第15話「設計図、食べられました」
第15話「設計図、食べられました」
大規模戦闘まで、あと二週間。
ライナーからそう聞いていた。場所は東の平野。ここから二十キロ。ルナが飛ばなければ問題ない距離だ。
問題はルナが飛ぶことだ。
「……作る」
ミアはテーブルに紙を広げた。羽ペンを持った。魔法陣の設計図を書く。ライナーが前回提案していた、一定範囲外に出たら知らせが来る腕輪だ。
拘束はしない。ただ、どこにいるかわかるようにする。飛んでも追いかけられるように。
(設計は難しくない。でも材料が……)
魔法陣を書き始めた。中心に追跡の紋様。外側に範囲の設定式。素材は革か布か、赤ちゃんの肌に優しいものがいい。
「……こう、で」
集中した。
ペンが走る。
丁寧に、丁寧に。
「ぁ」
ルナがヴァルの背中から浮いて、テーブルに降りてきた。
「ルナ、今忙しいから——」
「ぁ!」
ルナが紙をつかんだ。
「あ」
食べた。
* * *
「…………」
「ぁ……」
ルナが紙を咀嚼していた。満足そうだった。
「……ルナ」
「ぁ」
「それ、設計図だったんだけど」
「ぁ」
「食べるものじゃないんだけど」
「ぁ……」
もう飲み込んでいた。
ミアはしばらく固まってから、深呼吸した。
(怒らない。怒っても仕方ない。赤ちゃんだから。)
(でも一時間かけて書いたやつだった。)
(怒らない。)
「……セリア」
「見てました」
「ルナが紙食べて大丈夫?」
「少量なら問題ないと育児書に書いてありました」
「そう」
「でも設計図は……」
「また書く」
「お疲れ様です」
ヴァルがルナの様子を確認した。
「問題はないか」
「たぶん」
「……そうか」
ルナが「ぁ!」と言いながらミアに手を伸ばしてきた。
(怒ってないよ。ちゃんと怒ってない。)
(でもせめて謝ってほしい気持ちはある。)
(赤ちゃんに謝罪を求めるのは違うけど。)
ミアはルナを抱き上げた。
「……おいしかった?」
「ぁ!」
「そう」
(おいしかったのか。)
* * *
二枚目を書いた。
今度はルナをヴァルに預けて、セリアに見ていてもらった。
集中した。ペンが走る。魔法陣の中心紋様、範囲設定式、起動条件の補助式。一時間で書き上げた。
「……できた」
満足のいき出来だった。
セリアが確認した。
「……きれいな魔法陣ですね」
「ありがとう。素材は何がいいかな。革か布か——」
「ぁ!!」
ルナがヴァルの背中から浮いた。
テーブルに向かって飛んできた。
「ルナ待って——」
間に合わなかった。
ルナが紙をつかんだ。
「あ」
食べた。
* * *
「…………」
「ぁ……」
また満足そうだった。
「……ルナ」
「ぁ」
「二枚目だよ」
「ぁ」
「おいしい?」
「ぁ!!」
(おいしいのか。設計図が。)
セリアが申し訳なさそうに言った。
「……目を離した隙に浮いていました」
「セリアのせいじゃないよ」
「でも」
「ルナが悪い」
「ぁ」
(否定しなかった。わかってるのか、わかってないのか。)
ヴァルが静かに言った。
「……紙の匂いが好きなのかもしれない」
「竜王がそういうこと言わないで」
「事実を言っている」
「わかってるから余計つらい」
ミアはテーブルに突っ伏した。
* * *
三枚目。
今度は書いた瞬間にルナから遠い棚の上に置いた。
ルナが棚を見た。
浮いた。
「ヴァル!」
「わかっている」
ヴァルが尻尾でルナを捕まえた。ルナが「ぅ!!」と抗議した。
「だめだよルナ」
「ぅ!!!!」
「設計図は食べるものじゃない」
「ぅぅぅ!!!!」
ルナが本気で嫌がり始めた。顔が赤い。
(泣く……!?)
「ルナ、待って、泣かないで——」
「ぅぅぅ……!」
(泣いたら暴発する。暴発したら三枚目も消える。)
(でも泣かないようにするには食べさせないといけない。)
(でも食べさせたら設計図がなくなる。)
(どうすれば——)
「ルナ」
ヴァルが静かにルナに言った。
「あとで返す」
「…………ぁ?」
「食べた後で返すのは難しい。だから後で渡す。待て」
「…………ぁ……」
ルナがヴァルを見た。ヴァルがルナを見た。
「わかったか」
「……ぁ」
泣き止んだ。
「…………」
ミアとセリアが顔を見合わせた。
「……ヴァル、ルナを説得した?」
「した」
「通じたの?」
「通じた」
「……竜王ってすごいね」
「当然だ」
(当然って言える立場なのか微妙だけど。竜王だからそうか。)
ルナが「ぁ……」とヴァルに寄り添った。納得はしていないが、我慢しているらしい。
* * *
三枚目を完成させた。
今度こそちゃんとできた。中心紋様、範囲設定式、補助式、起動条件。完璧だ。
「……素材はこれにしよう」
布の端切れを取り出した。やわらかい素材だ。ルナの肌に優しい。
魔法陣を布に転写した。魔力を込めた。
小さな腕輪が完成した。
「……できた」
ルナの手首に合わせてみた。ぴったりだ。
「ルナ、つけていい?」
「ぁ?」
「外れないけど、痛くないやつだよ」
「ぁ……」
ルナが腕輪をじっと見た。
それから、口に近づけた。
「食べないで!!」
「ぁ!?」
「食べるのは紙だけにして!!」
「ぁ……」
ルナが腕輪を舐めた。舐めるだけで、食べなかった。
(セーフ……!)
ミアは急いで腕輪をルナの手首につけた。
ぱちり、と留め具がはまった。
薄く光った。追跡の魔力が起動した証拠だ。
「……よし」
対応する魔石をミアの首に下げた。ルナが一定範囲外に出ると、この石が光る仕組みだ。
「……これで、飛んでもすぐわかる」
「よかったですね」とセリアが言った。
「三枚分の設計図の犠牲の上に」
「……お疲れ様でした」
ルナが腕輪を気にするように手首を見た。
「ぁ……」
「取れないよ」
「ぁ……」
「でも痛くないでしょ」
「ぁ」
ルナが腕輪を諦めて、ヴァルの背中によじ登った。
ヴァルが「……それで渡す、と言ったのだが」と言った。
「渡しません」
「…………」
「ありがとう、説得してくれて」
「……まあ、いい」
ミアは魔石を握った。
中に、ルナの居場所がぼんやりと感じられた。あったかい。近い。
(これでどこに飛んでいっても、追いかけられる。)
(まあ、飛ばないでほしいけど。)
ルナが「ぁ!!」と元気よく言った。
すごく飛びそうな声だった。
<続きます>
【次回予告】
腕輪完成の翌日。
ライナーが来た。
ガルドも来た。
また鉢合わせた。
今度はテーブルが大きくなっていた。




