第33話 良い人間の条件
久保田理玖は、透明なEXITの前から動かなかった。
後ろでは他の参加者が課題を続けている。
自分だけが先に着いた。
SCORE。
《87》
BASE THRESHOLD。
《80》
扉は閉じている。
久保田はもう一度ルール表示を見た。
《FINAL THRESHOLD = BREAKER全員の平均SCOREを切り上げ》
読んだ。
最初から。
それでも実際に八十七を取った時、
どこかで開くと思っていた。
自分が平均より下になることを、
最初から想像していなかったらしい。
そのことに気づくと、親指が爪の横を強く押した。
「まだ確定してないだけだろ」
晴斗が追いつく。
SCORE。
《81》
息が上がっている。
「久保田が八十七なら余裕じゃん」
「何がです」
「合格」
「平均が八十八になれば落ちます」
晴斗の口が止まる。
「そんな上がる?」
「分かりません」
「じゃあ何でそんな顔してんの」
「どういう顔です」
「腹立つ顔」
「いつもでは」
ルカが後ろから来た。
《84》
晴斗が笑う。
「自覚あったんだ」
久保田は返さない。
出口前に三人。
まだ扉は一枚も開かない。
四人目。
片平志乃。
《82》
五人目。
羽鳥雅也。
《91》
数字が表示された瞬間、
久保田の頭上のTHRESHOLD欄が点灯した。
《CURRENT AVERAGE : 85》
《FINAL THRESHOLD : PENDING》
晴斗が見上げる。
「平均出た」
久保田は五人分を暗算する。
八十七。
八十一。
八十四。
八十二。
九十一。
四百二十五。
五で割る。
八十五。
合っている。
「でも八十五なら久保田は」
「今ならです」
久保田。
「今なら、ね」
ルカの声から軽さが少し消える。
*
MAKER ROOMにも同じ数字が出ていた。
《CURRENT AVERAGE : 85》
汐里が腕を組む。
「全員の点が高い方が良いと思ってた」
由良。
「個人にとっては違う」
一ノ瀬が画面を見る。
「人を助ければCOOPERATIONが上がる。その人のSCOREが上がれば平均も上がる」
葉月。
「誰かを助けたせいで、別の誰かが落ちる?」
理人は答えなかった。
そうなる。
ルール上は。
協力を最も重くしたのは自分たちだ。
三十五。
誰かを助ける行動を高く評価した。
その結果、全員が助け合えば全体の得点が上がる。
全体の得点が上がれば、
通過に必要な点まで上がる。
汐里が表示を見る。
「嫌な作り方」
二階堂。
「我々が作った部分もあります」
汐里が二階堂を見る。
「分かってます」
「なら」
「分かってても嫌なものは嫌です」
二階堂は何も言わなかった。
理人は十五、三十五、二十五、二十五という数字を見る。
もしSPEEDを高くしていたら。
久保田や晴斗が有利だった。
COOPERATIONなら羽鳥。
COMPLIANCEなら越智。
PRECISIONなら皆川や久保田。
何を選んでも、
誰かが有利になる。
均等にしても、
均等という基準を選んだことになる。
「良い人間を決めてるみたいですね」
葉月が言った。
一ノ瀬が首を横に振る。
「違う。良い人間じゃない。このゲームで評価される行動を決めてるだけ」
「同じじゃない?」
「同じにしたら駄目」
一ノ瀬の声が少し強くなる。
「数字が高いから、その人自身の価値が高いわけじゃない」
二階堂が画面を見る。
「しかし通過するかどうかは、その数字で決まる」
一ノ瀬の口が止まった。
そこだった。
人間の価値ではない。
そう言いながら、
生き残る順番には使う。
理人は操作卓へ両手を置かなかった。
置けば何かを決められるような気がしてしまう。
このゲームではもう、
変更できない。
《DECISION ACCEPTED》
自分たちが押した。
*
BREAKERS側。
越智恒成が第二の協力区画へ着いた。
前方に三枚の扉。
中央。
《1 PERSON》
左。
《2 PERSON》
右。
《3 PERSON》
どれも先へ進める。
一人用は細く、障害が多い。
二人用は短い。
三人用は最短。
ただし人が揃うまで待たなければならない。
越智は一人用の前で止まる。
後ろから苑子。
さらに杏。
三人。
杏が右を見る。
「三人いる」
越智。
「最短ですね」
「じゃあ右」
苑子が表示を見る。
「待って。三人で行ったら全員COOPERATIONが上がる」
杏。
「いいじゃん」
苑子は出口前の数字を思い出している。
現在平均。
八十五。
「上がりすぎたら」
杏も気づいた。
「合格ラインが?」
越智は三つの扉を見る。
「一人ずつ通れば、平均上昇を抑えられる可能性があります」
杏の眉が寄る。
「それやる?」
「合理性の話です」
「私は、やるかって聞いてる」
越智は答えなかった。
三人用。
最短。
一緒に進める。
安全そうでもある。
一人用。
時間が掛かる。
SPEEDは落ちる。
PRECISION課題も増える。
どちらを選んでも点数が変わる。
そして自分の点数だけでは終わらない。
苑子が言った。
「三人で行こう」
越智が見る。
「理由は」
「点数下げるために、わざと協力しないのは違う」
「誰にとって」
苑子は一瞬止まった。
「少なくとも私は」
