第46話 三百億円
SOURCE INDEXを開いたのは八田だった。
「私が見ます」
経理畑の指は速かった。
一枚目。
《K-13 PROJECT OVERVIEW》
その下に並ぶ企業名。
九条本体。
物流子会社。
地下資源管理会社。
地方自治体との共同事業体。
金融機関。
保険。
建設会社。
理人はスクロールする。
写真。
地下。
巨大な搬送路。
貯蔵設備。
旧鉱山坑道を補強した空間。
資源保管。
廃材再処理。
物流備蓄。
複数の用途が一つへ詰め込まれている。
荒巻が画面を見た。
「旧鉱山転用」
自分と鶴巻の線。
「これか」
理人は写真の端を見る。
鋼製フレーム。
刻印。
《K-13》
最初に見たものと同じ字体。
鶴巻は嘘をついていなかった。
設備番号でもあった。
ただ、
設備の属するものが大きすぎただけだ。
次の資料。
《GROUNDWATER MONITORING》
グラフ。
複数地点。
わずかな異常値。
《SUBSURFACE DEFORMATION》
地層変位。
規定内。
ただし、
数年単位の予測幅が大きい。
皆川が画面を読む。
「危険なの?」
荒巻が首を振る。
「今すぐ崩れるって資料じゃねえ」
二階堂。
「だから難しい」
次。
《CONTINUE SCENARIO》
現行操業継続。
追加補強。
監視井増設。
雇用維持。
取引網維持。
段階的改善。
その横。
《LONG-TERM UNCERTAINTY REMAINS》
汐里の目が止まる。
「地下水への影響」
理人。
「確定じゃない」
「確定してからでは遅いものもあります」
次。
《SHUTDOWN SCENARIO》
操業停止。
段階閉鎖。
設備撤去。
地下圧管理。
地下水経路再評価。
荒巻が途中で眉を寄せた。
「止めりゃ安全って話でもねえな」
停止後の危険。
排水。
圧力変化。
保守要員減少。
坑道の安定化。
長期撤去。
二階堂が言う。
「運転中だから管理できている設備もある」
一ノ瀬。
「でも続ければ、潜在リスクは残る」
「ええ」
どちらにも、
赤い項目がある。
最後。
《DISCLOSURE SCENARIO》
全面情報開示。
行政報告。
住民説明。
事業拡張停止。
外部専門家による再評価。
その下。
融資契約条項。
信用格付。
共同事業契約。
損害賠償可能性。
株式。
雇用。
自治体財政。
赤字が続く。
晴斗が画面を見る。
「これ、公開しただけで会社が終わるんじゃ」
八田。
「全部ではありません。ただ、融資契約の一部に重大情報開示条項があります」
越智。
「隠していた事実が認定されれば、契約違反も出る」
「じゃあどうすんだよ」
晴斗の声が少し大きくなる。
誰も答えない。
十三番目。
まだ実行されていない理由が、
少し分かった。
どれを押しても、
何かが壊れる。
*
葉月は別の資料を開いていた。
《KUJO FAMILY TRUST》
右上。
古い印。
《第十三号》
葉月の指が止まる。
「これ」
八田が見る。
「あの書類と同じ」
葉月が開く。
正式名称。
《九条第十三信託》
設立者。
九条玄蔵。
信託目的。
K-13関連資産および義務の承継。
次。
《TRUST ASSET VALUE》
数字。
¥30,000,000,000相当。
晴斗の顔が固まる。
「三百億」
第1日。
最初に聞いた金額。
全員が、
それを賞金だと思った。
現金。
株。
土地。
何でもいい。
最後に残ればもらえる財産。
八田が内訳を開く。
土地。
設備。
持分。
現金準備。
保険積立。
補償準備金。
撤去積立。
維持管理口座。
契約上の権利。
同じ画面の下。
《ASSUMED OBLIGATIONS》
保守契約。
従業員雇用義務。
環境監視。
補償対応。
借入契約。
撤去責任。
訴訟対応。
事故発生時の緊急措置。
晴斗の顔が変わる。
「待って」
葉月も読む。
「これ、もらう金じゃ」
八田が答える。
「資産です」
「でも」
「自由に使える三百億ではありません」
その声はいつも通りだった。
だからこそ、
言葉が重く落ちた。
「K-13に付随する資産と義務をまとめて承継する信託です」
理人は画面を見る。
三百億。
ずっと遠くにあった数字。
急に、
違う重さになる。
賞金ではない。
逃げ切った人間が持ち帰る金でもない。
何かを止める。
続ける。
補償する。
守る。
壊す。
そのために必要な金。
葉月が画面から目を離す。
「おじいちゃん、これを遺産って言ったの?」
スピーカーが入った。
玄蔵。
「そうだ」
初めて声が出る。
葉月の顔が上がる。
「こんなの、遺産じゃない」
「財産と義務を受け継ぐ。遺産としては普通だ」
「普通?」
