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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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第8話 安全地帯

東雲ルカは、何もない指先からコインを出した。


宮部杏が二度瞬きをする。


「え、どこから?」


「教えたら手品じゃなくなる」


「持ち込み禁止じゃなかった?」


「持ってきたとは言ってないよ」


ルカが指を開く。


コインは消えている。


代わりに杏の肩を軽く指さした。


杏が見る。


何もない。


その隙にルカの反対の手からコインが出た。


「うざ」


杏が小さく笑った。


重松が死んでから、初めて部屋の中に普通の笑い声が落ちた。


ほんの数秒。


それでも何人かがそちらを見た。


柏木晴斗もその一人だった。


「それ、ゲーム中に使えたら無敵じゃん」


ルカが晴斗を見る。


「視線くらいなら逸らせるよ」


「壁の視線ってどうやって逸らすんだよ」


「壁にも目があればね」


「ないだろ」


「じゃあ無理」


晴斗が笑う。


ルカはコインをもう一度消した。


今度は本当にどこへ行ったか分からなかった。


「東雲さん、マジシャン?」


「一応。食べていけてないけど」


「俺、配送。一応食べていけてる」


「じゃあ柏木くんの勝ち」


「勝負してねえよ」


二人のやり取りを少し離れたところで聞きながら、理人はペットボトルの水を飲んだ。


重松がいた場所は空いている。


鶴巻が座っていた椅子も空いた。


二つの空白が目に入るたび、さっきまで二十四人いたことを思い出す。


水は冷たすぎた。


一口飲んだだけで胃が縮む。


汐里は羽鳥と話していた。


こちらを一度見たが、近づいては来なかった。


理人も行かなかった。


謝らないでください。


あの言葉が残っている。


正しい距離が分からない時、理人は機械なら図面を見る。


人間にはない。


天井灯が少し暗くなった。


参加者たちの声が自然に止まる。


中央表示。


《AREA 03》


《ZONING》


柏木が立ち上がった。


「来た」


その声からさっきまでの軽さが少し抜ける。


《ROLE ASSIGNMENT》


名前が切り替わる。


《MAKER》


柏木晴斗。


久保田理玖。


八田周平。


芹沢洋平。


柚原茉莉。


仁科昂平。


晴斗が画面を見てからルカを見る。


「俺、そっちじゃないみたい」


ルカは自分の白い表示を確認した。


《BREAKER》


「落とさないでよ」


「お前が迷わなきゃな」


「その返事、約束になってない」


「約束してないし」


ルカの口元が少し上がった。


「覚えとく」


床が分かれる。


六人のMAKERが沈み始める。


晴斗は最後までルカの方を見ていた。


*


BREAKERSは十六人。


四人ずつ、四つの区画へ分けられた。


理人のチームには汐里、東雲ルカ、宮部杏。


床は黒い。


四方を高さ十メートルほどの壁に囲まれた巨大空間で、上部には細い通路や可動パネルが複雑に重なっている。


空気は乾いていた。


照明は床近くから青白く照らされ、参加者の顔の下側だけを明るくする。機械油の匂いに、熱を持ったゴムのような臭いが混じっていた。


中央に三本の柱。


一本ずつ、人が抱えられる太さ。


高さは腰くらい。


先端が青く点灯している。


表示。


《ZONE BEACON ×3》


《三本のBEACONで囲まれた内側のみSAFE ZONEとなる》


《MAKERは各TEAMに与えるSAFE AREAを決定する》


《制限時間内にEXITへ到達せよ》


杏が表示を読み終える。


「三角形作れってこと?」


ルカが一本を持ち上げる。


思ったより重かったらしく、肩が少し下がった。


「たぶん。三本で囲った中だけ安全」


理人もビーコンを持つ。


底部に小さな車輪が付いている。


引きずれる。


「面積はこっちじゃ決められない」


汐里が腕輪を見る。


まだ数値は出ていない。


「MAKERが決めるんでしょうね」


ルカが上を見る。


どこかに晴斗たちの部屋があるはずだ。


「だったら、晴斗くんに期待しよっかな」


杏が笑う。


「仲良かったもんね」


「五分くらい喋っただけだけど」


「この中じゃ長い方じゃない?」


それはそうかもしれない。


理人は少し離れた別チームを見る。


荒巻泰造。


有川とは別区画。


二階堂隆雅。


越智恒成。


それぞれ四人。


透明壁によって区切られているため、声は届かない。


MAKER ROOMの映像が頭上に表示された。


