第21話「国王に会いました」
第21話「国王に会いました」
会談当日。
朝からルナがご機嫌だった。
新しい服を着て、がらがらを持って、ヴァルの背中の上でしゃかしゃかやっていた。自分がどこに行くかは知らない。でもミアが新しい服を着ているのは分かるらしく、「ぁ!ぁ!!」と指さした。
「そう、お出かけだよ」
「ぁ!!!!」
「大事なお出かけ」
「ぁ!!!!!!」
(この子、お出かけという概念が好きなんだろうか。)
セリアが見送りに出た。
「先生、頑張ってください」
「頑張る」
「ルナちゃん、いい子にしてるんですよ」
「ぁ!」
「ヴァル、お願いします」
「……わかった」
ミアがヴァルの背中に乗った。ルナをしっかり抱えた。
飛んだ。
森が下に流れていった。
* * *
中立館は、国境の近くにあった。
石造りの建物で、古くて大きかった。両国の旗が外に立っていた。帝国の赤と連邦の青が、並んで風に揺れている。
着地したとき、門の前に立っていた護衛たちが全員ヴァルを見た。
固まった。
「ペットです」とミアが言った。
護衛たちは何も言わなかった。目だけが動いていた。
ライナーが中から出てきた。
「いらっしゃいました。では、どうぞ」
「国王たちはもう中に?」
「両陛下ともお待ちです」
「緊張してる?」
「……国王が、ですか」
「そう」
「……正直に言えば、かなり」
(国王が緊張してる。)
(面白い構図だ。)
ルナが「ぁ!」とがらがらを振った。しゃかしゃか。
* * *
会談室は広かった。
長いテーブル。両端に椅子。窓から光が入っている。
テーブルの左側に、帝国王が座っていた。年は五十代。白髪交じりで、姿勢がいい。目が鋭い。政治的判断をしてきた目だ。
テーブルの右側に、連邦王が座っていた。年は四十代。体格がいい。表情が柔らかい。でも目の奥に警戒がある。
二人がミアを見た。
次にルナを見た。
次にヴァルを見た。
帝国王の目が少し揺れた。連邦王の顔色が少し変わった。
(竜王を見た反応だ。)
(ヴァル、威圧感ありすぎ。でも今日は役に立つかも。)
「ミア殿、ようこそ」
帝国王が口を開いた。声は落ち着いていた。さすがに鍛えられている。
「はじめまして。魔女のミアです。こちらがルナ、こちらがヴァルです」
「ヴァル……とは」
「ペットです」
「…………」
帝国王が少し固まった。ヴァルを見た。ヴァルの赤い目が帝国王を見た。
「……そうですか」
学習が早かった。さすが国王だ。
* * *
全員が席についた。
ミアが正面。左に帝国王、右に連邦王。ライナーが帝国王の後ろ、ガルドが連邦王の後ろに立っていた。ヴァルはミアの隣に座った。
ルナはミアの膝の上で、がらがらを持っていた。
しゃかしゃか。
会談室に、がらがらの音だけが響いた。
「……あの」と連邦王が言った。「それは」
「がらがらです」
「……がらがら」
「ルナのお気に入りです」
「……そうですか」
連邦王がガルドを見た。ガルドが小さく頷いた。
(ガルドが事前に説明してたんだろうな。でもがらがらは言ってなかったかもしれない。)
帝国王が改めて口を開いた。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが——」
「ぁ!!」
ルナが帝国王に向かって手を伸ばした。
帝国王が止まった。
「……」
「ぁ!!!!」
ルナはまっすぐ帝国王に手を伸ばし続けていた。
(なんで帝国王に。)
帝国王が、ゆっくりと手を差し出した。
ルナが、その指をつかんだ。
「ぁ」
にっこりした。
「…………」
帝国王が固まった。今度は違う意味で固まった。
ライナーが後ろで、かすかに目を細めた。
* * *
「……失礼しました。改めて」
帝国王が咳払いをして、議題に戻った。指はまだルナに握られていたが、それには触れなかった。
「まず、ルナ様の身元についてお聞きしたい」
