第27話「最後の会談をしました」
第27話「最後の会談をしました」
停戦協定の正式調印まで、あと五日。
ライナーから手紙が来た。
「『最後にもう一度、会談を設けたいと思います。今回は国王だけでなく、現場の兵士代表にも同席していただく予定です。ルナ様もぜひ』」
「ルナ様もぜひ、が当然のように書いてある」
「ぁ!!」とルナが言った。
「……呼ばれてると思ってる?」
「ぁ!!!!」
(思ってるみたいだ。)
セリアが台所から顔を出した。
「また新しい服が必要ですか」
「前の服、裾が破れてた」
「直しておきました」
「セリア、ありがとう」
「ぁ!」とルナが言った。
「ルナも、ありがとうは?」
「ぁ!!」
(ありがとうのつもりなんだろうか。)
(そういうことにしておく。)
* * *
会談当日。
中立館。三回目だ。もう慣れた。
今日は広い部屋が使われていた。いつもの会談室より大きい。テーブルも長い。
帝国側に帝国王とライナー、それと兵士代表が二人。連邦側に連邦王とガルド、それと兵士代表が二人。
ミアとルナとヴァルが正面。
兵士代表たちがルナを見た。
「……あの子か」
「そうだ」
「本物だ」
「本物だな」
帝国の兵士代表と連邦の兵士代表が、小声でそう言い合っていた。
「ぁ!!」
ルナが手を振った。
兵士代表たちが、思わず手を振り返した。
(もう条件反射になってる。)
* * *
会談が始まった。
最初に帝国王が口を開いた。
「本日は、正式調印前の最後の確認の場として、現場の皆さんにもお集まりいただきました」
連邦王が続けた。
「停戦協定は五日後に正式調印を予定しています。内容は両国の代表が確認済みです。本日は、現場からの意見をお聞きしたい」
帝国の兵士代表が口を開いた。年は三十代。顔に傷がある。長く戦ってきた顔だ。
「……一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「停戦協定は、本当に守られますか」
静かな質問だった。
帝国王が少し間を置いた。
「守ります」
「どうやって守るんですか。今まで何度も似たような約束が破られてきた」
「……おっしゃる通りです」
帝国王が認めた。
「今までと違うのは——」
「ぁ!」
ルナが声を上げた。
全員が見た。
ルナが帝国の兵士代表に向かって手を伸ばしていた。
「……」
兵士代表が少し固まった。
「触っていいよ」とミアが言った。
「……いいのか」
「ルナが伸ばしてるから」
兵士代表がそっと指を差し出した。ルナがつかんだ。
「ぁ」
にっこりした。
「…………」
兵士代表が黙った。
長い間があった。
「……今までと違う、ってのは、こういうことですか」
誰も答えなかった。
でも連邦の兵士代表が、静かに言った。
「……俺たちが戦場で、この子を一緒に守った。帝国と連邦が」
「そうだな」
「あのとき、敵も味方もなかった」
「……そうだな」
「それが、今までと違うことかもしれない」
ルナが指を握ったまま、「ぁ……」と言った。
* * *
会談はその後、二時間続いた。
現場の不満も出た。上への不信感も出た。でも誰も怒鳴らなかった。声を荒げなかった。
ルナがいたから、というだけではないかもしれない。でも確かに、ルナがいた。
途中でルナが眠くなった。
今日は帝国の兵士代表の膝で眠った。
兵士代表は会談中ずっと、ルナを膝に乗せたまま話し続けた。声が低くなっていた。眠ってる子を起こさないように。
連邦の兵士代表がそれを見て、小声で言った。
「……お前、子どもいたっけ」
「いない」
「そうか」
「……でも、なんか」
「わかる」
(わかる、だけで通じてる。)
(長く戦ってきた人たちの間で、何かが通じている。)
* * *
会談の最後に、帝国王が言った。
「五日後の調印式にも、ミア殿とルナ様にご参加いただけますか」
「……調印式に?」
「ぜひ」
連邦王も頷いた。
「我々が調印するのは当然です。でも、この協定が生まれたきっかけは——」
「ルナじゃないですよ」とミアが言った。
「……そうですか」
「国王たちが決めたことです。兵士たちが変わったことです。ルナは何もしてない」
「でも」と帝国の兵士代表が言った。ルナを膝に乗せたまま。「この子がいなかったら、俺たちは変わらなかった。たぶん」
「……」
「上が何を決めても、現場は動かなかった。でもこの子が来て、手を振って、一緒に守ったら——なんか、変わった」
「変わった」と連邦の兵士代表も言った。
「……」
ミアは少し黙った。
「……参加します。ルナも連れていきます」
「ありがとうございます」と帝国王が言った。
「ぁ……」
ルナが寝言を言った。
全員が同時に見た。
全員が同時に口元を緩めた。
(三回目でも同じ反応になる。)
(たぶん、何回でも同じ反応になる。)
* * *
帰り道。
ヴァルの背中。今日も夕暮れだ。
「……ヴァル」
「なんだ」
「五日後、調印式だって」
「そうだな」
「ルナも来いって」
「そうだな」
「……戦争、終わるんだね」
「終わる」
「ルナが来て、何日だ」
「もうすぐ三ヶ月だ」
「三ヶ月で」
「三ヶ月で、戦争が終わりかけている」
ミアはルナを見た。眠ったまま、兵士代表から受け取ってきた。ウサギをまだ抱えている。
「……この子、何者なんだろうね」
「わからない」とヴァルが言った。「だが」
「だが?」
「……今は、ただのルナだ」
「そうだね」
「それ以上でも以下でもない」
「うん」
(ただのルナ。)
(ミルク飲んで、離乳食食べて、飛んで、泣いて、笑って、眠る。)
(それだけの、ただのルナ。)
「……早く帰ろう」
「なぜ」
「セリアが夕飯作ってる。冷める前に帰りたい」
「……そうだな」
ヴァルが少し速度を上げた。
夕暮れの空を、三人で飛んだ。
あと五日。
<続きます>
【次回予告】
調印式の前日。
ライナーが来た。
ガルドも来た。
珍しく二人とも、何も持ってこなかった。
ただ、会いに来た。




