第33話「古代遺跡とルナの手」
第33話「古代遺跡とルナの手」
ガルドは元気だった。
「昨日着いたぞ!!」
「昨日でよかったんですか」とセリアが言った。
「連邦から帝国まで自分の足で来た。当然だ!!」
「馬では来なかったんですか」
「馬より俺の方が早い」
(本当に思ってる顔だ。)
ミアは朝食のスープをすすりながら、ガルドを眺めた。
昨日の夜中に着いて、王宮の客室を一つ使ったらしい。
帝国側は特に驚いた様子もなく受け入れていた。
慣れてきているのかもしれない。
「ぁ!!!!」
ルナがガルドに向かってハイハイで突撃した。
ガルドが膝をついて両腕を広げた。
「よし!! 来い!!」
ルナが突っ込んだ。
ガルドが受け止めた。
ルナがガルドの顔をぺちんと叩いた。
「よし!!」
(なんで嬉しそうなんだ。)
* * *
食後、ライナーが言った。
「本日は、地下遺跡のご案内を予定しております」
「遺跡?」とミアが言った。
「王宮の地下に、古い遺構が残っております。以前から存在は知られていましたが、学者以外はほとんど立ち入らない場所です。せっかくの機会ですので」
「おもしろそうだな!!」とガルドが言った。
「……ガルド様にも声をかけるべきでしたか」
「来ていいか!?」
「……構いません」
ライナーが少し目を閉じた。
こういうとき、ライナーは何かを諦めた顔をする。
(慣れてきているのかもしれない。)
* * *
地下への階段は、王宮の端にあった。
石造りの通路。壁に燭台が並んでいる。空気がひんやりしている。
先導するライナーの後ろに、帝国王、ミア、セリア、ガルド、ヴァルが続いた。
ミアはルナを抱えていた。
(ここでハイハイされたら困る。)
石畳の継ぎ目が古い。壁の石が黒ずんでいる。
どのくらい前に作られたものか、見当もつかなかった。
「どのくらい古いんですか」とセリアが聞いた。
「はっきりとはわかっていません。数百年前、という説が有力ですが」とライナーが言った。
「何のために作られたんですか」
「それも、わかっていません。祭祀の場という説と、貯蔵庫という説があります」
「……どちらもあいまいですね」
「遺跡とはそういうものです」
「ぁー」とルナが言った。
(ルナも感想がある。)
* * *
遺跡の中は、思ったより広かった。
大きな石の部屋がいくつかつながっていた。
天井が高い。柱に古い彫刻が施されている。
何かの文字が刻まれているが、読めなかった。
「この文字は?」とミアが聞いた。
「解読されていません」とライナーが言った。
「誰も読めないの?」
「帝国の学者が何人か試みましたが、対応する言語が見つかっていないそうです」
(知らない文字だ。)
ミアは壁に近づいた。
細かく、びっしりと刻まれている。
絵のようにも見えるし、文字のようにも見えた。
「……きれいだな」
「ぁー」
ルナが壁に手を伸ばした。
「ルナ、触らないよ」
「ぁ!!」
(触りたいらしい。)
ミアはルナを壁から離した。
* * *
一番奥の部屋は、他より広かった。
中央に、台座のようなものがあった。
石でできた、低い台。何も載っていない。
台座の周りに、床から天井まで伸びる柱が六本立っていた。
柱にも文字が刻まれていた。
「この台座は何ですか」とセリアが聞いた。
「わかりません」とライナーが言った。
「わからないことが多いですね」
「遺跡とはそういうものです」
ガルドが台座の周りをぐるぐると歩き始めた。
「でかいな!!」
「声が響きますので少し抑えてください」
「すまん!!」
(全然抑えていない。)
帝国王が台座の前に立ち、静かに眺めた。
「……私が若い頃に一度来たことがある。その頃からここは変わっていない」
「何百年も変わっていないということですか」とセリアが言った。
「そうなるな」
(何百年。)
ミアは台座を見た。
何かが引っかかった。
うまく言葉にできなかった。
(……なんだろう。)
* * *
そのとき、ルナが動いた。
ミアの腕の中で身をよじり、台座の方に手を伸ばした。
「ルナ、だめだよ」
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!」
今日一番の声だった。
(触りたい。絶対に触りたい。)
ルナは諦めなかった。
手を伸ばし続けた。体を前に倒そうとした。落ちそうになった。
「ルナ!!」
ミアが体勢を立て直した瞬間、ルナの指先が台座に触れた。
一瞬だった。
台座が、光った。
* * *
誰も動かなかった。
柱の文字が、薄く青白く光っている。
台座の表面に、光の線が走っている。
広がっていく。床まで伸びていく。
「……なにが」
ミアの声が、小さかった。
部屋全体が、ゆっくりと震えた。
天井から細かい砂が落ちた。
燭台の炎が、揺れた。
「ぁ!!」
ルナが嬉しそうに声を上げた。
(嬉しそうにしてる場合じゃない!!)