「戦場で拾いました」とミアが言った。
「……どの戦場ですか」
「帝国と連邦の境界線近く。廃屋の中に一人でいました」
「保護者は」
「いなかった。今は私が育てています」
「帝国として、正式な保護を——」
「私が育てます」
「……それは」
「私が育てます」
帝国王が少し間を置いた。
「……承知しました」
あっさり引いた。ヴァルがじっと見ていたせいかもしれない。
連邦王が続けた。
「魔力の暴発については、現状どのような対処を」
「泣かせないようにしています」
「……それだけですか」
「それが一番効きます」
「腕輪も作りました」とライナーが補足した。「追跡用です。飛んでもすぐ追いかけられます」
「なるほど」と連邦王が言った。「飛ぶのは止められないのですか」
「止められません」
「……」
「感情で動くので」
「……赤ちゃんですから」と連邦王が静かに言った。
「そうです」
連邦王がルナを見た。ルナは帝国王の指を握ったまま、連邦王の方もきょろきょろ見ていた。
「ぁ」
連邦王に向かっても手を伸ばした。
連邦王が、少し迷ってから手を差し出した。
ルナが、その指もつかんだ。
「ぁ!!」
両方の手をつかんで、満足そうにしていた。
「…………」
帝国王と連邦王が、ルナを挟んで顔を見合わせた。
長いテーブルを挟んだ二人が、一人の赤ちゃんの両手に指を繋がれていた。
* * *
しばらくして、ルナが「ぁ……」と眠そうな声を出した。
全員が見た。
ルナの瞼が重くなってきた。会談室の光が暖かいのかもしれない。はたまた両国の国王の指を握って安心したのかもしれない。
「……眠くなりました」とミアが言った。
「……会談の最中ですが」と帝国王が言った。
「条件に入れてありました」
「……そうでしたね」
「寝かせます」
「……どうぞ」
ミアがルナを抱き直した。ルナが「ぁ……」とぐずった。指を離したくないらしい。
「ルナ、寝ていいよ」
「ぁ……」
「ここにいるから」
「ぁ……」
ルナが帝国王の指をそっと離した。次に連邦王の指をそっと離した。
それからミアの胸にもたれかけた。
「ぁ……ぁ……」
だんだん声が小さくなった。
しばらくして、寝息が聞こえた。
会談室が静かになった。
帝国王が、自分の指を見た。ルナに握られていた指を。
連邦王も、自分の指を見た。
「…………」
「…………」
誰も何も言わなかった。
ガルドが後ろでそっと目を細めた。ライナーが静かに息を吐いた。
ヴァルが、低く静かに言った。
「……続けなくていいのか」
帝国王が顔を上げた。
「……続けましょう」
連邦王も頷いた。
「……はい」
でも二人の声は、さっきより少し柔らかくなっていた。
* * *
会談はその後、一時間続いた。
ルナはずっと眠っていた。
議題の三つ目、両国の今後の関係について。それが一番時間がかかった。
でも不思議なことに、ルナが膝で眠っているミアを前にして、帝国王も連邦王も、強い言葉を使わなかった。
領土の話も、資源の話も、面子の話も、全部出た。でも不思議と、声が荒くならなかった。
(眠ってる赤ちゃんの前で怒鳴れないよね。)
(人間って、そういうものかもしれない。)
「本日は、まず互いの現状を確認するということで」
帝国王が締めくくった。
「次回の会談を設けましょう」と連邦王が言った。
「同意します」
ライナーとガルドが顔を見合わせた。
(次回の会談、という言葉が出た。)
(戦争を続けるではなく、会談を続ける、になった。)
ミアは気づいていたが、何も言わなかった。
ルナが膝の上で、小さくあくびをした。寝ながらあくびをした。
「……」
帝国王が思わず、口元を押さえた。
「……かわいらしいですね」
その言葉だけは、国王の顔ではなかった。
<続きます>
【次回予告】
帰り道、ヴァルが言った。
「うまくいったな」
ミアが言った。
「そう?」
ヴァルが言った。
「指を握らせた時点で、終わっていた」




