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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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33/48

第33話 良い人間の条件

久保田理玖は、透明なEXITの前から動かなかった。


後ろでは他の参加者が課題を続けている。


自分だけが先に着いた。


SCORE。


《87》


BASE THRESHOLD。


《80》


扉は閉じている。


久保田はもう一度ルール表示を見た。


《FINAL THRESHOLD = BREAKER全員の平均SCOREを切り上げ》


読んだ。


最初から。


それでも実際に八十七を取った時、


どこかで開くと思っていた。


自分が平均より下になることを、


最初から想像していなかったらしい。


そのことに気づくと、親指が爪の横を強く押した。


「まだ確定してないだけだろ」


晴斗が追いつく。


SCORE。


《81》


息が上がっている。


「久保田が八十七なら余裕じゃん」


「何がです」


「合格」


「平均が八十八になれば落ちます」


晴斗の口が止まる。


「そんな上がる?」


「分かりません」


「じゃあ何でそんな顔してんの」


「どういう顔です」


「腹立つ顔」


「いつもでは」


ルカが後ろから来た。


《84》


晴斗が笑う。


「自覚あったんだ」


久保田は返さない。


出口前に三人。


まだ扉は一枚も開かない。


四人目。


片平志乃。


《82》


五人目。


羽鳥雅也。


《91》


数字が表示された瞬間、


久保田の頭上のTHRESHOLD欄が点灯した。


《CURRENT AVERAGE : 85》


《FINAL THRESHOLD : PENDING》


晴斗が見上げる。


「平均出た」


久保田は五人分を暗算する。


八十七。


八十一。


八十四。


八十二。


九十一。


四百二十五。


五で割る。


八十五。


合っている。


「でも八十五なら久保田は」


「今ならです」


久保田。


「今なら、ね」


ルカの声から軽さが少し消える。


*


MAKER ROOMにも同じ数字が出ていた。


《CURRENT AVERAGE : 85》


汐里が腕を組む。


「全員の点が高い方が良いと思ってた」


由良。


「個人にとっては違う」


一ノ瀬が画面を見る。


「人を助ければCOOPERATIONが上がる。その人のSCOREが上がれば平均も上がる」


葉月。


「誰かを助けたせいで、別の誰かが落ちる?」


理人は答えなかった。


そうなる。


ルール上は。


協力を最も重くしたのは自分たちだ。


三十五。


誰かを助ける行動を高く評価した。


その結果、全員が助け合えば全体の得点が上がる。


全体の得点が上がれば、


通過に必要な点まで上がる。


汐里が表示を見る。


「嫌な作り方」


二階堂。


「我々が作った部分もあります」


汐里が二階堂を見る。


「分かってます」


「なら」


「分かってても嫌なものは嫌です」


二階堂は何も言わなかった。


理人は十五、三十五、二十五、二十五という数字を見る。


もしSPEEDを高くしていたら。


久保田や晴斗が有利だった。


COOPERATIONなら羽鳥。


COMPLIANCEなら越智。


PRECISIONなら皆川や久保田。


何を選んでも、


誰かが有利になる。


均等にしても、


均等という基準を選んだことになる。


「良い人間を決めてるみたいですね」


葉月が言った。


一ノ瀬が首を横に振る。


「違う。良い人間じゃない。このゲームで評価される行動を決めてるだけ」


「同じじゃない?」


「同じにしたら駄目」


一ノ瀬の声が少し強くなる。


「数字が高いから、その人自身の価値が高いわけじゃない」


二階堂が画面を見る。


「しかし通過するかどうかは、その数字で決まる」


一ノ瀬の口が止まった。


そこだった。


人間の価値ではない。


そう言いながら、


生き残る順番には使う。


理人は操作卓へ両手を置かなかった。


置けば何かを決められるような気がしてしまう。


このゲームではもう、


変更できない。


《DECISION ACCEPTED》


自分たちが押した。


*


BREAKERS側。


越智恒成が第二の協力区画へ着いた。


前方に三枚の扉。


中央。


《1 PERSON》


左。


《2 PERSON》


右。


《3 PERSON》


どれも先へ進める。


一人用は細く、障害が多い。


二人用は短い。


三人用は最短。


ただし人が揃うまで待たなければならない。


越智は一人用の前で止まる。


後ろから苑子。


さらに杏。


三人。


杏が右を見る。


「三人いる」


越智。


「最短ですね」


「じゃあ右」


苑子が表示を見る。


「待って。三人で行ったら全員COOPERATIONが上がる」


杏。


「いいじゃん」


苑子は出口前の数字を思い出している。


現在平均。


八十五。


「上がりすぎたら」


杏も気づいた。


「合格ラインが?」


越智は三つの扉を見る。


「一人ずつ通れば、平均上昇を抑えられる可能性があります」


杏の眉が寄る。


「それやる?」


「合理性の話です」


「私は、やるかって聞いてる」


越智は答えなかった。


三人用。


最短。


一緒に進める。


安全そうでもある。


一人用。


時間が掛かる。


SPEEDは落ちる。


PRECISION課題も増える。


どちらを選んでも点数が変わる。


そして自分の点数だけでは終わらない。


苑子が言った。


「三人で行こう」


越智が見る。


「理由は」


「点数下げるために、わざと協力しないのは違う」


「誰にとって」


