↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/48

第44話 父が選んだ方

《真鍋精工株式会社》


画面の文字は消えなかった。


理人は目を逸らせなかった。


父の会社。


子どもの頃、


何度も行った。


事務所の入口に灰色のマット。


機械油の匂い。


夏でも工場の中は熱く、


父の作業着は背中だけ色が変わっていた。


閉鎖されたあと、


家では会社の話をしなくなった。


母も。


父も。


理人も。


誰かに切られた。


そういうものだと思っていた。


九条に。


大きな会社に。


力のある側に。


画面が更新される。


《DECISION 01》


《再建支援撤回》


《PRECEDENT FILE RELEASE》


越智恒成の顔が変わった。


ほんの少しだった。


理人には分かった。


「知ってるんですね」


越智は否定しなかった。


「はい」


「どこまで」


「当時、コンプライアンス部門で確認に入りました」


理人の喉が熱くなる。


「確認?」


「条件説明と意思確認です」


「誰の」


越智は理人を見る。


「あなたのお父様の」


理人が一歩近づいた。


右足が痛む。


それでも止まらない。


「九条が切ったんでしょう」


越智はすぐ答えない。


その間が、


理人には肯定より嫌だった。


「答えてください」


「最終的な再建支援撤回を決裁したのは九条玄蔵です」


理人の肩が少し落ちる。


知っていた答え。


そのはずだった。


越智は続けた。


「ただし、その前に選択肢がありました」


理人の身体が止まる。


画面。


古い書類。


PDFのような画像。


黄ばんだ紙。


上部。


《真鍋精工株式会社 再建案比較》


二つ。


A。


《全社再建継続》


条件。


追加担保。


個人保証継続。


経営権制限。


追加融資。


雇用維持努力。


B。


《精密部門限定承継》


中核設備。


特許。


技術者十八名。


九条系新会社へ移管。


その下。


《代表者個人保証解除》


《自宅担保解除》


《残余部門清算》


理人は最後の行を読む。


《雇用非承継:46名》


数字だけが、


妙に大きく見えた。


「何これ」


声が自分のものに聞こえない。


越智。


「当時の再建案です」


「Aなら会社を残せた?」


「可能性はありました」


「じゃあ何で」


越智が黙る。


理人は画面を見る。


B。


十八人を移す。


四十六人は残さない。


家。


保証解除。


父。


嫌な形が見え始める。


理人は首を横に振った。


「違う」


誰も何も言っていない。


それでも口から出た。


「父は」


画面が次の資料へ変わる。


《限定承継同意書》


代表者。


署名。


真鍋――


父の名前。


理人はそこで読めなくなった。


知っている字だった。


年賀状。


学校の提出書類。


保証人欄。


何度も見た。


父の字。


越智が静かに言う。


「署名は本人のものです」


理人は越智を見る。


「脅した?」


「私が確認した範囲では、選択肢と結果は説明されています」


「そんなの」


声が大きくなる。


「会社が潰れるって時に二つ出されて、自由に選んだって言えるんですか」


「言えないと思います」


越智の返答が早かった。


理人の言葉が止まる。


越智は続ける。


「だから私は、あなたのお父様が自由に選んだとは言いません」


「じゃあ」


「選んだこと自体は事実です」


理人の拳が握られる。


越智は逃げない。


「Aは、家まで担保に残る」


「はい」


「個人保証も」


「はい」


「それでも会社は助かるか分からない」


「はい」


「Bなら」


理人は自分で読む。


「家は残る」


越智は頷く。


「十八人も」


「はい」


「四十六人は」


答えは要らない。


画面にある。


雇用非承継。


四十六。


工場で見た顔が浮かぶ。


名前までは覚えていない人たち。


子どもの理人へジュースをくれた人。


父と喧嘩するように話していた人。


年末に餅を持ってきた人。


誰が十八で、


誰が四十六だったのか分からない。


そのことが余計に苦しかった。


「父は」


理人は言う。


「家を選んだ?」


越智が少しだけ目を伏せた。


「それだけではありません」


理人の顔が上がる。


越智は古い記録を見ている。


「最終確認の時、お父様は最初に個人保証の解除を確認しました」


胸の奥が沈む。


「『家だけは残るんですね』と」


理人は息を止めた。


父の声で聞こえた気がした。


越智。


「そのあと、十八人の雇用について三回確認しています」