杏が右の扉へ手を置く。
「私も」
越智は二人を見る。
そのあと、
三人用へ移った。
「では私も」
杏が少し笑う。
「そこ、もっと普通に言えない?」
「何をです」
扉が開く。
三人で入る。
《COOPERATION +》
*
出口前。
六人目。
新海譲。
《79》
晴斗が数字を見る。
「八十ない」
新海はコインを転がそうとして、
何も持っていないことに気づく。
指だけが動いた。
「やっちまったな」
軽く言う。
誰も笑わない。
CURRENT AVERAGE。
《84》
一人低い点が入ったため、下がる。
久保田の肩が少しだけ緩んだ。
それを、
自分で気づいた。
新海の七十九を見て、
安心した。
誰かの低得点で。
久保田は視線を逸らす。
次。
仁科昂平。
《76》
平均。
《83》
晴斗が言う。
「下がった」
声に安堵が混じる。
すぐ黙る。
仁科が聞いていた。
「良かったな」
晴斗が顔を上げる。
「そういう意味じゃ」
「いいよ。俺だって逆なら思う」
仁科は透明扉へ背を向けた。
「人間なんてそんなもんだろ」
片平が静かに見る。
仁科は続けなかった。
*
残りの参加者たちは、
今までと違う動きを始めていた。
協力すれば点が上がる。
でも平均も上がる。
一人で進めば、自分のCOOPERATIONは落ちる。
ただ全体のTHRESHOLDを抑えられるかもしれない。
羽鳥は、倒れたふりではなく本当に足を滑らせた八田へ手を伸ばした。
迷わなかった。
「掴まって」
八田が手を取る。
《COOPERATION +》
羽鳥のSCORE。
《91 → 93》
CURRENT AVERAGE。
《84 → 85》
出口前で晴斗が表示を見る。
数字が上がった。
「また」
久保田は羽鳥を見る。
何も言えない。
助けるなとは言えない。
自分ならどうする。
たぶん助ける。
その「たぶん」が、
ここでは誰かの合格ラインを押し上げる。
八田が出口へ着く。
《86》
平均。
《85》
次。
茉莉。
《90》
平均。
《86》
杏たち三人が最後のPRECISION課題へ入る。
苑子が一問間違える。
杏が答えを言いかける。
越智が止めた。
「口頭支援は可能ですが、杏さんのCOOPERATION加点と牧瀬さんのPRECISION減点補正が入る可能性があります」
杏が越智を見る。
「だから?」
「結果が変わります」
「苑子さん、答え分かんない?」
苑子はパネルを見る。
「分かる。少し待って」
杏は黙る。
助けない。
見捨てたわけではない。
本人が考えられるから待つ。
数秒。
苑子が正しいボタンを押す。
青。
三人が進む。
越智が小さく言う。
「今のもCOOPERATIONに入るかもしれません」
「何もしてないよ」
杏。
「待った」
「それも?」
「評価する側次第です」
杏は上のガラスを見る。
MAKERたちは見えない。
それでもそこにいる。
自分たちの動きを、
四つの数字へ変えた人間が。
「面倒くさ」
声だけが床へ落ちた。
*
十二人目。
牧瀬苑子。
《88》
平均表示。
《87》
出口前がざわつく。
久保田が数字を見る。
SCORE87。
CURRENT AVERAGE87。
同じ。
「今なら」
晴斗が言う。
久保田は答えない。
まだ三人。
越智。
杏。
芹沢。
全員が終わるまで確定しない。
十三人目。
越智恒成。
《92》
平均。
《87》
小数点以下があるのだろう。
切り上げ表示は変わらない。
十四人目。
宮部杏。
《89》
表示が一度消える。
再計算。
《CURRENT AVERAGE : 87》
久保田の指が爪を押す。
最後。
芹沢洋平。
まだ最終区画。
SCORE表示は途中で、
《90》
協力。
規則。
精度。
速度。
残るのは最後の選択だった。
二つのルート。
左。
短い。
一人用。
右。
長い。
途中に、まだ出口へ着いていない補助対象のダミーがいる。
人間ではない。
等身大の重い人形。
《RESCUE OPTIONAL》
助ければ時間を失う。
COOPERATIONは上がる。
助けなくてもルール違反ではない。
芹沢が人形を見る。
出口。
残り時間。
人形。
一度、靴を見る。
誰の靴でもない。
樹脂製の足。
それでも芹沢は右へ入った。
「ほんと、馬鹿だな」
誰に言ったのか分からない。
人形の脇へ腕を入れる。
重い。
持ち上げる。
背中へ回す。
一歩。
膝が沈む。
もう一歩。
《COOPERATION +》
SCORE。
《90 → 94》
MAKER ROOMで、
汐里が数字を見る。
「芹沢さん」
理人は出口前の久保田を見る。
八十七。
芹沢が高くなるほど、
平均も上がる。
やめろとは思わない。
思えない。
それでも数字だけを見る自分がいる。
芹沢が人形を出口側へ置いた。
最後の線を越える。
《SCORE : 94》
十五人。
集計。
画面が暗くなる。
一秒。
二秒。
久保田のSCORE。
《87》
その下。
《CURRENT THRESHOLD : 87》
数字が点滅する。
一度消えた。
再表示。
《FINAL THRESHOLD : 88》
久保田の顔が止まった。
透明な扉の上で、
基準値が、
八十七から八十八へ上がった。




