第23話「また飛びました」
第23話「また飛びました」
第二回会談まで、十日あった。
その間に小競り合いがあった。
帝国と連邦の境界線近く。会談はしたが、戦争が終わったわけではない。現場の兵士たちには、上の判断がすぐには届かない。そういうものだ。
ミアはそれをライナーからの手紙で知った。
「……また?」
「小規模です」とライナーの字で書いてあった。「ご安心ください」
(安心できるかどうかはルナ次第だよ。)
ミアはルナを見た。ルナはヴァルの背中の上でがらがらを振っていた。しゃかしゃか。窓の外には向いていない。
(今日は大丈夫かも。)
そう思った。
* * *
昼。
振動が来た。
小さかった。前回の大規模戦闘とは比べものにならない。本棚が揺れるほどでもない。
でもルナは感じた。
「ぁ……」
窓の方を向いた。
「ルナ」
「ぁ……」
「大丈夫だよ。小さい揺れだから」
「ぁ……」
目が窓に釘付けだ。
ヴァルがルナの前に移動した。視線を遮るように。
「ルナ、こちらを見ろ」
「ぁ……」
ヴァルを見た。一秒。
また窓を見た。
「…………」
(ヴァルでも無理か。)
ルナの体がうっすら光り始めた。
(あ、やばい。)
「ヴァル——」
「わかっている」
ヴァルが尻尾を伸ばした。
ルナが浮いた。
尻尾が追いかけた。
ルナが窓から——
「ぁ!!!!」
出た。
「ルナ!!」
* * *
ヴァルが巨大化した。ミアが飛び乗った。
窓から飛び出した。
空にルナが見えた。今日は前回より速い気がした。
「速くなってる!?」
「……成長しているのかもしれない」
「飛ぶのが成長しないでほしい!!」
魔石が光っている。ルナの方向、東。またあっちだ。小競り合いがある方向だ。
「ヴァル、全速力で」
「わかっている」
風が顔を切る。森が下に流れる。東へ、東へ。
そのとき、下の道に人影が見えた。
走っていた。
鎧を着て、剣を持って、全力で走っていた。
(あれ、ガルド?)
「ヴァル、下を見て」
「……あの男だな」
「ガルドだ。なんで走ってるの」
「さあ」
ガルドが空を見た。ミアと目が合った。
「ミア!!ルナが飛んだのわかった!!先に行く!!」
「走って追いかけるの!?」
「走る!!」
「馬は!?」
「厩舎が遠かった!!」
(全力疾走で追いかけてる。騎士団長が。)
「ヴァルで拾っていく?」
「いい!!自分で行く!!」
(この人、意地っ張りだ。)
* * *
戦場に着いた。
小規模だった。ライナーの手紙通り。兵士の数も少ない。でも剣と魔法が飛び交っていた。
その中に、ルナが降りていた。
「また……!!」
ミアが飛び降りた。走った。
今日は両軍の反応が早かった。ルナを見た瞬間、帝国側も連邦側も、一斉に距離を置いた。
「……学習してる」
「前回の記憶があるのだろう」とヴァルが言った。
ルナは戦場の真ん中で、きょろきょろしていた。今日は泣いていない。むしろ不思議そうな顔だ。
「ぁ?」
「ルナ、こっちおいで」
「ぁ!」
ミアが抱き上げた。ルナがミアの首に手を回した。しがみついた。
(泣かなかった。今日は泣かなかった。)
魔力の光もない。暴発もない。
(成長した……?いや、でも飛んできたし。)
(複雑だ。)
両軍の兵士たちが遠巻きに見ていた。誰も動いていない。
「……また来たか」
「赤ちゃんの方か、竜王の方か、どっちに気をつければいい」
「両方だろう」
「正しい」
そのとき、後ろから足音がした。
ガルドが走ってきた。
息が上がっていた。顔が赤い。鎧が揺れていた。でも止まらなかった。ルナを見つけるまで止まらなかった。
「ルナ……!!無事か!!」
「ぁ!!」
ルナがガルドに向かって手を伸ばした。ガルドが膝をついた。ルナがぺちん、とやった。