「金だけ欲しかったか」
葉月が唇を噛む。
「そういうこと言ってない」
玄蔵。
「知っている」
それ以上は言わない。
理人が天井を見る。
「三百億を渡す相手を選ぶゲームじゃなかったんですね」
玄蔵。
「最初から、三百億を扱う者を選んでいた」
「違う」
理人自身が、
言ってから気づいた。
玄蔵の映像。
老人の目が少し細くなる。
「何がだ」
理人は資料を見る。
「三百億を扱う人じゃない」
K-13。
土地。
仕事。
地下水。
地域。
会社。
「決める人を選んでた」
玄蔵は否定しなかった。
その沈黙が答えだった。
*
中央画面。
《FINAL AUTHORITY COMPOSITION》
人数。
《6》
十六人が見る。
晴斗が呟く。
「六?」
六つの欄。
《FACILITY / TECHNICAL》
真鍋理人。
《PUBLIC SAFETY / MEDICAL》
有川汐里。
《GOVERNANCE / COMPLIANCE》
越智恒成。
《TRUST / BENEFICIARY》
三雲葉月。
《COMMUNITY IMPACT》
柏木晴斗。
《ECONOMIC CONTINUITY》
二階堂隆雅。
名前が埋まる。
残り十人。
茉莉。
荒巻。
久保田。
芹沢。
皆川。
一ノ瀬。
ルカ。
志摩。
杏。
八田。
その腕輪に、
同時に表示。
《ROLE COMPLETE》
《SAFE EXIT AVAILABLE》
杏が驚く。
「終わり?」
久保田。
「選考が終わったという意味でしょう」
皆川は六人の名前を見る。
「ずいぶん綺麗に役割分けしたね」
二階堂。
「最初から分類していた可能性が高い」
「人を?」
葉月が嫌そうに言う。
「おじいちゃんらしい」
荒巻は自分の右肩を押さえた。
「じゃ、俺らは帰れってか」
玄蔵。
「そうだ」
荒巻が画面を見る。
「残れって言われても困るがな」
最初にSAFE EXITへ向かった。
途中、
理人の前で止まる。
「足」
「はい」
「引きずってるぞ」
「分かってます」
「分かってねえ奴の返事だな」
荒巻はそれだけ言って進む。
杏は汐里の前で止まった。
「羽鳥さん、外にいますよね」
「たぶん」
「会ったら、止めてくれて良かったって言っときます」
汐里が一瞬だけ目を伏せる。
「自分で言ってください」
杏が笑う。
「そうします」
茉莉は晴斗とルカの間へ割って入る。
「最後に喧嘩しないでよ」
晴斗。
「何で俺だけ」
ルカ。
「普段の行いじゃない?」
晴斗がルカを見る。
「お前も出るんだろ」
「出るよ」
ルカは少しだけ表情を変えた。
「だから最後、ちゃんと聞きな」
「何を」
「相手がどうしたいか」
晴斗は返事をしなかった。
ルカが肩を小さくぶつける。
「そこ」
「分かったよ」
「本当に?」
「分かった」
「じゃあいい」
一ノ瀬は越智を見る。
「法的には、ここからの方が面倒です」
「でしょうね」
「逃げないでください」
「努力します」
「努力じゃ困ります」
越智がほんの少し笑う。
志摩は出口へ向かう途中、
誰も座っていない片平の席があった方を一度見た。
それから二階堂へ。
「数字では、CONTINUEが有利になる可能性があります」
二階堂。
「数字だけなら」
志摩は頷く。
「そこから先は、お願いします」
八田は葉月へ紙を一枚渡した。
九条第十三信託。
第十三号。
「原本ではありません。ただ、あなたが持っていた方がいい」
葉月は受け取る。
「私、孫だから?」
八田は少し考えた。
「今は、最後まで残るからです」
葉月はその答えの方が気に入ったらしい。
紙を折らずに持った。
最後に久保田。
理人へ言う。
「前提が変われば、答えも変わります」
「はい」
「今度は、前提から疑ってください」
「あなたに言われると重いですね」
久保田は少し笑った。
「評価です」
二階堂の真似だった。
扉が開く。
十人。
一人ずつ、
白い通路へ消えていく。
死亡ではない。
敗北でもない。
役割が終わっただけ。
それでも、
部屋は急に広くなった。
最後に扉が閉じる。
六人。
理人。
汐里。
越智。
葉月。
晴斗。
二階堂。
中央。
三つの選択肢。
《CONTINUE》
《SHUTDOWN》
《DISCLOSE》
その上。
《DECISION 13》
《FINAL AUTHORITY : 6》
葉月が祖父の映像を見る。
「これがやりたかったの?」
玄蔵は椅子に座ったまま答える。
「十三回目だけは、私一人で押せなかった」
葉月の目が細くなる。
「格好つけないで」
玄蔵は黙る。
「自分で決めるのが怖かっただけでしょ」
少し間。
「そうだ」
否定しなかった。
それが、
葉月には一番腹が立つ答えだった。




