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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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40/48

第40話 五十九

理人の表示が青へ変わった。


《CLAIM APPROVED》


RISK。


63。


黄色い保守箱の側面が開く。


中から細い補助レールが伸び、


傾いていた床を下から支える。


さらに小型の電動工具。


理人は表示を見る。


「助かった」


言ってから、


その言葉が少し引っ掛かった。


自分が承認されたということは、


誰かがされていない。


そんなことは分かっている。


それでも今は自分の床が安定した。


工具を使う。


噛み込んだ金具を外す。


モーター。


復帰。


《FAULT CLEARED》


先へ進む。


自分に割り当てられた救助が、


誰から外れたのかは分からない。


*


葉月。


《RISK SCORE : 60》


《CLAIM APPROVED》


補助ワイヤーが降りる。


助かる。


荒巻。


65。


承認。


茉莉。


38。


却下。


「低いってこと?」


表示。


《SELF RECOVERY AVAILABLE》


茉莉は故障した小扉を見る。


「なら最初からそう言ってよ」


一人でハンドルを回す。


晴斗。


55。


却下。


ルカ。


49。


却下。


それでも進める。


一ノ瀬。


68。


承認。


芹沢。


61。


承認。


皆川。


60。


承認。


苑子。


45。


却下。


汐里。


31。


却下。


そして、


片平志乃。


59。


画面が点滅した。


一度消える。


再表示。


《CLAIM DENIED》


片平は動かなかった。


五十九。


承認条件は表示されない。


ただ拒否された。


《MANUAL BYPASS REQUIRED》


《TIME LIMIT : 90》


九十秒。


片平はハンドルを見る。


足場。


向こう側。


二メートル。


方法は一つ。


回す。


固定する。


渡る。


一人で。


「分かった」


小さく言った。


ハンドルを握る。


回す。


一周。


二周。


三周。


足場が上がる。


胸の高さ。


片平は腰のベルトから短い固定具を外す。


ハンドルのスポークと壁のフックへ通す。


即席。


引く。


止まる。


手を離す。


足場は落ちない。


「いける」


一歩。


固定具が軋む。


二歩。


足場へ乗る。


表示。


《62》


片平は向こう側を見る。


あと一メートル半。


足場が少し沈む。


固定具。


金属音。


理人なら、


この音を聞いただろう。


荒巻なら、


荷重を見ただろう。


片平には、


そのどちらもない。


ただ葬儀場で何度も聞いた、


台車の金具がずれる音に少し似ていると思った。


一歩。


《55》


次。


足場の中央。


固定具が、


数ミリ滑った。


片平の身体が止まる。


戻る。


進む。


どちらも距離は同じくらい。


「戻った方が」


自分で言う。


けれど戻れば、


また最初から。


五十五秒。


片平は前へ出た。


足場が傾く。


左。


身体が流れる。


手を伸ばす。


壁。


届かない。


固定具が外れた。


音は小さかった。


カチン。


それだけ。


次の瞬間、


ハンドルが逆回転した。


足場が落ちる。


片平の膝が浮く。


「っ」


身体が前へ投げ出される。


向こう側の縁。


右手。


指先が触れる。


四本。


三本。


二本。


滑る。


左手も出す。


届かない。


身体が落ちる。


安全線。


腰のベルトが引かれた。


片平の身体が宙で止まる。


壁へ肩がぶつかる。


息が抜ける。


《MANUAL BYPASS FAILED》


《TIME : 41》


片平はロープへ両手を置いた。


上を見る。


元の足場はすでに下がっている。


向こう側の床は一メートル以上上。


自力では戻れない。


画面。


《CLAIM USED》


《RESUBMISSION NOT AVAILABLE》


片平はそれを読んだ。


もう一度。


《CLAIM DENIED》


*


MAKER ROOM。


条件確定後、


匿名だったCLAIM番号に名前が割り当てられていた。


杏が最初に見つける。


「片平さん」


志摩の指が止まった。


画面。


《KATAHIRA SHINO》


《RISK SCORE : 59》


《DENIED》


その下。


LIVE映像。


安全線に吊られた片平。


志摩は映像を見る。


何も言わない。


杏が横を見る。


「五十九、片平さんだった」


「見えています」


「あと一だった」


「ええ」


「条件変えられない?」


越智が先に答える。


「決定後変更不可です」


杏は志摩を見る。


志摩はまだ映像を見ている。


片平がロープへ掴まったまま、


何かを探している。


支点。


足場。


どこにも届かない。


タイマー。


《31》


杏。


「六十と五十九って、そんなに違う?」


志摩の喉が動いた。


「違いません」


杏が少し驚く。


志摩は続ける。


「でも六件と七件は違う」


それだけ。


二階堂が志摩を見る。


志摩は目を逸らさない。


合理的だった。


高いリスクから六人。


名前なし。


例外なし。


その結果、


五十九が切れた。


*


片平の耳元で、


小さな電子音が鳴った。


《20》


安全線は支えている。


落ちて死ぬことはない。


ただ出口へは届かない。


片平は一度、


力を抜いた。


身体がロープへ預けられる。


十七。


十六。


「九条さん」


返事はない。


「失敗したら、どうなるんですか」


数秒。


玄蔵の声。


「この区画の継続資格を失う」


「死にはしない?」


「その状態からの転落死はない」


片平は少し笑った。


「そこだけは親切なんですね」


玄蔵は答えなかった。


十。


九。


片平は上を見た。


MAKER ROOMがどこにあるかは分からない。


それでも誰かが自分の申請を落とした。


名前を見ず。


顔を見ず。


数字で。


それは、


この場所ではむしろ公平なのかもしれなかった。


六。


五。


片平は腕輪を見る。


五十九。


「一足りなかった人、前にもいたな」


久保田。


あの時は続けた。


今回は、


自分は続けない。


条件が違う。


それだけ。


二。


一。


《TIME UP》


横の壁が開いた。


安全線がゆっくり片平を引き上げる。


出口ではない。


白い通路。


《SAFE RETRACTION》


片平の足が床へ着く。


肩を一度回す。


痛む。


歩ける。


最後に振り返った時、


黄色い箱の画面だけが見えた。


《RISK SCORE : 59》


その下。


小さな管理番号。


《SURE-07-2184》


片平はそれを読んだ。


何かに引っ掛かった顔をしたが、


思い出せない。


そのまま白い通路へ入る。


*


MAKER ROOMのスピーカーが開いた。


片平の声が一度だけ全体へ流れた。


「基準、六十からだったんですか」


志摩の顔が上がる。


返答は義務ではない。


それでも口を開いた。


「はい」


片平は少し黙った。


「志摩さんが決めた?」


ほかの五人も承認した。


そう言うこともできる。


志摩は言わなかった。


「私が提案しました」


片平の声。


「そうですか」


それだけだった。


責めない。


怒らない。


だから志摩の指が、


操作卓の同じ場所を何度も叩きかけて、


止まった。


片平は最後に言った。


「数字では、そうなるんですよね」


通信が切れた。


志摩はしばらく動かなかった。


苑子は別の通路で、自分の却下されたCLAIMを手動で処理しながら、


壁に一瞬だけ出た管理番号を見ていた。


《SURE》


その四文字。


以前どこかで見た。


紙の上。


黒塗りされた資料。


線をまだ引けていない二人。


苑子の手が止まる。


同時に中央表示。


《KATAHIRA SHINO――CONTINUATION ENDED》


残り十七人。


志摩由良の前には、


もう片平の映像はなかった。


ただ、


五十九という数字だけが残っていた。

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