第35話「魔女は本気を出さない」
第35話「魔女は本気を出さない」
学者が十四人になっていた。
「増えてる」とミアが言った。
「問い合わせが止まらなかったので」とライナーが言った。
「十四人、遺跡に入れるの?」
「……交代制にする予定でしたが、全員同時に入りたいとおっしゃっていまして」
「全員で?」
「全員で」
(遺跡の中、そんなに広くなかったよね。)
ミアは何も言わなかった。
学者たちを見た。
みんな目が輝いていた。
止まらない顔だった。
(学者というのはこういうものなのかもしれない。)
* * *
ルナは連れていかないことにした。
「ヴァルと一緒に客室にいて」
「ぁ!!!!」
「遺跡はだめ。昨日みたいになる」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(わかってて言ってる。)
ミアはヴァルを見た。
「頼んでいい?」
「わかっている」
ヴァルが尻尾でルナの前に壁を作った。
ルナが尻尾をつかんだ。
引っ張り始めた。
「……引っ張るな」
「ぁ!!!!」
(大丈夫そうだ。)
* * *
地下に降りた。
ミアとセリア、ライナーとガルド、帝国王、そして学者十四人。
通路が狭かった。
縦長の行列になった。
「……狭いですね」とセリアが小声で言った。
「うん」とミアが小声で返した。
「学者の方々は平気そうですね」
「うん」
前の方から「これを見ろ」「この文様が」「いや待てこちらだ」という声が聞こえてくる。
狭い通路なのに誰も気にしていない。
(本当に学者というのはこういうものなのかもしれない。)
* * *
一番奥の部屋に全員が入った。
台座を囲むように学者たちが広がった。
メモを取る人、文字を書き写す人、壁に顔を近づける人。
思い思いに動き回っている。
ミアは部屋の端に立って、それを眺めた。
(昨日より人が多い。)
(昨日は光って止まった。)
(今日は……どうだろう。)
何かが引っかかっていた。
うまく言葉にできなかった。
「ミアさん」とセリアが小声で言った。
「なに?」
「台座の前の学者さんが触れようとしています」
(あっ。)
* * *
台座が光った。
昨日より、速かった。
線が走った。柱が光った。床まで模様が広がった。
ここまでは昨日と同じだった。
違ったのは、その先だった。
台座の上に、何かが形成され始めた。
光が集まる。球体になる。大きくなる。
「なんだ」とガルドが言った。
「わかりません」とライナーが言った。
「止める方法は」
「わかりません」
「昨日はルナが触れて止まったのか!?」
「……止まったというか、自然に収まったというか」
「どっちだ!!」
「わかりません!!」
学者たちが台座から離れた。
さすがに離れた。
でも目は輝いていた。
メモを取り続けていた。
(メモを取る場合じゃないと思うけど。)
光の球体が、天井まで届いた。
部屋全体が白く染まった。
圧力のようなものが広がり始めた。
「ミア殿」とライナーが言った。
「わかってる」
* * *
ミアは前に出た。
(本気は出さない。)
(出す必要もない。たぶん。)
(制限したままで止められる。)
魔力を手のひらに集めた。
普段より少し多め。でも全力には程遠い。
(この程度で止まれ。)
光の球体に向かって、静かに魔力を押し当てた。
球体が揺れた。
揺れた。
揺れた。
(硬い。)
ミアはもう少し力を込めた。
まだ制限内。
(止まれ。)
球体が縮み始めた。
ゆっくりと。少しずつ。
台座の文字が明滅した。
柱の光が揺らいだ。
止まった。
部屋が、静かになった。
* * *
誰も動かなかった。
五秒くらい、全員が静止した。
「……止まった?」とガルドが言った。
「止まったようです」とライナーが言った。
「ミアが止めたのか?」
「そのようです」
「すごい!!」
「声が響きますので少し抑えてください」
「すまん!!」
全然抑えていなかった。
ミアは手のひらを見た。
少し痺れている。そこそこ硬かった。
でも問題はない。
(制限しながらでも止められた。)
(まあ、この程度は止められないと困る。)
セリアが隣に来た。
「大丈夫ですか」
「うん。平気」
「……本気じゃないんですよね」
「全然」
「そうですか」
セリアが前を向いた。
学者たちを見た。
「あの、学者の方々が……」
「え?」
* * *
学者たちが全員ミアを見ていた。
メモを持ったまま。
目が輝いていた。
さっきと全然違う方向で。
「今の魔力操作は……」
「術式を使わずに直接制御を……」
「しかも制限している……? 本来の出力は……」
(あ、これはまずい。)
「えっと」
「いや待て制限しているということは本来の魔力量が……」
「あの」
「帝国でこれほどの魔力保有者は前例が……」
「ちょっと」
「術式なしでの直接制御はどのように習得を……」
「順番に話してください!!」
学者十四人が一斉に質問を始めた。
ミアの周りを囲んだ。
全員同時に喋っていた。
全員目が輝いていた。
(遺跡より私の方が珍しいのか!?)
