第42話 SEND COMPLETE
《PRECEDENT ARCHIVE》
十二個の項目は開かなかった。
DECISION 01を押しても、
《LOCKED》
02も。
03も。
すべて同じ。
晴斗が画面を何度か押す。
「見せる気ないなら出すなよ」
苑子は別の場所を見ていた。
画面右下。
小さい。
ほとんど操作説明のような文字。
《CLAIM AUDIT》
その下。
《EXTERNAL ESCALATION》
「待って」
苑子が言った。
晴斗の指が止まる。
「何」
苑子は右下へ触れた。
新しい画面。
《OUTBOUND AUDIT CLAIM》
《PUBLIC INTEREST ESCROW CONNECTION : AVAILABLE》
越智が近づく。
「外部接続?」
苑子の目が動く。
「たぶん」
「何でこんなのが」
八田が画面を見る。
「監査用です。内部手続で処理できない重大案件を、外部保全先へ送る仕組みかと」
苑子の呼吸が変わった。
ここへ来てから初めて、
施設の外という言葉が、
扉ではなく通信として目の前に現れた。
「送れる?」
理人。
苑子は画面を進める。
《SELECT DATA》
SOURCE INDEX。
CLAIM LOG。
DECISION REFERENCES。
参加者識別番号。
K-13関連断片。
まだ中身が開かない資料まで、
存在証明として選べる。
苑子の指が速く動く。
全部。
《SELECT ALL》
次。
《EXTERNAL ESCALATION REQUIRES IDENTIFIED CLAIMANT》
《ANONYMOUS SUBMISSION NOT AVAILABLE》
苑子が自分の腕輪を読み込ませる。
《MAKISE SONOKO》
認証。
その瞬間、
赤い警告。
《CONTINUATION AUTHORITY WILL BE FORFEITED》
晴斗が声を上げる。
「ちょっと待って」
苑子も読んでいる。
《OUTBOUND CLAIM成立後、CLAIMANTは施設内ゲームへの継続資格を失う》
《SAFE EXIT PROVIDED》
《CANCEL / CONTINUE》
杏が近づく。
「それ、送ったら苑子さん出るってこと?」
「そうみたい」
「じゃあやめれば」
「何で」
杏の口が止まる。
苑子は画面を見る。
まだ真相は全部分かっていない。
十二のDECISION。
K-13。
第十三号。
三百億。
つながっていないものの方が多い。
記者なら、
最後まで確認してから出したい。
裏を取る。
相手へ当てる。
反証を取る。
それから出す。
そうしてきた。
ここで送れば、
不完全だ。
記事にもならない。
晴斗が言う。
「最後まで見てからでもいいんじゃない?」
苑子は答えない。
その言葉は正しい。
少なくとも、
普通の取材なら。
芹沢が少し離れた場所で見ている。
「外に出たら、自分で持ってけるんじゃねえの」
苑子が首を横に振る。
「私は出られる。でも、このデータ全部を持ち出せる保証はない」
「覚えりゃいい」
「十二案件全部?」
芹沢が黙る。
苑子は画面へ触れる。
DECISION 01。
LOCKED。
「中身が見えなくても、ここに十二個の決裁記録が存在することは送れる」
K-13。
「この番号が施設記号だけじゃないかもしれないことも」
CLAIMログ。
「ここで人の生存条件が決められてた記録も」
杏。
「でも苑子さんが残れば、もっと分かる」
苑子は杏を見る。
「残って、全部分かったあと送れなかったら?」
言葉が落ちた。
誰もすぐには返せない。
この施設は、
今まで何度も、
後でやればいい、
という選択肢を消してきた。
苑子はCONTINUEの上へ指を置いた。
理人が呼ぶ。
「牧瀬さん」
「うん」
「本当に今でいいですか」
苑子は少し考えた。
「良くない」
理人の眉が動く。
「全然良くない。まだ半分も分かってないし、これだけ送っても受け取った側は意味分かんないと思う」
「なら」
「でも」
苑子は十二本の線を見る。
「意味が分からない資料でも、外に残ってれば後から意味が変わる」
理人の口が止まる。
以前なら、
正しい状態になるまで修理してから渡した方がいいと思った。
途中のものは、
途中でしかない。
でも苑子は、
途中だから残すと言っている。
芹沢が靴先を見る。
「記者ってのは面倒だな」
苑子が少し笑う。
「元刑事に言われたくない」
「記事にすんのか」
「まだ無理」
「じゃあ何送る」
苑子は画面を見る。
「証拠」
芹沢が顔を上げる。
「記事じゃなくていい。今は」
苑子は親指を置いた。
「消せない場所に残ればいい」
押した。
《CONTINUE》
画面が暗転。
一秒。
《IDENTITY VERIFIED》
《DATA HASHING》
数字が流れる。
十二のDECISION。
各SOURCE REF。
CLAIM判定。
K-13。
第十三号。
参加者24名。
一つずつ項目が送信待ちへ変わる。
《OUTBOUND CHANNEL OPEN》
苑子は画面から目を離さない。
途中で止まるかもしれない。
接続を切られるかもしれない。
玄蔵が止めるかもしれない。
スピーカーは沈黙している。
10%。
23。
41。
晴斗が数字を見る。
「遅い」
苑子。
「外部監査回線ならこんなもんかも」
「詳しいの?」
「全然」
「じゃあ言わないでよ」
「誰かの真似」
少しだけ笑いが起きる。
53%。
その時、
照明が一度落ちた。
真っ暗。
杏が息を呑む。
画面だけが残る。
《CONNECTION RETAINED》
62。
苑子は指を画面の縁へ置いた。
触れていても何もできない。
ただ見ている。
72。
83。
90。
残り十。
急に長く感じる。
95。
96。
止まった。
誰も動かない。
晴斗が小さく言う。
「止まった?」
苑子は答えない。
97。
98。
99。
一秒。
二秒。
画面。
《SEND COMPLETE》
苑子の肩がゆっくり下がった。
何かをやり遂げた顔ではなかった。
むしろ、
これでもう戻せないと確認したような顔だった。
すぐ横に、
《CONTINUATION FORFEITED》
《SAFE EXIT OPEN》
白い扉。
杏が苑子を見る。
「本当に出るんだ」
「そうみたい」
「もっと何か」
杏は言葉を探す。
「言うことないの?」
苑子が少し笑う。
「取材ならある」
「今は?」
「疲れた」
晴斗が吹き出しかけ、
途中でやめる。
苑子は十二本の線が描かれた紙を理人へ渡した。
「持ってて」
「俺が?」
「一番なくさなそう」
「設備点検員だから?」
「性格」
理人は紙を受け取る。
苑子は次に芹沢を見る。
「臨港倉庫」
芹沢の目が細くなる。
「まだ何も分かってない」
「だから残って調べて」
「俺に?」
「元刑事でしょう」
「もう元だ」
「便利ですね、それ」
芹沢が鼻で息を吐いた。
苑子は葉月を見る。
言葉を迷う。
「おじいさんのこと」
葉月が先に言った。
「分かったら、外で聞く」
苑子は頷いた。
最後に全員を見た。
十六人。
最初は二十四人いた。
「じゃあ」
言ってから、
何か足そうとした。
やめた。
扉へ向かう。
白い光。
手前で一度だけ立ち止まる。
「外に出たら」
晴斗。
「何する?」
苑子は振り返った。
「届いてるか確認する」
記者らしい答えだった。
扉が閉じる。
《MAKISE SONOKO――CONTINUATION ENDED》
《ACTIVE PARTICIPANTS : 16》
理人の手には、
十二本の線。
施設の外には、
初めて、
この場所の記録が残った。