「よ……よし……!!」
息が切れていた。
(全力疾走で来たんだ、本当に。)
* * *
少し遅れてライナーが馬で来た。
息は上がっていなかった。馬だから。
ルナを確認して、静かに息を吐いた。
「……無事でしたか」
「無事。今日は泣かなかった」
「そうですか」ライナーが少し目を見開いた。「それは」
「成長……なのかな。よくわからない」
「……よかった」
ガルドがまだ膝をついたまま息を整えていた。ライナーがガルドを見た。
「走ってきたんですか」
「走った!!」
「馬を使えばよかったのでは」
「厩舎が遠かった!!」
「私の馬を借りればよかったでは」
「お前の馬がどこにいるかわからなかった!!」
「……今後のために、馬の場所は共有しておきましょう」
「そうする!!」
ルナが二人のやりとりを見て「ぁ!ぁ!!」と声を上げた。楽しそうだった。
(この子、このやりとりが好きなのかもしれない。)
* * *
両軍の兵士たちが、まだ動いていなかった。
ミアが振り返った。
「……戦争、続けますか」
誰に言ったわけでもなかった。でも両軍に届いた。
帝国側の兵士が顔を見合わせた。連邦側の兵士も顔を見合わせた。
「……陛下が会談中だろう」
「ああ。なのになんで俺たちはここで剣を持ってるんだ」
「……わからん」
「俺もわからん」
「ぁ!」とルナが言った。
「……赤ちゃんに指摘されてる気分だ」
「俺もだ」
連邦側でも似たような会話が聞こえた。
ガルドが立ち上がった。息が整ってきた。
「今日はここで終わりにしろ!!両軍退け!!」
「……ガルド、権限大丈夫?」
「騎士団長だから大丈夫だ!!」
「帝国側には権限ないのでは」
「細かいことは気にするな!!」
ライナーが帝国側に向かって言った。
「帝国軍、退きなさい。本日はここまでです」
「……はっ」
両軍が撤収し始めた。
また戦闘が止まった。
(また止まった。ルナが来るたびに止まってる。)
(それがこの子の普通になってきた。)
* * *
帰り道。
三人とヴァルで、森への道を歩いた。ルナはヴァルの背中の上だ。
「ガルド、今日は走ってきたんだね」
「走った!!」
「なんで馬を待たなかったの」
「……心配だったから」
「馬の方が速いのに」
「……わかってる。でも待てなかった」
ミアはガルドを見た。顔がまだ少し赤い。
(この人、本当にルナのことが心配だったんだ。)
(当たり前みたいだけど、でも騎士団長が全力疾走するほど。)
「……ガルド、ありがとう」
「礼はいらん!!」
「いらなくても言う」
「……む」
ライナーが静かに言った。
「私も、今日は少し焦りました」
「ライナーが?」
「馬に乗りながら」
「馬だから余裕じゃないの」
「……馬の速度では足りない気がして」
「でも落ち着いて乗ってきたじゃないか」
「……それが騎士団長の仕事なので」
(ライナーも焦ってたんだ。でも崩さなかった。)
(それぞれの心配の仕方がある。)
「ぁ!」
ルナがヴァルの背中の上から、二人に向かって手を振った。
「……ルナ、心配かけましたと言いなさい」
「ぁ!!」
「それは謝ってない」
「ぁ!!!!」
「元気よく言えばいいわけじゃない」
「ぁ!!!!!!」
ガルドが爆笑した。ライナーが苦笑いした。
ヴァルが静かに言った。
「……謝る気はないのだろう」
「そうだと思う」
「この子らしい」
「そうだね」
森への道を、四人と一竜で歩いた。
夕暮れが、木々の間から差し込んでいた。
<続きます>
【次回予告】
第二回会談。
今度は両国王が手土産を持ってきた。
帝国王はルナに絵本を。
連邦王はルナにぬいぐるみを。
ライナーが小声でミアに言った。
「……陛下たちも、すっかり」
ミアが言った。
「うん」




