第22話「指を握らせた時点で、終わっていました」
第22話「指を握らせた時点で、終わっていました」
帰り道。
ヴァルの背中の上。夕暮れの空を飛んでいた。
ルナはミアの腕の中でまだ眠っていた。会談室から出ても、ヴァルに乗っても、起きなかった。よほど安心したのか、よほど疲れたのか。
風が気持ちよかった。
しばらくして、ヴァルが言った。
「うまくいったな」
「そう?」
「そうだ」
「……私はよくわからなかった。次回の会談、ってなったけど、それがうまくいったってこと?」
「そうだ」
「なんで」
「戦争を続けるではなく、話し合いを続けることになった。それだけで十分だ」
ミアは少し考えた。
「……そういうものか」
「そういうものだ。人間の争いは、話さなくなった時点で終わらなくなる。話し続ける限り、終わる可能性がある」
(竜王が何百年も生きてきた言葉だ。)
(重い。)
「ヴァル、そういうこと詳しいね」
「長く生きているからな」
「戦争、たくさん見てきた?」
「……見てきた」
「終わるの、見たことある?」
「ある」
「どうやって終わった?」
ヴァルが少し間を置いた。
「……大抵は、疲れて終わる」
「疲れて」
「どちらかが、あるいは両方が、続ける理由より止める理由の方が大きくなる。それだけだ」
「……劇的じゃないね」
「劇的な終わり方は少ない」
* * *
「でも今回は」とヴァルが続けた。「少し違うかもしれない」
「何が違うの」
「指を握らせた時点で、終わっていた」
「……ルナが?」
「ああ」
「そんな大げさな」
「大げさではない」
ヴァルが静かに言った。
「あの二人は、今日ここに来る前から計算をしていた。ルナをどう扱うか。竜王をどう扱うか。魔女をどう扱うか。国家の論理で全部考えていた」
「……まあ、国王だから」
「だがルナに指を握られた瞬間、その計算が全部止まった」
ミアはルナの顔を見た。眠っている。銀色の産毛。あったかい。
「……止まったかな」
「止まった。私には分かる。あの二人の目が変わった」
「どう変わったの」
「……国王の目から、人間の目に戻った」
ミアは黙った。
「この子は何もしていない。ただ手を伸ばして、指を握った。それだけだ。でもそれが、国家の論理より先に届いた」
「…………」
「だから終わっていた、と言った」
夕焼けが空を染めていた。赤と橙と、少しだけ青が残っていた。
(ルナは何も知らない。)
(でも確かに、何かを変えた。)
* * *
家に戻った。
セリアが玄関で待っていた。
「お帰りなさい。どうでしたか」
「……うまくいったらしい」
「らしい、ですか」
「ヴァルがそう言ってた」
「先生はどう思いましたか」
「……よくわからなかった。でも、悪くはなかったと思う」
「そうですか」とセリアが少し笑った。「ルナちゃんは?」
「ずっと寝てた」
「会談中も?」
「会談中も。国王二人の指を握って、そのまま寝た」
「……国王の指を」
「両方同時に」
「…………」
セリアが言葉を失った。
「ぁ……」
ルナが目を覚ました。きょろきょろして、セリアを見つけて、「ぁ!!」と手を伸ばした。
「お帰り、ルナちゃん」
「ぁ!!!!」
もうすっかり元気だった。
* * *
夜。
ルナが眠った後、ミアは一人で庭に出た。
星が多い夜だった。
(帝国王の顔、最後はどんな顔だったっけ。)
思い出す。「かわいらしいですね」と言ったときの顔。国王じゃない顔。
(連邦王も、指を握られたときに少し固まってた。)
二人とも、計算が止まった瞬間があった。ヴァルが言った通りだ。
(ルナ、すごいな。)
すごいとか、普通じゃないとか、何者なんだとか、そういうことは色々思う。
でも一番思うのは。
(この子を拾ってよかった。)
それだけだった。
「ミア」
ヴァルが隣に来た。
「なに」
「今日はよくやった」
「私は何もしてないよ。ルナが全部やった」
「お前がルナを連れてきた」
「それは……まあ」
「それで十分だ」
ミアは星を見た。
「……ヴァル、聞いていい」
「なんだ」
「ルナって、本当に何者なんだろう」
ヴァルが少し間を置いた。
「……わからない」
「竜王でもわからない?」
「わからない。だが」
「だが?」
「……あの子のそばにいると、何か大きなものを感じる。古いものを。私より古いものを」
「ヴァルより古い……」
「気のせいかもしれない。だがそう感じる」
ミアはルナが眠っている窓を見た。中から寝息が聞こえる。
(私より古い。ヴァルより古い。)
(でも今は、ただの赤ちゃんだ。)
(がらがら振って、離乳食食べて、泣いて眠る。)
「……まあ、いいか」
「いいのか」
「今は育てるだけだから」
「……そうか」
「正体がわかったら、そのとき考える」
「……お前らしい」
「褒めてる?」
「……まあ」
(まあ、は褒めてるってことにする。)
星が流れた。一つ。
ミアとヴァルは、しばらく並んで立っていた。
* * *
翌朝。
ライナーから手紙が来た。
今度は普通に、郵便で。剣で刺さってもいなかった。成長した。
開けた。読んだ。
「……『昨日の会談について、両陛下より感謝の意をお伝えするよう申しつかりました。特に帝国陛下より、ルナ様によろしくとのことです』」
「ぁ?」とルナが言った。
「国王からよろしくだって」
「ぁ……?」
「わからなくていいよ」
ミアは手紙を折って、引き出しにしまった。
今度も燃やさなかった。
なんとなく、取っておきたい気がした。
<続きます>
【次回予告】
第二回会談の日程が決まった。
それまでの間に、また戦場でひと騒動あった。
ルナが飛んだ。
今度はライナーが先に気づいた。
ガルドはすでに走っていた。