* * *
廊下の方で、大きな音がした。
全員が振り返った。
ライナーが書類を落としていた。
足元に書類が散らばっていた。
ライナーは動かなかった。
台座の跡を、静かに見ていた。
「ライナーさん?」
「……失礼しました」
ライナーがゆっくり書類を拾い始めた。
「大丈夫ですか」
「問題ありません。驚いただけです」
「何に?」
ライナーは一瞬、ミアを見た。
「……ミア殿の魔力制御に、です」
(ライナーさんが驚いた。)
ライナーは普段驚いた顔をしない。
それがわずかに崩れていた。
(そんなに珍しかっただろうか。)
ミアには自分のことがよくわからなかった。
* * *
地上に戻った。
「よし!!」
出口でガルドが言った。
「何がよしなんですか」とセリアが言った。
「無事に戻ってきた!!」
「ミアさんが止めてくれただけですが」
「それがよし!! ミアはすごい!!」
「……ありがとう」
ミアは少し照れた。
ガルドに照れさせられるとは思っていなかった。
帝国王が静かに言った。
「……帝国として、ミア殿に礼を言わなければならない」
「いいですよ、別に。遺跡が暴れたのはこっちの都合で来てたわけじゃないし」
「それでも」
「……そういう顔でお礼を言われると困ります」
「慣れてください」
(慣れられない。)
* * *
客室に戻ると、ルナがヴァルの尻尾を枕にして眠っていた。
(眠ってる。)
ヴァルが目を開けた。
「無事か」
「うん。止められた」
「そうか」
「台座が暴れた。制限しながらで間に合った」
「……何が動いていた」
「光の球体みたいなもの。圧力があった」
ヴァルが静かに考えた。
「……ルナを連れていかなくてよかった」
「そうだね」
「ルナが触れたらどうなっていたか、わからない」
(また起動したかもしれない。)
(もっと大きく。)
「学者たちがちゃんと調べてくれると思う」
「あの目の輝きか」
「知ってたの?」
「顔を見ればわかる」
ヴァルが尻尾を動かさずに目を閉じた。
ルナが気持ちよさそうに眠っていた。
「ぁ……」
寝言だった。
(楽しい夢を見ているといい。)
* * *
夜。
セリアが言った。
「先生、今日は本気を出さなかったんですよね」
「うん。全然」
「学者の方々がすごく興奮していましたよ」
「……気づいてた」
「制限しながらあれだけの制御ができる人間は見たことがないって言ってました」
「そういうもの?」
「そういうものらしいです」
ミアは少し考えた。
(自分では普通だと思っていた。)
(でも普通ではないのかもしれない。)
(よくわからない。)
「……目立ちたくなかったんだけど」
「目立ちましたね」
「そうだね」
「帝国全土に話が広まるかもしれません」
「やめて」
「もう広まっているかもしれません」
「やめてください」
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
「……ルナも広まってるよね、もう」
「ルナちゃんは先日の庭の一件で既に。侍女の方々が話していました」
「庭師の子どもが話したのかな」
「おそらく」
ミアは天井を見た。
(目立ちたくなかった。)
(でも、まあ。)
(ルナが元気ならいい。)
「おやすみ、ルナ」
「ぁ……」
月が出ていた。
昨日よりまた、細くなっていた。
<続きます>
【次回予告】
帝国を出ることになった。
帝国王が見送りに来た。
ライナーが手土産を持ってきた。
ガルドも手土産を持ってきた。
被った。
二人が顔を見合わせた。
ルナは気にしていなかった。
両方もらった。
次は連邦だった。