苑子は一瞬止まった。


「少なくとも私は」


杏が右の扉へ手を置く。


「私も」


越智は二人を見る。


そのあと、


三人用へ移った。


「では私も」


杏が少し笑う。


「そこ、もっと普通に言えない?」


「何をです」


扉が開く。


三人で入る。


《COOPERATION +》


*


出口前。


六人目。


新海譲。


《79》


晴斗が数字を見る。


「八十ない」


新海はコインを転がそうとして、


何も持っていないことに気づく。


指だけが動いた。


「やっちまったな」


軽く言う。


誰も笑わない。


CURRENT AVERAGE。


《84》


一人低い点が入ったため、下がる。


久保田の肩が少しだけ緩んだ。


それを、


自分で気づいた。


新海の七十九を見て、


安心した。


誰かの低得点で。


久保田は視線を逸らす。


次。


仁科昂平。


《76》


平均。


《83》


晴斗が言う。


「下がった」


声に安堵が混じる。


すぐ黙る。


仁科が聞いていた。


「良かったな」


晴斗が顔を上げる。


「そういう意味じゃ」


「いいよ。俺だって逆なら思う」


仁科は透明扉へ背を向けた。


「人間なんてそんなもんだろ」


片平が静かに見る。


仁科は続けなかった。


*


残りの参加者たちは、


今までと違う動きを始めていた。


協力すれば点が上がる。


でも平均も上がる。


一人で進めば、自分のCOOPERATIONは落ちる。


ただ全体のTHRESHOLDを抑えられるかもしれない。


羽鳥は、倒れたふりではなく本当に足を滑らせた八田へ手を伸ばした。


迷わなかった。


「掴まって」


八田が手を取る。


《COOPERATION +》


羽鳥のSCORE。


《91 → 93》


CURRENT AVERAGE。


《84 → 85》


出口前で晴斗が表示を見る。


数字が上がった。


「また」


久保田は羽鳥を見る。


何も言えない。


助けるなとは言えない。


自分ならどうする。


たぶん助ける。


その「たぶん」が、


ここでは誰かの合格ラインを押し上げる。


八田が出口へ着く。


《86》


平均。


《85》


次。


茉莉。


《90》


平均。


《86》


杏たち三人が最後のPRECISION課題へ入る。


苑子が一問間違える。


杏が答えを言いかける。


越智が止めた。


「口頭支援は可能ですが、杏さんのCOOPERATION加点と牧瀬さんのPRECISION減点補正が入る可能性があります」


杏が越智を見る。


「だから?」


「結果が変わります」


「苑子さん、答え分かんない?」


苑子はパネルを見る。


「分かる。少し待って」


杏は黙る。


助けない。


見捨てたわけではない。


本人が考えられるから待つ。


数秒。


苑子が正しいボタンを押す。


青。


三人が進む。


越智が小さく言う。


「今のもCOOPERATIONに入るかもしれません」


「何もしてないよ」


杏。


「待った」


「それも?」


「評価する側次第です」


杏は上のガラスを見る。


MAKERたちは見えない。


それでもそこにいる。


自分たちの動きを、


四つの数字へ変えた人間が。


「面倒くさ」


声だけが床へ落ちた。


*


十二人目。


牧瀬苑子。


《88》


平均表示。


《87》


出口前がざわつく。


久保田が数字を見る。


SCORE87。


CURRENT AVERAGE87。


同じ。


「今なら」


晴斗が言う。


久保田は答えない。


まだ三人。


越智。


杏。


芹沢。


全員が終わるまで確定しない。


十三人目。


越智恒成。


《92》


平均。


《87》


小数点以下があるのだろう。


切り上げ表示は変わらない。


十四人目。


宮部杏。


《89》


表示が一度消える。


再計算。


《CURRENT AVERAGE : 87》


久保田の指が爪を押す。


最後。


芹沢洋平。


まだ最終区画。


SCORE表示は途中で、


《90》


協力。


規則。


精度。


速度。


残るのは最後の選択だった。


二つのルート。


左。


短い。


一人用。


右。


長い。


途中に、まだ出口へ着いていない補助対象のダミーがいる。


人間ではない。


等身大の重い人形。


《RESCUE OPTIONAL》


助ければ時間を失う。


COOPERATIONは上がる。


助けなくてもルール違反ではない。


芹沢が人形を見る。


出口。


残り時間。


人形。


一度、靴を見る。


誰の靴でもない。


樹脂製の足。


それでも芹沢は右へ入った。


「ほんと、馬鹿だな」


誰に言ったのか分からない。


人形の脇へ腕を入れる。


重い。


持ち上げる。


背中へ回す。


一歩。


膝が沈む。


もう一歩。


《COOPERATION +》


SCORE。


《90 → 94》


MAKER ROOMで、


汐里が数字を見る。


「芹沢さん」


理人は出口前の久保田を見る。


八十七。


芹沢が高くなるほど、


平均も上がる。


やめろとは思わない。


思えない。


それでも数字だけを見る自分がいる。


芹沢が人形を出口側へ置いた。


最後の線を越える。


《SCORE : 94》


十五人。


集計。


画面が暗くなる。


一秒。


二秒。


久保田のSCORE。


《87》


その下。


《CURRENT THRESHOLD : 87》


数字が点滅する。


一度消えた。


再表示。


《FINAL THRESHOLD : 88》


久保田の顔が止まった。


透明な扉の上で、


基準値が、


八十七から八十八へ上がった。

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