第12話「騎士団長、また来ました」
第12話「騎士団長、また来ました」
昼前。
玄関がノックされた。今度は普通にノックだった。
ミアが開けると、ライナーが立っていた。
両手が塞がっていた。
右手に大きな木箱。左手に布の袋。背中にも何か背負っている。完全武装だったが、武器ではなかった。
「……何それ」
「お持ちしました」
「何を」
「赤ちゃん用品を」
「…………」
ミアはライナーを見た。ライナーは真顔だった。騎士団長の顔だった。でも両手に赤ちゃん用品を持っていた。
「……なんで」
「前回お邪魔したとき、家の中を拝見しました。失礼ながら、赤ちゃん用品が不足しているようでしたので」
「……見てたの」
「職業柄、観察が癖になっておりまして」
(騎士団長に家の中を観察されていた。)
「……上がる?」
「お言葉に甘えます」
* * *
木箱を開けた。
中に、丁寧に布で包まれた食器が入っていた。赤ちゃん用の小さな器と、丸みのあるスプーンが三本。
「……」
ミアは昨日天井から抜いたばかりのスプーンを思い出した。
「赤ちゃん用の食器は、角がないものの方が安全だと聞きました」
「……どこで聞いたの」
「街の子育て経験のある女性に話を聞きました」
「騎士団長が?」
「情報収集は仕事のうちです」
(仕事の情報収集と赤ちゃん用品は別では?)
(でもありがたい。昨日の器、暴発で跡形もなくなったし。)
「……ありがとう」
「いえ」
* * *
布の袋の中には、やわらかい素材の小さな人形が入っていた。白くて丸い、動物の形をしている。
「何の動物?」
「羊だそうです」
「そう」
「赤ちゃんが握りやすい大きさと聞きました」
ルナがヴァルの背中からぴょんと浮いて、ライナーの前に降りてきた。
「ぁ!」
「……やあ」
ライナーが膝をついた。前回と同じだ。目線を合わせる。几帳面な人だ。
人形をルナの前に差し出した。
ルナが両手でつかんだ。
ぎゅっと握った。
「ぁ……!」
気に入ったらしい。胸に抱えた。
「……よかった」
ライナーの顔が、少しだけほころんだ。また騎士団長じゃない顔になった。
(この人、ルナの前だとすぐそういう顔になる。)
ヴァルがライナーの隣に来て、じっとルナを見た。人形を取られないか確認しているらしい。
「ヴァル、取らないよ」
「……そうか」
ライナーがヴァルを一瞥して、また視線を外した。学習している。
* * *
背中の荷物も下ろした。
布に包まれた、平たい何かだった。
「これは?」
「プレイマットです」
「ぷれいまっと」
「床に敷く、やわらかい敷物です。赤ちゃんが転んでも怪我をしないように」
「……そんなものがあるの」
「あります。魔力暴発で床が傷んでいるようでしたので」
「……見てたんだね」
「職業柄」
ミアは苦笑いした。
広げてみた。やわらかかった。触り心地がいい。色は薄い緑で、模様が入っている。星と月の模様だ。
「ルナが月を見るのが好きそうだったので、この模様にしました」
「……細かいね」
「子どもというのは、好きなものを身近に置いてあげるのがいいそうです」
ルナがプレイマットの上に降りてきた。ふにふにした感触が珍しいのか、手でぺたぺた叩いた。
「ぁ!ぁ!!」
「気に入ってもらえたようで」
ライナーが珍しく、はっきり笑った。
セリアがお茶を出しながら言った。
「……ライナー様、お子さんはいらっしゃるんですか」
「いません。独り身です」
「では姪っ子や甥っ子は」
「……いません」
「そうですか」
間があった。
「……なぜこんなに詳しいんですか」
「街で三軒、子育て用品の店を回りました」
「三軒」
「一軒目で器とスプーン、二軒目で人形、三軒目でマットを」
「……騎士団長が」
「情報収集は仕事の——」
「用品を買いに、ですよね」
「……」
ライナーが少し黙った。
「……まあ、そうです」
(この人、絶対照れてる。)
* * *
お茶を飲みながら、本題の話もした。
「帝国と連邦の間で、来月、大規模な戦闘が予定されています」
「……聞きたくないけど」
「お伝えする約束でしたので。場所はここから東に二十キロほどの平野です」
「遠い?」
「ルナが飛ばなければ、問題ない距離かと」
「飛ぶんだよなあ……」
「……はい」
二人でルナを見た。
ルナはプレイマットの上に座って、羊の人形をヴァルの鼻先に押し付けていた。ヴァルは動かなかった。完全に受け入れていた。
「……ヴァルさえいれば大丈夫かと」
「ヴァルが捕まえてくれるとは限らない」
「そうですね」
「飛んでも追いかけます」
「……毎回ですか」
「毎回です」
ライナーが少し考えた。
「……動きを制限するものを作れないでしょうか。魔法的な意味で」
「赤ちゃんに拘束具はつけない」
「拘束ではなく、たとえば腕輪のようなもので、一定範囲外に出たら知らせが来るとか」
「……それは、考えてなかった」
「帝国の魔法師に相談することもできます」
「……」
(帝国の魔法師に相談したら、ルナのことが知れ渡る。それは嫌だ。)
「自分で考えてみる」
「わかりました。急ぎではありませんが、来月の戦闘までには何か対策をお願いできると助かります」
「……善処する」
「善処ではなく——」
「する」
「……わかりました」
またライナーと同じやりとりになった。ヴァルと言葉がかぶった。
ライナーがヴァルを見た。ヴァルがライナーを見た。
「…………」
「…………」
二人とも何も言わなかった。
* * *
帰り際。
ライナーがルナに向かって言った。
「また来ます」
「ぁ!」
「……次は何が必要か、また調べてきます」
「騎士団長がそんなことしなくていいよ」
「情報収集は——」
「仕事のうちではないでしょ、これは」
「…………」
ライナーが少し黙った。
「……まあ、そうですね」
素直に認めた。
「……次は何が必要ですか」
「聞くの?」
「聞いた方が効率的です」
ミアは少し考えた。
「……絵本。ルナが好きそうなやつ」
「絵本」
「月とか星とか、そういう絵が多いやつ」
「わかりました」
ライナーが森の道を歩いていった。背筋が真っすぐだ。騎士団長の歩き方だ。でも今日は赤ちゃん用品を三軒で買い集めてきた人間の背中だった。
セリアが隣でぽつりと言った。
「……いいおじさんですね」
「おじさんって言わない方がいいと思う」
「じゃあ、おじさまですね」
「……まあ、そうかも」
「ぁ!」
ルナが羊の人形を掲げた。同意らしかった。
<続きます>
【次回予告】
ガルドも来た。
手ぶらだった。
ライナーが用品を持ってきたことを聞いて、翌日また来た。
今度は大荷物だった。




