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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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第27話 切れない鎖

ゲームは止まらなかった。


葉月の正体が明かされても、


柱は動き、


タイマーは減り、


次の名前が表示される。


それがこの施設らしかった。


人間の事情より、決定済みのルールの方が先に進む。


SAFE ROOMへ戻ってから聞けばいい。


そう思おうとしても、理人の視線は何度も葉月へ向いた。


玄蔵の孫。


なぜ参加している。


知っていたのか。


どこまで。


問いは増える。


答えはない。


《TARGET : SHINKAI YUZURU》


次の表示。


三人組。


新海譲。


仁科昂平。


片平志乃。


彼らだけは相互の二人組ではない。


新海が仁科を。


仁科が片平を。


片平が新海を操作する。


三本の鎖が輪になっていた。


新海が腕輪を見る。


「俺から?」


仁科。


「行けばいいだろ」


「お前が押すんだぞ」


「だから何だよ」


「顔が信用できねえ」


仁科が鼻で笑う。


「鏡見ろ」


片平が二人を見た。


「今それ必要?」


声は大きくない。


二人とも黙った。


新海のSTART。


十。


九。


仁科の腕輪にRELEASE。


新海が言う。


「変なことすんなよ」


「早く行け」


《GO》


新海が走る。


前半。


柱を避ける。


十四メートル。


仁科は待つ。


十八。


二十。


押す。


青。


新海が危険域を抜ける。


《CLEAR》


次。


片平志乃。


CONTROLLER。


仁科昂平。


仁科の顔が一瞬止まった。


新海が自分の安全を握っていた。


そして今、


自分は片平の安全を握る。


その次には片平が新海を握る。


一周している。


誰か一人が止めれば、


次の一人だけが危険になる。


その危険はさらに次へは直接返らない。


だからこそ止められる。


誰か一人だけなら。


片平がSTART位置へ立つ。


仁科の指はボタンの上。


「押すよね」


片平が聞いた。


「当たり前だろ」


「ならいい」


カウント。


始まる。


片平は速くない。


慎重に柱を見る。


一つ。


二つ。


十五メートル。


仁科はまだ押さない。


新海が横から言う。


「そろそろじゃねえの」


「分かってる」


「なら押せよ」


「黙ってろ」


片平が危険域へ入る。


仁科が押した。


青。


片平が抜ける。


《CLEAR》


最後。


《TARGET : NISHINA KOHEI》


《CONTROLLER : SHINKAI YUZURU》


仁科がSTART位置へ立った。


新海が腕輪を見る。


さっき自分を助けたのは仁科だった。


次は自分が仁科を助ける。


単純な交換ではない。


仁科が片平を助けた事実も間に挟まっている。


三人の誰か一人だけが、


他人から受け取っておきながら次へ渡さないこともできる。


新海が口元を歪めた。


「これ、最後の俺だけ得じゃね?」


仁科が眉を寄せる。


「何が」


「お前はもう俺を助けた。俺は今からお前を助けるか選べる」


「選べよ」


「頼み方ってもんが」


「ふざけんな」


「冗談だよ」


新海は笑った。


けれど親指はまだボタンへ触れていない。


仁科のカウント。


《START : 5》


片平が新海を見る。


「押して」


「分かってる」


三。


二。


一。


仁科が走る。


新海は待つ。


十五メートル。


十八。


危険域。


まだ押さない。


仁科が叫ぶ。


「新海!」


二十。


新海の指がボタンへ触れる。


止まった。


ほんの一瞬。


その一瞬が、やけに長く見えた。


押さなくても、


自分はもう助かっている。


それを考えたのか。


誰にも分からない。


片平が言った。


「新海さん」


新海は片平を見た。


片平は怒鳴らなかった。


「私を助けたのは仁科さん」


それだけ。


新海の指が下がった。


《RELEASE》


仁科の胸が青へ変わる。


柱の動きが遅れる。


仁科は振り返らず走った。


最後の柱。


出口。


《CLEAR》


三人。


全員。


新海が息を吐く。


「重いな」


片平が聞く。


「何が」


「ボタン一個」


「今さら?」


「今だから」


仁科が出口側から戻ってくる。


新海の前で止まる。


殴るかと思った。


拳も上がらない。


仁科は新海を見る。


「遅え」


「押しただろ」


「遅えよ」


「悪かった」


仁科の目が少し動く。


それだけで終わった。


*