理人の指が少し緩む。


「三回?」


「所属先。賃金。勤続年数の扱い」


越智は覚えている。


二十年近く前の会議。


「最後に、『十八人は必ず雇うんですね』と聞いた」


理人は画面を見る。


「それで」


「確認が取れたあと、署名しました」


誰も喋らなかった。


父は、


家だけを選んだわけではない。


会社だけを捨てたわけでもない。


十八人を選んだ。


四十六人を選ばなかった。


それをどう呼べばいいのか、


理人には分からない。


良い。


悪い。


正しい。


間違い。


どれも薄い。


二階堂が少し離れた場所から資料を見る。


何も言わない。


汐里も。


今は誰も、


父を評価しなかった。


それがありがたかった。


*


画面へ新しい欄が出る。


《DECISION STRUCTURE》


《ALL-OR-NOTHING RESCUE : HIGH FAMILY LIABILITY》


《LIMITED SUCCESSION : PARTIAL EMPLOYMENT / FAMILY LIABILITY RELEASE》


そして。


《SELECTED : LIMITED SUCCESSION》


その下。


《KUJO GENZO : APPROVED》


理人の目が止まる。


父が選んだ。


九条が承認した。


一人だけの決断ではない。


「じゃあ九条は」


理人が言う。


「父がBを選んだから、支援を撤回した?」


越智。


「全社支援を撤回し、限定承継へ切り替えました」


「九条が選択肢を作った」


「はい」


「父が選んだ」


「はい」


「あなたは」


越智を見る。


「確認した」


「はい」


三人。


それぞれ違う場所で、


同じ結果に関わっている。


誰か一人を悪者にすれば、


ずっと簡単だった。


理人は拳を開いた。


掌に爪の跡が残っている。


PRECEDENTの表示が変わる。


《STRUCTURAL MATCH》


THRESHOLD。


評価基準。


基準以上を残す。


基準未満を切る。


理人が承認した判断。


その横。


真鍋精工。


十八人を残す。


四十六人を残さない。


同じではない。


規模も。


事情も。


責任も。


それでも、


似ている。


「これを見せたかったのか」


理人が天井を見る。


九条玄蔵の映像が出る。


老人は椅子に座っていた。


顔色は以前より悪い。


頬の影が濃い。


「違う」


玄蔵。


理人の眉が寄る。


「何が」


「私は君に父親を嫌わせたいわけではない」


「じゃあ何で」


「君が父親を被害者だけにしていたからだ」


理人の喉が動く。


「父は被害者です」


「そうだ」


玄蔵は否定しない。


「そして選んだ側でもある」


理人は返せない。


玄蔵。


「両方である人間を、片方にするな」


その言葉だけで通信が切れた。


長い説明はない。


理人には、


その方が腹立たしかった。


でも、


否定できなかった。


父は追い込まれた。


九条が選択肢を作った。


その選択肢は残酷だった。


それでも、


最後に署名したのは父だった。


十八人。


四十六人。


家。


会社。


全部を救う選択肢はなかった。


少なくとも、


父が立っていた場所からは。


汐里が理人の近くへ来る。


何も言わない。


理人も言わない。


しばらく二人で画面を見る。


父の署名。


やがて理人が口を開く。


「前なら」


汐里が見る。


「九条が悪いで終わってました」


「今は?」


理人はすぐ答えられなかった。


「九条が悪くないとは思わない」


「はい」


「父が悪いとも」


「はい」


「でも」


画面の十八と四十六を見る。


「誰かが選んだ結果なんですね」


汐里は頷かなかった。


否定もしない。


「たぶん」


理人が言う。


汐里が少しだけ口元を動かした。


「便利になりましたね」


以前、


自分が言われた言葉。


理人も少し笑う。


その直後、


PRECEDENT画面が更新された。


《CURRENT APPLICATION READY》


《ORIGINAL DECIDER : MANABE RIHITO》


《PRECEDENT : CRITERIA-BASED SELECTION》


《OVERRIDE AVAILABLE》


その下。


《PRIOR DECISION : WRONG》


理人は承認欄を見る。


父の選択。


自分の選択。


どちらかを、


簡単に「間違い」と押すことができなかった。


画面は答えを待っている。


理人はまだ指を置かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。