帝国王が台座を見た。
長年政治的判断をしてきた目から、みるみる血の気が引いた。
「……ライナー」
「はい」
「これは」
「……わかりません」
二人の声が、珍しく同じ温度だった。
震えが、続いていた。
* * *
ミアは状況を整理した。
台座が光っている。
柱が光っている。
床に光の模様が広がっている。
建物が揺れている。
ルナが嬉しそうにしている。
ヴァルが台座を静かに見ている。
(ヴァルが慌てていない。)
それだけが、少し落ち着く材料だった。
「ヴァル」
「なんだ」
「危険?」
ヴァルは台座を見たまま、少し間を置いた。
「……今すぐ死ぬ危険はない」
「今すぐじゃない危険はある?」
「……わからない」
(ない、とは言わなかった。)
ミアはルナをしっかり抱え直した。
光が、まだ広がっていた。
* * *
ガルドが台座の前に立った。
「どうすれば止まる!?」
「わかりません」とライナーが言った。
「触れば止まるか!?」
「触って始まったんですが」
「……そうだな!!」
帝国王が台座に近づいた。
「陛下、危険ですので」
「構わない」
「いや、構います」
ライナーがさりげなく帝国王の前に立った。
その間もミアはヴァルを見ていた。
ヴァルの耳が、わずかに動いた。
何かを聞いている顔だった。
(ヴァルには何かわかっている。)
「ヴァル、何か感じる?」
「……古い、な」
「古い?」
「この場所の作りが、ひどく古い。知っている様式ではない」
「それは遺跡だからでは」
「そうではなく」
ヴァルがミアを見た。
「竜族の記憶にも、ない様式だ」
(竜族の記憶にもない。)
ミアは台座を見た。
光がじわじわと広がり続けている。
天井までまだ届いていない。
(まだ時間はある。)
「セリア、出口を確認して」
「わかりました」
「ガルド、陛下の近くにいて」
「よし!!」
「ライナーさんは今のまま」
「承知しました」
ミアはヴァルに近づいた。
ルナを片腕で抱えたまま、台座の前に立った。
(何かを起動した。)
(わからないものを。)
(ルナが触れて。)
「ぁー」
ルナが台座に向かって手を伸ばした。
ミアがその手をそっと包んだ。
「……もう触らないよ」
「ぁ」
(わかってるのかわかってないのか。)
* * *
光が、止まった。
台座の表面を走っていた線が、ゆっくりと消えていった。
柱の文字が暗くなった。
震えが、収まった。
部屋が、静かになった。
誰も、しばらく動かなかった。
「……止まった?」とガルドが言った。
「止まったようです」とライナーが言った。
「何だったんだ!?」
「わかりません」
「わかりません、が多いな!?」
「遺跡とはそういうものです」
帝国王がゆっくりと台座に近づいた。
光の消えた台座を、静かに眺めた。
「……何百年も、何もなかった」
「はい」
「今日初めて光った」
「……はい」
帝国王がミアを見た。
正確には、ミアの腕の中のルナを見た。
「ルナ様が触れて、光った」
「……はい」
全員の視線が、ルナに集まった。
ルナは何も気にしていなかった。
ヴァルの耳をつかんで、ひっぱっていた。
「ぁ!!」
「……引っ張るな」
* * *
地上に戻ってから、ライナーが言った。
「……学者を呼ぶことを検討します」
「よさそうですね」とセリアが言った。
「遺跡の記録を一から見直す必要があるかもしれません」
「何か手がかりになるものがありましたか」
「柱の文字が、光ったときだけ形が変わっていた気がします。確認できていませんが」
「形が変わった?」
「……気のせいかもしれません」
(気のせいではないと思う。)
ミアは何も言わなかった。
(ヴァルが言っていた。竜族の記憶にもない様式。)
(何百年も動かなかったものが、ルナが触れて動いた。)
(何かのはずみ、ではないかもしれない。)
でも今は、わからない。
わからないことを口にしても、混乱が増えるだけだ。
「ぁー」
ルナが声を上げた。
廊下の先を見ている。
(また走りたいのかな。)
「……今日はもう走らないよ」
「ぁ!!!!」
(走りたいらしい。)
* * *
夜。
ルナが眠った後、ミアはヴァルに聞いた。
「さっきの、何だと思う」
ヴァルは窓際で目を閉じたまま、少し間を置いた。
「わからない」
「竜族の記憶にもない、って言ってたよね」
「言った」
「それって、竜族より古いってこと?」
「……可能性はある」
(竜族より古い。)
「ルナが触れたから動いた?」
「そうだろう」
「なんで?」
ヴァルがゆっくりと目を開いた。
「それがわからない」
静かな声だった。
(ヴァルにもわからないことがある。)
ミアはルナの寝顔を見た。
ウサギをしっかり抱えて、眠っている。
(この子は、何なんだろう。)
戦場で拾った。
魔力が異常に高い。
魔物に懐かれる。
ドラゴンに服従される。
何百年も眠っていた遺跡を、指先一つで起動する。
(……それでも、今日も普通に走り回って、疲れて眠った。)
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
ミアは少しだけ笑った。
「おやすみ、ルナ」
月が、王宮の庭を照らしていた。
<続きます>
【次回予告】
遺跡のことが学者たちに知れ渡った。
帝国中から問い合わせが来た。
ライナーが対応に追われた。
ガルドは関係なかった。
ガルドがルナを連れて庭に出た。
帝国の子どもたちが集まってきた。
ルナが「ぁ!!」と言った。
ガルドが「よし!!」と言った。
ライナーが書類の山から顔を上げた。