全レーン。


《CLEAR》


十五人の胸からSAFETY LOCKが外れていく。


金属アームが収納され、


赤いランプが一つずつ消える。


最後は理人。


胸元が急に軽くなる。


その軽さが、少し頼りなかった。


さっきまで自分の命を二階堂が握っていた。


今は誰も握っていない。


普通なら安心するところなのに、


何かが切れたように感じる。


中央表示。


《AREA 07 CLEAR》


《SURVIVORS : 21》


二十一。


変わらない。


一人の死亡者も出なかった。


晴斗がルカへ駆け寄る。


「肩」


「服だけ」


「ほんと?」


「血出てるように見える?」


「暗くて分かんない」


「じゃあ近くで見れば」


晴斗が本当に近づく。


ルカが一歩引いた。


「近すぎ」


「お前が言ったんだろ!」


少しだけ声が戻る。


その一方、


MAKER ROOMから戻ってきた六人の空気は違った。


葉月が先頭ではない。


最後だった。


床が上がり切っても、しばらく一歩目を出さなかった。


視線が集まっている。


それが分かっている。


苑子が先にSAFE ROOMへ降りる。


汐里。


一ノ瀬。


久保田。


八田。


最後に葉月。


晴斗が口を開きかけた。


言葉を選べず止まる。


二階堂が代わりに言った。


「確認したいことがあります」


葉月が見る。


「何」


「九条玄蔵の孫というのは事実ですか」


「聞いたでしょ」


「あなたからは聞いていません」


葉月の顎が少し上がった。


「事実」


「このゲームの内容は」


「知らなかった」


「参加者の選定理由は」


「知らない」


「三百億の遺産については」


「応募した時に知った」


「九条玄蔵が祖父であることを隠していた理由は」


葉月の目が二階堂から逸れた。


「隠したかったから」


二階堂は何も言わない。


葉月が続ける。


「三雲は母の姓。戸籍上もそれで通ってる。嘘の名前じゃない」


苑子が少し離れた場所で聞いている。


「どうして応募したの」


今度は葉月が苑子を見る。


「確かめたかった」


「何を」


「それは」


葉月の口が止まる。


スクリーンが点いた。


九条玄蔵。


全員がそちらを見る。


老人はいつもと同じ場所に座っている。


「葉月はゲームの設計に関与していない」


第一声だった。


葉月が顔を上げる。


玄蔵は続ける。


「参加者の選定にも関わっていない。ここで与えられている情報も、ほかの参加者と同じだ」


二階堂。


「特別扱いは」


「ない」


「今まで一度も?」


「ない」


玄蔵は即答した。


ゲームのルールについて嘘をつかない男。


これはルールの話なのか。


それとも別なのか。


二階堂はそこまで聞かなかった。


理人が口を開く。


「じゃあ、何で孫まで入れたんですか」


玄蔵が理人を見る。


「それは、まだ君が知る段階ではない」


「葉月さん自身も?」


「知らない」


葉月の手が握られる。


玄蔵は一度だけそちらを見た。


「お前にも説明していない」


葉月の唇が動く。


「そういうところが嫌い」


「知っている」


映像が消えた。


葉月はしばらく黒い画面を見ていた。


誰も近づかない。


しばらくして汐里が水を一本持っていく。


何も言わず差し出す。


葉月は受け取った。


「疑わないの」


「疑ってます」


葉月が顔を上げる。


汐里は続ける。


「でも水を渡すこととは別なので」


葉月の目が少しだけ細くなった。


笑ったのかもしれない。


*


理人は二階堂の横へ立った。


「必要だから助けたって言いましたよね」


二階堂が見る。


「言いました」


「今でも?」


「何がです」


「俺が」


二階堂は理人の質問を最後まで待たなかった。


「ええ」


「葉月さんのことが分かっても?」


「三雲さんとあなたは別人です」


「そうじゃなくて、このゲーム自体が」


「怪しくなった?」


「最初から怪しいですけど」


「なら変化はない」


二階堂は水を飲む。


理人は少し黙った。


さっきまで、自分の安全装置を握っていた男。


今はただ隣に立っている。


「信頼って、こういうことなんですかね」


二階堂が理人を見る。


「違うと思います」


「即答ですか」


「私はあなたを信用していません」


理人は少し笑った。


「俺もです」


「ただし」


二階堂はペットボトルの蓋を閉める。


「あなたが合理的に行動する可能性は、以前より高く見積もっています」


「それ褒めてます?」


「評価です」


理人は笑いかけてやめた。


自分も、


二階堂なら必要な時には押すと思っている。


それは信用ではない。


信頼とも違う。


名前を付けられないままでも、


鎖は切れなかった。



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