晴斗がいる。


ルカが手を振る。


向こうから見えているかは分からない。


*


晴斗の操作卓には四つの数字しかなかった。


《TEAM A》


《TEAM B》


《TEAM C》


《TEAM D》


その上。


《TOTAL SAFE AREA : 200》


《MINIMUM : 20》


《MAXIMUM : 80》


《ALL AREA MUST BE ASSIGNED》


「また配分か」


晴斗が言った。


久保田理玖がすぐ答える。


「前とは違います。今回は面積」


「分かってるよ」


「ならいいです」


「君、感じ悪いって言われない?」


「よく分からない質問ですね」


芹沢洋平が二人の横で鼻を鳴らした。


「今それやってる場合か」


晴斗は画面を見る。


TEAM B。


東雲ルカ。


真鍋理人。


有川汐里。


宮部杏。


「B、多めにしたい」


八田周平が眼鏡を直す。


「理由は」


「四人いるから」


仁科が笑った。


「全部四人だろ」


晴斗は画面を見直した。


確かにそうだった。


「じゃあ、知ってるやついるから」


「それは理由になるのか?」


「俺が決める側なんだから理由だろ」


久保田が空中へ数字を書くように指を動かす。


「面積が広ければ単純に有利だとするなら、均等五十が最も公平です」


「公平でいいなら、俺ら要らないじゃん」


柚原茉莉が言った。


「六人も集めて決めさせてるんだから、何かあるんじゃない?」


晴斗はルカの映像を見る。


あの男なら広い場所を使って何かやりそうだった。


狭いところで器用に進む姿も想像できる。


けれど前のゲームで理人たちが狭い道へ割り当てられたことを思い出す。


安全を減らされた側。


今回は逆にできる。


「B、八十」


晴斗が言った。


久保田が顔を向ける。


「最大値?」


「うん」


「残り百二十を三チームへ分けることになります」


「四十ずつでいいだろ」


「理由は」


晴斗は少し考えた。


「前のゲームでさ、少ない側が得するなんて普通思わないじゃん」


誰も言わない。


「今度は、ちゃんと多い方をやりたい」


茉莉の目が一瞬だけ晴斗へ向いた。


「誰のために?」


「別に」


「東雲さん?」


「だから、別にって」


芹沢が低く笑った。


「顔に出てるぞ」


晴斗が顔をしかめる。


「元刑事ってそういうの言いたがるよな」


「元じゃなくても分かる」


時間表示。


残り十五秒。


久保田。


「Bに八十。A、C、Dに四十ずつなら合計二百。論理的な偏りはありますが、規則上問題はありません」


晴斗は確認画面へ触れた。


一瞬だけ、MARGINの時のことが頭をよぎる。


多い方が良いとは限らない。


でも今回は面積だ。


安全地帯。


広い方が悪い理由が思いつかなかった。


「決めるよ」


誰も止めなかった。


晴斗が指を置く。


《TEAM B : 80》


《TEAM A : 40》


《TEAM C : 40》


《TEAM D : 40》


六人の認証。


赤い表示。


《DECISION ACCEPTED》


*


理人の足元に青い線が走った。


三本のビーコンを結ぶように光が伸びる。


三角形。


それが広がる。


予想よりずっと大きい。


杏が目を見開く。


「広っ」


腕輪。


《TEAM B》


《SAFE AREA : 80》


別チーム。


四十。


ルカが上を見た。


「晴斗くん、やるじゃん」


安全地帯は、他チームの倍。


青い光で囲まれた床は広く、四人が走っても互いにぶつからない。


杏がルカを見る。


「本当に優遇された」


「人徳かな」


「五分しか喋ってないくせに」


「五分で人徳って伝わるんだね」


ルカは笑った。


理人だけが動かなかった。


三本のビーコンを見ている。


青い三角。


その外側の床が黒から赤へ変わった。


少し遅れて、赤い部分がゆっくり沈み始める。


床そのものが消える。


下には複雑な機械構造。


回転軸。


レール。


可動壁。


落ちればどうなるか分からない深さ。


杏の笑いが止まった。


《START》


前方の壁が開く。


遠くに緑色のEXITランプ。


ルカがビーコンを引いた。


「行こう。八十もあるなら余裕でしょ」


理人もビーコンを動かす。


青い安全地帯が移動する。


その瞬間、遠くで重い駆動音がした。


ゴゴゴ、と腹の奥まで響く低い音。


出口の周辺にあった壁が左右へ動き始めた。


広い青い三角を保つために。


理人は少しだけ目を細めた。



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