつ崩れ始めた。
(こうなる。)
(いつもこうなる。)
* * *
客室に案内された。
部屋に入った瞬間、セリアが言った。
「広いですね」
「帝国の客室と広さを競っているらしい」とライナーが言った。
「いつの間に隣にいたんですか」
「先ほど合流しました。帝国からの報告書をお届けに」
「遺跡の件ですか」
「学者の方々から山のような所見が届いており……ミア殿のご確認もいずれお願いしたく」
「やめてください」
「ご確認だけで構いません」
「山のような所見のやめてください」
「善処します」
(善処しないやつだ。)
ミアは荷物を置いた。
ルナが部屋の床を調べ始めていた。
新しい場所に来るたびにやる。
念入りにやる。
「ぁ、ぁ、ぁ」
床を一区画ずつ手のひらで確かめながら進んでいる。
(何を確かめてるんだろう。)
聞いたことがあった。
聞いた瞬間「ぁ!!」と返事をされた。
意味はわからなかった。
* * *
夕食だった。
広間に案内された。
連邦王と、側近数人と、ガルドがいた。
ガルドはもう私服に戻っていた。
速かった。
「正装は苦手なのか?」とミアが聞いた。
「苦手だ!!」
「正直だ」
「正直が取り柄だ!!」
料理が並んだ。
連邦の料理だった。
いい匂いがした。
「ルナ様のお食事も用意しました」と連邦王が言った。
「ありがとうございます。でもルナはまだ」
「離乳食の段階ということは存じております」
「……調べた?」
「ガルドから情報収集を」
ミアはガルドを見た。
「話したのか?」
「話した!! 離乳食に詳しくなった!!」
(連邦王が離乳食に詳しくなっている。)
「ルナ様のお食事は別室でご準備を、と思っていましたが……」
「一緒でいいです。いつも一緒に食べてるので」
「そうですか」
連邦王がルナを見た。
ルナが連邦王を見た。
「ぁ」
「……はい」
連邦王が返事をした。
(返事をした。)
* * *
食事の途中で、ルナが脱走した。
「あっ」とミアが言った。
テーブルの下をハイハイで抜け出していた。
速かった。
音がしなかった。
「ルナ」
「ぁ」
広間の端の方で柱を調べていた。
(この子はどこに行っても調べる。)
ガルドが椅子から立ち上がった。
「追うか!?」
「いいです。ヴァルが見てる」
ヴァルが柱の横でルナの後ろについていた。
ルナがヴァルを見た。
「ぁ!」
ヴァルに抱きついた。
「……好きにしろ」
ヴァルがため息をついた。
でも動かなかった。
* * *
食事が終わった。
ルナが戻ってきた。
自分で戻ってきた。
ハイハイでテーブルのそばまで来た。
ミアの足元で止まった。
見上げた。
「ぁー」
「おかえり」
「ぁ」
短い返事だった。
連邦王が静かに言った。
「……帰ってくるんですね」
「はい。最近は割と」
「以前は」
「以前は色々」
「ガルドから聞きました」
「ガルドが喋りすぎです」
「よし!!」とガルドが言った。
(何がよしなんだ。)
* * *
夜。
客室でセリアが言った。
「ガルドさん、明日も来るつもりだと思います」
「そうだね」
「朝から来ると思います」
「そうだね」
「早い時間に来ると思います」
「わかった」
「先生が起きる前に来ると思います」
「……対策ある?」
「ヴァルさんに頼んでドアの前で待機してもらえば」
「ヴァルが嫌がると思う」
「ルナちゃんのためと言えば」
「聞くかもしれない」
ヴァルが向こうから言った。
「聞かない」
(聞いてた。)
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
新しい場所でも関係ない顔で眠っていた。
(この子は強い。)
(場所を選ばない。)
(人を選ばない。)
(でもちゃんと帰ってくる。)
ミアは毛布を直した。
「おやすみ、ルナ」
「ぁ……」
外から虫の声がした。
帝国より少し違う音だった。
<続きます>
【次回予告】
連邦の街に出ることになった。
ガルドが案内すると言った。
街の人たちがルナを見た。
ルナが街の人たちを見た。
ガルドが泣きそうになった。
ライナーが「情報収集は仕事のうち」と言いながらついてきた。
どこからついてきたのかは誰も聞かなかった。




