第28話 三つの部屋
次のエリアへ向かう通路は下っていた。
かなり深い。
床の傾斜は緩いが、五分以上歩いても終わらない。
壁には細い水滴が浮いている。
空調の音も弱くなり、代わりにどこかで水が流れる音が聞こえ始めた。
湿度が上がる。
コンクリートの冷たい匂い。
錆。
地下水。
理人は壁へ触れた。
冷たい。
指先へ水分が残る。
「また見てる」
汐里が後ろから言う。
「何を」
「壁」
「濡れてるんで」
「それは見れば分かります」
「水使うゲームかもしれない」
「今のは設備点検員っぽいです」
「いつもそうです」
前を歩く晴斗が振り返る。
「水泳だったら無理なんだけど」
ルカ。
「泳げない?」
「二十五メートルなら」
「それ泳げるって言わない?」
「途中で立つ」
「プール選んで」
通路の先で扉が三つに分かれた。
A。
B。
C。
《AREA 08》
《EXTERNALITY》
苑子が英字を見る。
「外部性」
杏。
「何それ」
苑子は少し考える。
「自分の行動の影響を、自分じゃない誰かが受けること」
晴斗が顔をしかめる。
「嫌な説明」
「私もそう思う」
《ROLE ASSIGNMENT》
六人。
《MAKER》
二階堂隆雅。
宮部杏。
柚原茉莉。
皆川文乃。
新海譲。
片平志乃。
杏と茉莉が同時に表示を見る。
一瞬だけ互いに顔を向ける。
二人ともMAKER。
残り十五人。
《BREAKER》
理人。
汐里。
ルカ。
晴斗。
越智。
荒巻。
葉月。
苑子。
八田。
志摩。
芹沢。
羽鳥。
久保田。
一ノ瀬。
仁科。
床が六人を別室へ運ぶ。
杏が消える直前、葉月を見る。
「今度はそっち?」
葉月が頷く。
「みたい」
「死なないでよ」
葉月は少しだけ目を丸くする。
それから、
「そっちも」
床が閉じた。
*
十五人は五人ずつ三部屋へ分けられた。
《ROOM A》
真鍋理人。
有川汐里。
三雲葉月。
八田周平。
羽鳥雅也。
《ROOM B》
柏木晴斗。
東雲ルカ。
越智恒成。
久保田理玖。
一ノ瀬結衣。
《ROOM C》
荒巻泰造。
牧瀬苑子。
志摩由良。
芹沢洋平。
仁科昂平。
理人がROOM Aへ入った瞬間、靴底が湿った。
床に薄く水が張っている。
深さは一センチもない。
ただ冷たい。
靴の縁から少し染み込んでくる。
部屋は正方形。
一辺十五メートルほど。
壁は厚いコンクリートで、窓はない。
中央に一本の太い配管。
天井から床まで通っている。
その横に赤いハンドル。
《DRAIN》
床の四隅には排水口。
天井には複数のノズル。
嫌な予感しかしない。
空気は冷え、湿気が喉へまとわりつく。照明は壁際の青白いラインだけで、張られた水面へ細長く反射し、参加者の足が動くたび光も崩れた。
羽鳥が床を見る。
「水、増えてる?」
八田が壁面の目盛りを確認する。
ゼロ。
十。
二十。
単位はセンチ。
現在。
《2.1cm》
《START LEVEL》
葉月が赤いハンドルへ近づく。
「触らない方がいい?」
「まだ」
理人が言う。
表示。
三行。
《各ROOMは制限時間終了まで水位100cm未満を維持せよ》
《DRAINを開くと、自室の水を別ROOMへ移送する》
《移送先はMAKERが決定する》
理人は最後の一行を二度読んだ。
葉月も。
「排水じゃない」
汐里。
「捨てるんじゃなくて、別の部屋に送る」
八田が赤いハンドルを見る。
「送った先から、さらに別の部屋へ送ることもできる」
羽鳥。
「三部屋で水を押しつけ合うのか」
天井のノズルから、
ぽつ。
一滴。
理人が見上げる。
二滴目。
三滴目。
次の瞬間、
全ノズルから水が噴き出した。
音が部屋いっぱいに広がる。
水面が激しく揺れる。
《LIMIT : 08:00》
八分。
*
MAKER ROOM。
二階堂たちの前には三部屋の平面図がある。
A。
B。
C。
その間を結ぶ太い配管。
ルール。
《各ROOMのDRAIN移送先を一つ選択》
《SELF TARGET不可》
《決定後変更不可》
杏が画面を見る。
「Aから出した水を、BかCに送る?」
「そういうこと」
皆川。
「Bも、AかC」
茉莉が指で線を描く。
「三つでぐるぐる回せる」
新海。
「A→B、B→C、C→A?」
二階堂がすぐ首を横に振った。
「それが一番分かりやすい」
「悪い意味で?」
片平。
「BREAKER側も循環に気づきやすい」
杏が眉を寄せる。
「気づいた方がいいんじゃないの」
「気づいても、送水先を知らなければ操作を誤る」
「だから分かりやすくするんじゃ」
二階堂が三部屋のメンバーを見る。
A。
理人。
汐里。
葉月。
八田。
羽鳥。
B。
晴斗。
ルカ。
越智。
久保田。
一ノ瀬。
C。
荒巻。
苑子。
志摩。
芹沢。
仁科。
二階堂は少し考える。
「循環にします」
杏が見る。
「結局?」
「ただしA→C、C→B、B→A」
新海が笑う。
「順番変えただけじゃねえか」
「違います」
二階堂が各部屋の人物を見る。
「Aは設備構造を読む人間が多い。Bは数値と規則を読む。Cは現場判断に強い」
茉莉。
「それが送水先と関係ある?」
「Aが操作すればCが反応する。Cが操作すればB。Bが操作すればA」
二階堂は線を引く。
「三部屋が、自分の操作結果を自分では確認できない状態にする」
杏の顔が固くなる。
「わざと?」
「ゲームの名前を考えれば、その可能性が高い」
「だからって」
「均等に楽な組み方はありません」
またその言葉だった。
杏は少し黙る。
茉莉がAを見る。
葉月がいる。
「だったらせめて、一周にした方がいい」
杏が言う。
「全部どこかにつながってる方が」
二階堂は頷いた。
「同意します」
六人の認証。
A→C。
C→B。
B→A。
《DECISION ACCEPTED》
*
ROOM A。
理人の足首まで水が来た。
まだ十センチにも届かない。
それでも冷たさが靴を越えて入ってくる。
羽鳥がハンドルへ手を置く。
「開ける?」
理人は壁の目盛りを見る。
《9.4》
増加中。
八分持つとは思えない。
「少しだけ」
羽鳥がハンドルを回す。
重い。
一周。
二周。
床の排水口が低い音を立てる。
水が渦を巻く。
《DRAIN OPEN》
ROOM A。
水位。
9.4。
9.1。
8.7。
下がる。
葉月が息を吐いた。
「効いてる」
理人は水面ではなく壁を見ていた。
この水が、
どこかへ行っている。
その頃、
別の部屋で。
自分たちが助かった分だけ、
水位が上がっている。
誰も知らなかった。
自分の部屋を救う操作が、
別の部屋を壊していることを。




