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第11話「離乳食、はじめました」

第11話「離乳食、はじめました」


 離乳食というものがある。


 赤ちゃんがミルクから普通の食事に移行するための、やわらかい食べ物のことだ。育児書によると、生後五ヶ月から六ヶ月ごろが目安らしい。


 ミアはルナの月齢を正確には知らない。拾ったときに生後数ヶ月、それから三週間近く経った。たぶんそのくらいだ。


「……始めてみようと思う」


 ミアが朝食のテーブルで言った。


「離乳食ですか」とセリアが言った。


「うん。おかゆから。育児書に書いてあった通りに作る」


「先生が作るんですか」


「セリアに教えてもらいながら」


「……わかりました」


 ルナはヴァルの背中の上でミルクを飲んでいた。満足そうだ。


(今日で卒業かもしれないよ。)


(まあ、一口目から食べるとは限らないけど。)


* * *


 おかゆを作った。


 米を丁寧に研いで、水を多めに入れて、弱火でゆっくり炊く。育児書通りだ。焦がさないように、ちゃんと見ていた。セリアが横で「火が強すぎます」「かき混ぜすぎです」「そっとしておいてください」と言い続けた。


「……できた」


 白くてやわらかいおかゆが、小さな器に入っている。


「先生、粒が残ってます」


「どこ?」


「全体的に」


「……もっとつぶす?」


「最初はなめらかな方がいいです。育児書にそう書いてありました」


「読んでたの?」


「先生が昨夜置きっぱなしにしてたので」


 ミアはすりつぶした。なめらかになった。


 小さなスプーンを用意した。ルナを膝に乗せた。


「……ルナ、今日から新しいご飯だよ」


「ぁ?」


「おかゆ。おいしいよ。たぶん」


「ぁ」


(たぶん、は余計だったかも。)


* * *


 一口目。


 スプーンをルナの口元に近づけた。


 ルナが口を開けた。


 入れた。


 ルナが固まった。


「……ルナ?」


「…………」


 目が開いている。瞬きもしていない。口の中でおかゆがどうなっているのか、全くわからない。


「……どう?」


「…………」


「おいしい?」


「…………」


(反応がない。困った。)


 セリアが横でそっと言った。


「……先生、薄味すぎたんじゃないですか」


「赤ちゃんの離乳食は薄味って書いてあった」


「薄味と無味は違うと思います」


「……」


 十秒後、ルナがごくんと飲み込んだ。


 そして顔をしかめた。


* * *


 二口目。


 ミアは気を取り直してスプーンを近づけた。


 ルナが顔を背けた。


「……ルナ」


「ぅ……」


「もう一口だけ」


「ぅ……」


「ほら、おかゆだよ。やわらかいよ」


「ぅぅ……」


 ルナの目がうるんできた。


(あ、まずい。)


「ちょっと待って、泣かないで——」


「ぅぅぅ……」


「ルナ——」


 ルナが泣いた。


 盛大に。


 ミアは素早く魔法障壁を張った。今回は準備していた。


 光が弾けた。おかゆが吹き飛んだ。スプーンが天井に刺さった。器が跡形もなくなった。


 障壁のおかげで家は無事だった。


 セリアがスプーンが刺さった天井を見上げた。


「……先生、学習しましたね」


「障壁は大事」


「おかゆがなくなりましたが」


「作り直す」


「ぅ……ぅ……」


 ルナはまだしゃくりあげていた。ミアが抱き上げてあやした。


「ごめんね。おいしくなかった?」


「ぅ……」


「じゃあ、もっとおいしく作るね」


「ぅ……」


(謝ってくれてるのかな。違うかな。でもかわいい。)


* * *


 二回目。


 今度はセリアが隣で指示を出しながら一緒に作った。


「もう少し炊きます」


「これ以上?」


「ルナちゃんが嫌がったのは食感だと思います。もっとなめらかに」


「……こう?」


「はい。あとほんの少しだけ、野菜を入れてみましょう」


「薄味じゃないの?」


「甘みのある野菜なら大丈夫なはずです。人参を少しだけ」


「育児書に書いてあった?」


「昨夜読みました」


(セリア、いつの間にか私より詳しい。)


 人参入りおかゆ、完成した。


 さっきより色がついている。においも少し甘い。


「……これなら食べてくれそう?」


「わかりません。でもさっきよりはいいと思います」


 ルナをもう一度膝に乗せた。


「ルナ、もう一回だけ試してみて」


「ぁ……」


 まだ不信感がある目だった。


 スプーンを近づけた。


 ルナが目を細めた。


 口を、少しだけ開けた。


 入れた。


「…………」


 固まった。また固まった。


(また駄目だったか、と思ったとき。)


「ぁ!」


 ルナが声を上げた。


 手足をばたばたさせた。


「……おいしかった?」


「ぁ!!」


「もう一口?」


「ぁ!!!」


 ミアはスプーンを持つ手が少し震えた。


(食べてくれた。食べてくれた!)


「先生、顔が」


「わかってる」


「ゆるんでます」


「わかってる!」


* * *


 その後、ルナは五口食べた。


 六口目で飽きた。


 口を閉じて顔を背けた。育児書に「満足したら無理に食べさせない」と書いてあったので、ミアは諦めた。


「よく食べたね」


「ぁ……」


 ルナが眠そうに目を細めた。食べた後は眠くなるらしい。


 ヴァルがそっと近づいてきた。ルナの様子を確認して、背中をそっと差し出した。


「ありがとう、ヴァル」


「……」


 ルナをヴァルの背中に乗せた。ルナはそのままうとうとし始めた。


 セリアが残ったおかゆを片付けながら言った。


「先生」


「なに」


「ちゃんとしたお母さんみたいですよ」


「……そういうこと急に言わないで」


「事実です」


「…………」


 ミアは天井に刺さったままのスプーンを見上げた。


 抜かないといけない。あとで抜こう。


(お母さん、か。)


 なってるのかな、と思った。


 なれてたらいいな、とも思った。


 ルナがヴァルの背中で「ぁ……」と寝言を言った。


 ミアはそっと笑った。


<続きます>


【次回予告】

ライナーが約束通り情報を持ってきた。

帝国と連邦の間で、大規模な戦闘が予定されている。

「関係ない」とミアは言った。

しかしルナが窓の外を見ていた。

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