第20話「段取りを確認しました」
第20話「段取りを確認しました」
会談まで、あと一日。
昼前にライナーが来た。
「当日の段取りを確認したいと思いまして」
「うん、入って」
テーブルについた。ライナーが資料を広げた。几帳面な字で、当日のスケジュールが書いてある。
「会談場所は帝国と連邦の中間地点、国境近くの中立館です。両国が合意した場所ですので」
「遠い?」
「ヴァルで行けば半刻もかかりません」
「ヴァルで行くの前提なんだ」
「……他に移動手段がないかと」
「まあそうだね」
ルナはヴァルの背中の上でがらがらを振っていた。しゃかしゃか。会談の話など知らぬ顔だ。
「当日は両国の国王が揃います。護衛も連れてきますが、会談室には国王と通訳、そして私とガルドのみが同席する予定です」
「ヴァルは」
「……会談室に入ってもらうかどうか、そこが一つ課題でして」
「入る」とヴァルが言った。
「……入るそうです」
「それは把握しています」とライナーが苦笑いした。「問題は、国王たちが委縮しすぎないかどうかです」
「委縮するの?」
「竜王が隣にいたら、誰でも委縮します」
「好都合だ」とヴァルが言った。
「好都合ではないんですよ竜王殿、会談にならないので」
「…………」
ヴァルが黙った。不満そうだった。
* * *
玄関がノックされた。
ガルドだった。
「段取りを確認しに来たぞ!!」
「ライナーも来てる」
「知ってる!!一緒に来た!!」
「一緒に来たなら最初から二人で入ってくれば良かったのに」
「ライナーが先に入った方がいいと言った!!」
「……挨拶の順番を気にしていました」とライナーが言った。
「几帳面だね」
「几帳面すぎる!!」とガルドが言った。
ガルドが中に入った。リビングを見渡した。ルナを見つけて「ぁ!!」と顔を輝かせた。ルナが「ぁ!!」と応えた。
それからガルドがヴァルを見た。
ヴァルは今日は少し大きかった。犬くらい。床に伏せて、ルナの様子を見ていた。
「……ヴァル、今日は大きいな」
「…………」
「背中、広そうだな」
「…………」
「乗っても——」
「やめておけ」
ヴァルが低い声で言った。地の底から来るような声だった。
「……そうか」
ガルドが大人しくテーブルについた。
* * *
「改めて、当日の流れです」
ライナーが資料を二人に見せながら説明した。
「午前中に中立館に集合。まず帝国王、次に連邦王、そしてミア殿の順で入室します」
「順番があるの」
「外交上の礼儀です」
「ミアが最後なんだな」とガルドが言った。「俺はそれに反対したんだが」
「なぜですか」とライナーが言った。「順当な順番では」
「ミアとルナが一番偉いだろうが今回の件は!!」
「……外交上の順番はそういうものではないんです」
「納得いかん!!」
(ガルド、なんか私とルナの肩を持ってくれてる。)
「ガルド、気持ちだけもらっておく」
「む……まあ、それなら!!」
ライナーが続けた。
「会談の議題は三つです。一つ、ルナ様の身元と保護について。二つ、魔力暴発の今後の対応について。三つ、両国の今後の関係について」
「三つ目が一番重要だね」
「はい。ただ、一つ目と二つ目が解決しないと三つ目に進めません」
「ルナの身元はわからないよ。戦場で拾ったから」
「それを正直に伝えていただければ」
「保護は私がする」
「それも伝えていただければ」
「暴発の対応は……泣かせないようにする、しか今のところない」
「……腕輪がありますね」とライナーが言った。
「飛んでも追いかけられるようになった」
「それで十分かと思います」
「ぁ!」とルナが言った。自分の腕輪を見せるように手首を上げた。
「……ルナ様、会談でもそれをやっていただければ助かります」
「やらせません」とミアが言った。
「……ですよね」
* * *
段取りを一通り確認した後、お茶のおかわりが来た。
セリアが台所に引っ込んだ。ライナーが資料をまとめていた。ガルドがルナと積み木で遊んでいた。
そのとき、ルナが「ぁ……」と眠そうな声を出した。
全員が見た。
ルナの瞼が重そうだ。がらがらを持ったまま、こっくりこっくりしている。
「昼寝の時間だ」とヴァルが言った。
「そうだね」
ミアが立ち上がろうとした。
「読みましょうか」
ライナーが静かに言った。
「……いいの?」
「段取りの確認は終わりましたので」
ライナーが棚から絵本を取った。先日持ってきた星の絵本だ。定位置に置かれるようになっていた。
ルナをミアから受け取って、膝に乗せた。絵本を開いた。
「『むかし、空の一番高いところに——』」
「ぁ……」
ルナの目が細くなった。
ガルドが積み木を静かに片付けた。音を立てないように、一つ一つ丁寧に。
(この人、ちゃんと気を遣える。)
ライナーの声が続く。
「『星の王子様は毎晩、地上を見下ろしていました——』」
「ぁ……ぁ……」
だんだん声が小さくなる。
ガルドが積み木を全部片付けて、そのままヴァルの方を見た。ヴァルの背中を見た。広い背中だ。
(また考えてる。)
「やめておけ」
「……声に出してないぞ」
「顔に出ていた」
「…………」
ガルドが大人しくテーブルに戻った。
* * *
ルナが眠った。
ライナーが絵本をそっと閉じた。ルナを毛布に寝かせた。
四人がテーブルに戻った。声を低くして話した。
「……明日、大丈夫ですか」
「何が?」とミアが言った。
「国王との会談、緊張しませんか」
「しない」
「……本当に?」
「本当に。ルナの夜泣きの方が怖いから」
ライナーが少し笑った。
「……ガルドも同じことを言っていました」
「俺か!!」とガルドが声を上げた。
「しっ」とミアが言った。
「……すまん」とガルドが小声で言った。
ルナがぴくりとしたが、起きなかった。
三人が同時に息を吐いた。
「……なんか、私たちすっかり育児チームみたいだね」
「言われてみれば」とライナーが言った。
「悪くない!!」とガルドが囁いた。
ヴァルが毛布の隣で丸くなった。ルナの見張りをしながら、目だけ細めた。
(明日、国王に会う。)
(でも今は、ルナが眠ってる。)
(それだけでいい。)
午後の光が、森の家に差し込んでいた。
<続きます>
【次回予告】
会談当日。
中立館に着いた。
帝国王と連邦王、両方が待っていた。
二人とも、思ったより緊張していた。
ミアは思ったより緊張していなかった。
ルナはがらがらを持ってきていた。




